第18話 空を舞う炎の鳥

 風の精霊一族当主と水の精霊一族当主を乗せた二隻の黒い船は、雷雲がまだ残る雲の中に消えて行った。


 その二隻船と入れ替わる様に、一隻の黒い船が地上に降下して行く。


「メルセラムとカセンドラは去ったか。同胞の危機を座視するとは冷たい奴等だ」


 降下する黒い船の帆先の上で、赤い髪の若者が両手を腰に当て雲間に消えた二隻の船を眺めていた。そして今度は地上を見下ろす。


 髪と同じ赤色の衣服を身に着け、その若々しく凛々しい表情は自身に満ち溢れていた。背丈は中肉中背。年齢は二十代半ばに見えた。


「今行くぞ。同胞達よ。六大一族と言えど同じ天界人。双方いがみ合うなど愚かな行為だ」


 赤い髪の若者はそう言うと、背中に生やした二つの羽を広げた。


 カリフェースの街に降下した天界軍は、既に全軍崩壊の危機に貧していた。チロルの古代呪文「天空の雷撃」を避ける為に無秩序に地上に降下した艦隊は、各個にカリフェース軍によって撃破されつつあった。


 副将のマキラルが鬼の形相で必死に軍を再編させようと試みるが、カリフェースが誇る二人の猛将がそれを許さなかった。


 ブリツアードとラルフロットは街の建物を盾に使い、弓矢隊と魔術士隊の遠距離攻撃を効果的に空を飛ぶ天界兵に浴びせた。


 天界兵達も弓矢で応戦したが、カリフェース軍に比べると精度が悪く、その差は比べようも無い程に歴然たった。

 

「何だ? 奴等まるで戦い慣れておらぬぞ」


 天界軍に対してブリツアードとラルフロットの第一印象がそれだった。二人の猛将は知らなかった。


 天界軍旗艦で水の精霊一族当主が語ったように、天界軍の対外戦争は数千年振りだという事実を。


 カリフェース軍の地上からの攻撃を避ける為に意図的に大通りに追いやられた天空兵達は、ブリツアードとラルフロットの猛攻を正面から受ける事となった。


 ブリツアードは愛用の槍を縦横に振り、四等区少将と名乗る天界人を一撃で突き倒した。


 ラルフロットは四等区三傑剣士と名乗る天界兵を手にした黒槍を繰り出し、ブリツアードと同様に一撃で絶命させる。


 それは、カリフェース軍が完全に天界軍を圧倒し始めた時だった。最初にそれに気付いたのは、母親が落下して来た船の下敷きになり、悲しみに暮れる白髪の少年だった。


「······鳥?」


 アキラス少年は涙に滲んた両目を空に向けていた。そこには、巨大な赤い鳥が飛翔していた。


「······あれは? あの炎の塊は何だ? 鳥の形をしているぞ?」


 敵将を探していたブリツアードは、突如空に現れた巨大な炎の塊を見て驚く。その鳥の形をした炎の塊は、紅い羽を広げ地上に降下して来た。


 炎の鳥は口を広げ炎を吐き出す。炎は瞬く間に地上のカリフェース兵に降りかかり、全身を焼かれた兵士達が転げ苦しんで行く。


「魔術士隊を出せ! 氷結の呪文であの鳥の動きを止めよ!!」


 ラルフロットの指示により、魔術士隊が次々と氷結の呪文を炎の鳥に放った。だが、炎の鳥は更に巨大な炎を吐き、吹雪を蒸発させそのまま魔術士隊を業火の中に包み込む。


「おのれ! 何と言う威力だ! 術者は何処だ!?」


 ブリツアードは火が燃え移ったマントを切り裂き捨てる。炎の鳥の攻撃により、カリフェース軍に動揺が広がり始めた。


「······あれは? 火の精霊一族の仕業か?」


 天界軍副将マキラルは、船から地上の異変を呆然と眺めていた。そのマキラルの隣に空から降り立つ者がいた。


「その通りだ。マキラル副将。火の精霊一族当主、このリフレイドが助太刀する」


 リフレイドと名乗った若者を見てマキラルは角ばった顔をしかめて驚く。


「······何故だ? 何故六大一族が我々軍を助けるのだ?」


「身分など関係無い。我々は同じ天界人だからだ。マキラル副将。全軍撤退の銅鑼を鳴らせ。殿は我々火の精霊一族が引き受ける」


「······我々?」


 天界軍副将マキラルの疑問の声に、リフレイドはカリフェースの街を指差す。カリフェース軍を襲う炎の鳥が、街の至る所で次々と増え始めた。それは、リルレイドの炎の鳥の三割ほどの大きさの炎の鳥達だった。


「俺の最上位精霊「不死の火鳥」よりは劣るがな。一族の者達も協力する。事は急を要する。急ぐんだ。マキラル副将」


「それは無理な話だ! オットイ総指揮を差し置いて私がそんな命令は出せぬ!」


「オットイ総指揮は既に戦死している。天界軍旗艦は血の海だ。先程物見からそう報告を受けた」


 リフレイドはそう言うと、背中の羽を広げ戦場に向かって飛び立った。マキラルはオットイ総指揮の戦死に愕然としたが、リフレイドの言葉が正しいと認めざるを得ず、配下に命令し撤退の銅鑼を鳴らせる。


 カリフェースの街は、今や炎の鳥達によって火の海になりつつあった。その光景を馬上から冷静に眺める者がいた。


 雪のような白い長髪を揺らし、聖騎士団長ヨハスは走る馬の上から部下達に次々と指示を出していた。


 ヨハスは麾下の五千騎を、十騎一組を五百に分け、被災した街の住人の救護に当たっていた。


 だが炎の鳥達の出現により、その救護活動は困難を極めつつあった。


「ヨハス団長! あの炎の鳥を何とかせねば、街の被害は増える一方です! モンブラ殿の奥方の協力を頼めませぬか!?」


 副官のワトランがカリフェースの街を我が物顔で飛翔する炎の鳥達を睨みながら叫ぶ。モンブラの妻であるアマラは、精霊使いである事は周知の事実だった。


「それは出来ない。アマラは懐妊中だ。大事な身体に無理はさせられん」


 動揺するワトランとは対照的に、ヨハスは冷静に周囲を観察しながら副官に答える。その時、赤い法衣を来た天界人がカリフェースの兵の放った弓矢に倒れた。


 すると、一体の炎の鳥が火の粉を残して消え去った。その光景を見てヨハスは独語する。


「······やはり術者を倒さねば精霊は消えぬか。だが、彼等は巧妙に街に潜んでいる。厄介だな。特にあの一際大きい炎の鳥。あれが彼等の指揮官かもしれん」


 先刻戦場に響いた銅鑼の後、天界兵達は撤退を開始した。炎の鳥を操る精霊使い達はその天界軍の殿に見えたが、ヨハスには何か引っかかる物があった。


「殿にしてはあの攻勢は勢いがあり過ぎる。彼等の狙いは何だ? 我らに一矢報いようとしているのか? それとも······」


 思案に暮れるヨハスの懸念は現実の物となっていた。火の精霊一族当主リフレイドは、ただ殿を果たすつもりは無かった。


「我々天界軍を痛ぶってくれた礼だ。この地上の民の指揮官を仕留めさせて貰う!」


 リフレイドは自らの最上位精霊「不死の火鳥」を駆り、空からカリフェース軍の指揮官を探していた。


 炎の鳥達の中でも異常な大きさを誇る一体が大通りの道を大聖堂に向かって真っ直ぐに飛翔する。それを見たヨハスは唸る。


「······やはりそうか! 奴等の狙いはウェンデル様か!!」


 ヨハスは聖騎士団の指揮を副官のワトランに託し、愛馬の腹を蹴り駆け出した。そのヨハスに並走する様に、黒い鎧を纏った騎士が馬を寄せて来た。


「ヨハス! あの炎の鳥達はどうする? 何か策はあるのか?」


 ボネットは既に天界兵の血に濡れた大剣を握りながら、相棒であるヨハスに叫ぶ。


「残念ながら無いな。奴等の狙いはウェンデル様だ。それだけは阻止せねばならん」


 ヨハスの返答にボネットは舌打ちをしながら炎の鳥達を一瞥する。すると、ヨハスがゆっくりと腰から見事に装飾された剣を抜いた。


「······ボネット。私のこの剣は先祖代々受け継がれて来た家宝だ」


 ヨハスは馬を操りながら、煌めく刀身を目を細め見つめる。


「何だ突然? お前の先祖が皇帝オルギスの命を救った褒美に下賜された剣とやらか?」


 かつて友に語られた昔話を覚えていたらしいボネットの言葉に、ヨハス意外そうな表情で黙って頷く。


「この剣は只の剣では無い。使用者の命を吸い取る魔剣だ」


 疾走する馬の上で、ヨハスは自分の一族に課せられた真の役目を語りだした。







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