第19話 命を使う者。命を奪われる者
オルギス教を守護するカリフェースの聖騎士団。ヨハスの一族は代々この聖騎士団に所属し、歴代で何人もの団長を輩出して来た。
千年前、オルギスが皇帝として大陸を制覇した時、皇帝は数多の暗殺者に狙われた。その暗殺者の一人からオルギスを身を呈して救った者がいた。
それこそヨハスの先祖であり、オルギスは褒美に金細工で装飾された宝剣を与えた。以降、その宝剣をヨハス一族は家宝として歴代当主が引き継いで来た。
だが、その宝剣は只の美しい剣では無かった。ひとたび誓約の詠唱を唱えると、剣の持ち手の命を吸い取る魔剣だった。
事実、ヨハスは先祖にはこの剣を使用して命を落とした者が何人も存在していた。
「命懸けで私と我が子孫を守り続けよ。オルギス皇帝はこの魔剣を下賜された時、私達一族に暗にそう命じたのかもしれん」
建物が密集する路地を抜け、馬に乗ったヨハスとボネットは大通りに出た。ヨハスの突然の昔話に、ボネットは眉をひそめる。
「なら当の本人に問い正せばよかろう。オルギスはウェンデルの身体の中に居るのだろう」
ヨハスが仕える王と守護すべき神の名を同時に呼び捨てにする悪友に、ヨハスは苦笑する。
「そんな事は許されん。オルギス皇帝と通じ合えるのはウェンデル様だけだ。それに、千年前の意図を聞くには、少々時間が経過し過ぎているだろう」
何処か悟りを開いた様なヨハスの横顔に、ボネットは一抹の不安を覚えた。
「······まさか。その魔剣を使い死ぬ気か? ヨハス」
「ふむ。その可能性は否めんな。ボネット。その時は私の息子を可愛がってくれ」
ヨハスはわざとらしく深刻そうな表情を作る。
「あのアキラスとか言う生真面目な息子か。俺が可愛がると性格が真逆になるぞ」
「それはちと困るな。ボネット。私は風来坊のお前と違い妻子がある身だ。無茶はせぬよ」
「第一に、ウェンデルには十英雄がついている。それにあの黄金の剣は地上最強とお前が断言していただろう」
ボネットの言葉に、ヨハスは静かに相棒に微笑む。それは、ボネットが知る何時ものヨハスの顔だった。
ボネットが語ったように、ウェンデルが持つ黄金の剣は最強の剣だとヨハスは確信していた。
それは、ウェンデルが過去に勇者の剣を持つ者と戦い勝利した事が大きな理由だった。だが、相手は精霊使いであり、術者は巨大な火の鳥と共に空を飛んでいる。
十英雄が幾ら勇猛であり、黄金の剣が最強であっても。その力が相手に届かなくては意味を成さない。ヨハスの懸念は正にその一点にあった。
時期に二人の前方に巨大な火の鳥が見えてきた。更にその先をヨハスは冷徹な視線を向ける。そこには、自分が守るべき王が居る筈だった。
「その妙な騎士達に守られた黄金の剣を持つ者よ!ただならぬ気配で分かるぞ! お主はこの軍の長か!?」
リフレイドはウェンデルの頭上から叫んだ。一方、紅茶色の髪の王は保身の為に自分の身分を偽る気は一切無かった。
「我が名はウェンデル! このカリフェースの王だ! 天界の民よ! 何故地上を攻めて来た!?」
ウェンデルの堂々たるよく通る声に、リフレイドは自分の心臓が握られた様な錯覚を覚えた。それは、畏怖に近い感覚だった。
そして一瞬でリフレイドは悟る。この紅茶色の髪の男が言う通り、この国の王である事を。
「我が名は火の精霊一族当主リフレイド !ウェンデル王よ! 天界と地上は休戦中だった。その期間がたまたま数千年だったと言うだけの話だ!!」
リフレイドはその言葉を宣戦布告と言わんばかりに右腕を伸ばす。最上位精霊「不死の火鳥」は両翼を広げウェンデルに向かって降下する。
ウェンデルを守る様に円陣を組んでいた十英雄の一人謀将マサイルは、かつて数々の敵を陥れて来た際に使用した金の指揮棒を振る。
すると、炎将フレッドと氷将ブリッサが猛然と「不死の火鳥」に突っ込んで行く。フレッドは両手に握った「業火の剣」を「不死の鳥」に振り下ろす。
フレッドの「業火の剣」が発火し「不死の火鳥」とぶつかり合う。炎と炎がせめぎ合ったが、炎将と呼ばれたフレッドの「業火の剣」は「不死の火鳥」の勢いに跳ね返された。
「フレッド!!」
ウェンデルが頬に汗を流しながら身を乗り出し叫ぶ。フレッドの身体は「不死の火鳥」の吐いた炎に包まれる。
そこに氷将ブリッサが突入し、手にしたサーベルを一文字に振った。ブリッサの魔力を帯びたサーベルに斬られた者は凍りつく。故にブリッサは周囲から氷将と呼ばれた。
その異名通り「不死の火鳥」はみるみる内に巨大な身体が凍り始めた。だが、氷結が「不死の火鳥」の身体の半分に達しようとした時、火の精霊一族当主リフレイドは更に操る精霊に力を送り込む。
「羽ばたけ「不死の火鳥」よ! 全てを燃やし尽くせ!!」
リフレイドの声が轟いた瞬間、凍りかけた「不死の火鳥」は一段と紅く燃え盛る。氷将ブリッサの氷結を全て蒸発させ、ブリッサを炎の嵐に巻き込んだ。
炎将フレッド、及び氷将ブリッサの両名は「不死の火鳥」によってその身を焼かれ灰と化した。
十英雄の二人を失ったウェンデルは、歯ぎしりをして自ら「不死の火鳥」に立ち向かおうとする。
だが、背後からバテリッタに押さえられ身動き出来なくなる。
「離せバテリッタよ! フレッドとブリッサの仇は私が取る!!」
ウェンデルは命令するが、主君の身の安全を最優先するバテリッタは頑として聞かなかった。
「妙な騎士も我が「不死の火鳥」には無力の様だな」
リフレイドが地上を見下ろしながら勝利を確信した時、ウェンデルの周囲にいる筈の二体の騎士が忽然と消えていた事に、火の精霊一族当主は気付かなかった。
「何だ!? 身体が?」
リフレイドの身体は突然自由が奪われ、地上に落ちて行く。魔法将アルドレインが地下重力の呪文をリフレイドにかけたのだった。
地面に叩きつけられたリフレイドの背後に、尋常では無い速さで迫る騎士がいた。暗殺に長け、豹将と恐れられたギャロットがリフレイドの背中に刃を突き立てようとした。
「無駄だ!!」
リフレイドが叫んだ瞬間「不死の火鳥」は猛然と火の精霊一族当主に体当たりする。
リフレイドの身体が巨大な炎に包まれる。その炎の嵐にアルドレインとギャロットも巻き込まれ炎上する。
魔法将アルドレインと豹将ギャロットは全身を焼かれ力尽きた。だが、その業火の中でリフレイドは平然と立ち上がる。
「惜しかったな。ウェンデル王よ。この「不死の火鳥」は使い手である俺を焼く事は無い」
リフレイドの不敵に笑い、再び巨大な火の鳥をウェンデル達に向ける。一瞬にして四人の十英雄を失ったウェンデルは愕然とする。
その時、謀将マサイルは指揮棒を再び振る。それは残り六体となった十英雄を捨て石に使い、ウェンデルをこの戦場から逃がすと言う命令だった。
バテリッタは抗議するウェンデルを無視して持ち上げ、その巨体に似つかない俊敏さで走り出した。残り五体が「不死の火鳥」に突入しようとした時、一頭の馬が十英雄とリフレイドの間に割って入った。
馬を停止させたヨハスは、バテリッタに抱えられ運ばれるウェンデルを遠目に見ながら馬上から臣下の礼を向けた。
「······我が王よ。短い間でしたが、貴方にお仕え出来た事は我が人生に於いて最大の幸福でした」
ヨハスは微笑みながら静かにそう呟いた。ウェンデルに追いつこうとしていたボネットは後ろを見て怒号の様な叫び声を上げる。
「何をしているヨハス!? ウェンデルを逃がすんじゃないのか!?」
ボネットが最後に見たのは、ヨハスの静かな。そして穏やかな笑みだった。
ヨハスは遠ざかる主君と相棒を見送ると、背中に全身が焼かれるような熱気を感じて振り返る。
そこには、死の形をした巨体な火の鳥がヨハスに迫っていた。ボネットはヨハスの名を叫びながら馬を反転させようとするが、馬が巨大な火の鳥に怯え手こずっていた。
「邪魔立てするな! 白髪の騎士よ!」
リフレイドの猛々しい声と共に「不死の火鳥」は嘴を開きヨハスを飲み込もうとする。ヨハスは先祖代々受け継がれて来た家宝の剣をゆっくりと振り上げる。
「······我が命を吸いその力を開放させよ。魔剣カリシャリド!!」
ヨハスが先代から伝えられた禁句の詠唱を唱えた瞬間、ヨハスの周囲の時間が止まった。
流れる雲も。撤退する天界兵を狙った弓矢も。炎上する街から立ち上る黒い煙も。全てが時が止まり停止していた。
「······信じられんな。時を止める。これがこの魔剣の力か」
自分を喰らい尽くそうと嘴を広げる巨大な火の鳥を間近で眺めながら、ヨハスは現実感が伴わない気分で周囲を見回す。
「ぐふっ!?」
そしてヨハスは突然吐血した。吐かれた血がヨハスの足元に落ちる。
「······なる程。これが代償か。長くは保たんな。急がねば」
ヨハスは石像のように固まった愛馬から降り、空中に停止しているリフレイドに近づく。その歩みの途中、ヨハスは全身に震えを感じる。
「······天界の精霊使いよ。卑怯な手段でお主を倒させて貰う。恨み言ならあの世で聞く故容赦してくれ」
聖騎士団の家系に生まれ、オルギス教の普及と発展に全てを捧げた自分人生に、ヨハスは一点の後悔も感じなかった。
ヨハスは必死に全身の力を振り絞り、魔剣をリフレイド目掛けて投じた。その鋒は時の止まった世界で唯一空気を切り裂き、火の精霊一族当主の心臓に吸い込まれる様に突き刺さった。
だが、その光景をヨハスが見る事は無かった。白髪のカリフェース聖騎士団長は地に倒れ、大量の血を吐き絶命していた。
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