第15話 伝説の十英雄

 千年前、歴史上初めてこの大陸を統一した皇帝オルギスには、十英雄と呼ばれる建国の功臣達がいた。


 年齢、出自、人柄や能力。個性溢れるその十人の臣下達の逸話や武勇伝は、歴史書でもあるオルギス教典に多く記されていた。


黒衣の暴風バテリッタ

雷槍のマテリス 

両剣のベネッサ 

鮮血の神官バーチス  

神弓のアートラス

氷将ブリッサ 

炎将フレッド 

魔法将アルドレイン 

謀将マサイル 

豹将ギャロット 


 彼等は主君オルギスに忠誠を誓い、オルギスの為に戦い、オルギスの為に死んでいった。


 そして今、ウェンデルが持つ黄金の剣によって十英雄達はその姿を地上に現す。かつてウェンデルの精神の中に存在したオルギスは、十英雄を呼び出す正式な詠唱を宿主である紅茶色の髪の青年に教えた。


 だが、今のウェンデルはその詠唱を唱える事無く、ただの一声だけで十英雄を呼び出す事が可能だった。


 それは全身甲冑の姿をした十英雄達が、ウェンデルを主君と認めた事に他ならなかった。


「······なんだと? 突然地上の民の前に奴等が現れたぞ!?」


 低空飛行を続ける百人の天界兵達は、ウェンデルの前に立ち塞がる様に十体の甲冑の騎士達の姿に驚く。


 墨色の甲冑、謀将と呼ばれたマサイルは、手にした金の指揮棒を振り上げた。すると、九体の騎士達は整然と動き出し、ウェンデルを囲うように円陣を組む。


「構うな! まとめて一息に斬り捨てろ!!」


 天界兵の隊長が叫び、百人の天界兵は一斉にウェンデル達に襲いかかる。ウェンデルの後方に立つ茶色の甲冑、魔法将アルドレインは銀の杖を天界兵達に向ける。


 その瞬間、天界兵達は突然落下し地上に叩きつけられる。


「なんだ!? 身体が勝手に落ちて行く!」


 アルドレインの地下重力の呪文により、四十人の天界兵達が地面に落ち行動を止められる。


 緑色の甲冑アートラスは、神弓と讃えられた弓をその名に恥じぬ速さで射って行く。


 放たれた十本の矢は、全ての天界兵の眉間に命中した。かつて敵兵から黒衣の暴風と恐れられたバテリッタは、黒い戦斧を唸りを上げ振るい、天界兵の首を剣ごと切断する。


 白銀色の甲冑マテリスは、銀の槍を天界兵達に向ける。その瞬間、槍から雷撃が放たれ、五人の天界兵達が絶叫と共に黒焦げになる。


 白い甲冑、氷将ブリッサがサーベルを一閃する。すると、斬られた天界兵の全身は凍りつき、その冷気は周囲の兵達の羽を凍てつかせる。


 黄色の甲冑、炎将フレッドが「業火の剣」と呼ばれる剣を振るうと、五人の天界兵は炎に包まれ断末魔の叫び声と共に絶命する。

 

 橙色の甲冑、両剣のべネッサは、二本の細い長剣を高速で操り天界兵の首を草を刈るように切断して行く。


 赤い甲冑、鮮血の神官と呼ばれたバーチスは、手にしたメイスを天界兵の顔面に叩き込み返り血をその甲冑に浴びる。


 味方の惨状に蒼白な表情をした天界兵の隊長は、絶叫しながら十英雄が敷いた円陣を突破しウェンデルに迫った。


 だが青い甲冑、豹将と異名を取るギャロットが凄まじい足力を見せ隊長の背後に周りその背中を羽ごと切り裂く。


 百人の天界兵達は、十英雄達の前に文字通り全滅した。


「······い、今のを見たか? 百人の兵があっという間にやられたぞ」


 後続部隊の天界兵が、血の気の失せた表情で味方の惨状を凝視する。そして謎の十色の全身甲冑集団の背後から、馬蹄の轟く音を聞く。


 それは、兵を集め出陣したブリツアードとラルフロットの軍勢だった。


「敵は空を飛ぶぞ! 弓を射よ!!」


 ブリツアードの命令の元、カリフェース軍から一斉に弓矢が放たれた。二千本の弓矢は後続部隊の天界兵達に真っ直ぐに向かって行く。


 弓を盾で防ぐ者。剣で叩き折る者。空に上昇し回避する者。天界兵達の反応は素早かったが、無傷ではいられず、かなりの兵達が弓で倒された。


 ブリツアードとラルフロットも自らの弓で、それぞれ五人の天界兵を射殺した。


「船から出てきた天界兵から各個に殲滅せよ!!」


 ラルフロットが麾下の兵達に命令する。チロルの「天空の雷撃」を避ける為に、天界軍の艦隊は急いで地上に降下した。


 その為、天界兵達は地上で整然と陣形を組めず、船から出陣した所をカリフェース軍に各個に倒されていった。


「くう! なんたる醜態だ! 地上の民にやられっ放しでは無いか!!」


 天界軍副将マキラルは、自分の命令が招いたこの戦況に歯ぎしりをする。


「······地上の民が使う魔法も厄介です。こんな事なら、こちらも精霊使いを動員すればこんな事には」


 配下の悔しそうなその言葉に、マキラルは眉間にシワを寄せ激昂する。


「馬鹿な事を言うな! 連中の力を借りるなど、天界軍の名折れだ!!」


 怒鳴れた配下は萎縮する事なく、口を開けたまま空を見上げていた。その様子を不審に思ったマキラルは、配下に倣って空を見た。


 その空には、二隻の黒い船が浮かんでいた。その船の船腹に描かれた紋章を見た瞬間、マキラルの表情は強ばる。


「······特区一族の紋章。しかも、六大一族の船が二隻も!!」


 マキラルが地上から叫んだ声に呼応するかの様に、黒い船はその高度を徐々に下げて行く。



「あらあら。オットイ二等区中将は押され気味のご様子ね」


 地上の戦況を船の甲板から見下ろしながら、長く白い髪を風になびかせる女が苦笑した。


 年齢は十代後半に見えその顔は美しかったが、両目は僅かに鋭さが見られた。甲冑は身に着けず、白く薄いドレスが女の若々しい肢体を包んでいた。


「メルセラム。それは致し方無い事だ。対外戦争など天界にとって数千年振りの事だ。誰が指揮しても似た様な結果になっただろう」


 メルセラムと呼ばれた細身の女の隣に立つ男は、風に揺れる豊かな水色の髪を片手で抑え抑揚の欠けた声でそう言った。


 年歴は二十代後半に見え、女と同じく甲冑を着けず、白い礼装の服を着ていた。長身で端正と言っていい顔立ちだが、両目にはおよそ生気が感じられなかった。


「さて。カセンドラ。私達はどうする? 本当は見物に来ただけだったけど。オットイ二等区中将が泣きつくまで静観する?」


 メルセラムは悪戯っぽい表情でカセンドラを横目で見る。


「我々六大一族は軍部に良くは思われていないからな。迂闊に手を出せば作戦を妨害したと訴えられるかもしれん」


 カセンドラの冷たい言い様は「連中が助けを請うまで放っておけ」とメルセラムには聞こえた。


「······それにしても妙ね。艦隊は全て降下したのに、オットイ二等区中将の旗艦だけが空に停止しているなんて」


 メルセラムは細い指を口元に当てながら天界軍の指揮者の船を眺める。そのオットイが既に息をしていない事など、二人の若い男女の知る所では無かった。


 オットイ二等区中将の戦死した場所となった天界軍旗艦では、二人の地上の民によって天界兵の戦力はほぼ無力化していた。


 ラストルは生き残った天界兵達に無言の圧力をかけ、戦意喪失した兵達は身動き一つ出来なかった。


「あの黒い二隻の船は何です? 補給艦ですか?」


 チロルは剣先を細目の指揮官護衛者ヘンメルに突きつけたまま質問する。ヘンメルは細い両目を限界まで見開き、黒い船の紋章を見ていた。


「······銀髪の娘よ。今すぐ逃げるが得策だぞ。あの黒い船に乗っているのは六大一族と呼ばれる特権階級の者達だ。そして天界で巨大な力を持つ精霊使いだ」


 ヘンメルの緊張を帯びたその言葉を、チロルは表情を変えずに聞いていた。


「あら? ちょっと挨拶に来たのだけれど。何やら大変な事になっているわね」


 それは、若い女の声だった。チロルとラストルは声の聞こえた方向を同時に見る。天界軍旗艦の舳先には、白いドレスを来た女が立っていた。

 

 

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