第12話 放浪者がもたらした物
若き王、ウェンデルはチロルとラストルの姿を確認すると、何も言わずに頷いた。チロルも同様に頷き返す。
その光景を眺めながら、ラストルは昔のチロルを思い出していた。その頃のチロルなら、駆け足でウェンデルに抱きつく筈だった。
だが、チロルは成長した。しかもここは臣下達が列席する公式の場であり、個人間の友誼を公に見せる場所ては無い。
チロルは少女から美しい女性に変わりつつあった。その成長を間近で見守ってきたラストルは、心の内に小さな不安を覚えていた。
いつかチロルが、自分の手の届かない所へ行ってしまうかもしれない。紺色の髪の勇者と呼ばれる若者は、そんな一抹の不安を抱えていた。
「ブリツアード。ラルフロット。武装勢力の討伐御苦労であった。二人の活躍は後で聞かせて貰おう。取り敢えず全員で腰を落ち着けよう」
若き猛将達に労いの言葉をかけたウェンデルが、笑顔で臣下達に着席を促す。臣下達は椅子に腰を降ろし、王の後ろに控えていた秘書のテフラが手に持った資料を臣下達に手際良く配って行く。
「チロルとラストルは今日如何様な目的で来たのだ? まだ食事時では無いが」
チロルの旺盛な食欲を知悉していたウェンデルは、冗談混じりに妹分に微笑みかける。
「まだお腹は大丈夫です。ウェンデル兄さん。今私は四つ目一族の少年を保護しています。カリフェース軍に追われていた少年です」
チロルの返答に、ブリツアードとラルフロットの表情が硬くなる。宰相テンショウは僅かに白い眉が動いた。
「······なる程。報告は聞いている。マチタ少佐が言っていた謎の集団とはチロル達の事だったか」
秘書官テフラが淹れた紅茶のカップを持ちながら、ウェンデルは合点が行った様に頷く。
「チロル達が相手ではマチタ少佐も手が余っただろう。死傷者が出なくて幸いだった」
カリフェース軍への明らかな武力行為。ウェンデルはチロル達のその行動を、さり気なく自然に無かったが如く闇に葬る。
そのウェンデルの判定に、異を唱える臣下達は居なかった。だが、秘書のテフラは確信していた。
宰相テンショウは、必ず後でウェンデルに意見を。否。限りなく説教に近い進言をする事を。
「チロルとラストルにも分かるように、最初から説明した方が良さそうだな」
ウェンデルはカップを置くと、どこから話すべきかと数瞬思案する。その時、会議の間の扉が開く音がした。
「俺が直接話した方が良かろう」
新たな入室者は、若き王に向かって無遠慮にそう言い放った。
「······ボネット! 陛下の御前であるぞ!」
ヨハス聖騎士団長が黒い平服を着た入室者を厳しい口調で叱責する。ボネットと呼ばれた長身体躯の男は、聞く耳を持たぬと言った様子で長い耳の中に指を入れ空いている椅子に座る。
その長い耳は、ボネットが魔族である事を証明していた。
「紅茶か。おいテフラ。酒は無いのか?」
ボネットは円卓のテーブルに立ち昇る紅茶の湯気をつまらなさそうに鼻で嗅ぐと、秘書官に遠慮無く注文する。
「ありません! 会議室を酒場と勘違いしないで下さい!」
テフラに手厳しい口調に、ボネットは小さく舌打ちする。この黒髪短髪の男が、王の御前でテーブルの上に脚を投げ出さない様にヨハスは全神経を傾けていた。
宰相テンショウはボネットの振る舞いを黙認している様に見えた。だが秘書官テフラは容易に想像出来た。
この会議が終わりボネットが室外に出た時、テンショウの厳しい追求がこの魔族に及ぶ事を。
ブリツアードとラルフロットも険しい顔つきになる。二人の猛将もこの横柄な魔族の事を快くは思っていなかった。
だが三年前。精霊の神の復活を巡る戦いに於いて、ボネットは復活を阻んだ英雄達の一人だった。
世界を救った英雄の一人に対して、若き猛将達は流石に強気には出られなかった。
「ニ年前だ。チロル。ラストル。お前達と一緒に精霊使い達と戦った時に話は遡る」
ボネットは逞しく両腕を組みながら、チロルとラストルに説明を始める。二年前、チロル達は精霊の神ラバードラを復活させようと画策する精霊使い達と死闘を演じた。
その精霊使いの手によって、ジャミライスと言う名の単眼の悪魔が復活させられた。そのジャミライスは自らの武勇伝を楽しげにボネットに語った。
それは、単眼の悪魔が天界に攻め入った戦いの記録だった。その悪魔的な力を存分に振るい、ジャミライスは天界を蹂躙した。
だが、ついには天界人の騎士達の手によって単眼の悪魔は敗れ命を落とす。ボネットはその話を聞き、真偽を確かめる為に天界人の伝説を探す旅を続けた。
ボネット先ず希少な鳥人一族にその手掛かりを求めた。背中に小さい羽を生やす鳥人一族は、かつて地上に降り立った天界人達の末裔と言われていた。
様々な出会いと予想外な争いに巻き込まれながら、ボネットはある三人の老人に出会った。
その老人達は、この世に魔法を生み出した伝説のロッドメン一族の信奉者だった。ネテスと名乗った老人は、天界人の情報が欲しくば若い娘の髪の毛を持ってこいとボネットに居丈高に要求した。
ボネットは近くの村から髪の毛を調達し、ネテスから「虹の塔」で起きた出来事を聞く事となった。
「仔細は省くがその「虹の塔」は天界とこの地上を結ぶ唯一の「道」らしい。俺もこの目で見たが、地下に埋もれている状態だった」
ボネットは続ける。そのネテス老人は「虹の塔」で天界人と会ったと証言していた。背中に二つの羽を生やし、空を自由に飛ぶその姿は正しく天界人だったと言う。
「俺はそれ以降、鳥人一族と時間を共に過ごし、彼等の事を知ろうとした」
そしてボネットは鳥人一族の特徴が自然と理解出来るようになった。鳥人一族の生やしている羽は小さく、空を飛べる事は出来ない。
天界人の末裔と呼ばれる彼等はその事を悔む様子も無く、自然と調和した生活を送り、精霊を信仰し静かに暮らす一族だった。ボネットは表情を変えずに決定的な事を口にする。
「ここからが一番重要な情報だ。天界人は地上に残された自分達の子孫である鳥人一族を忘れてはいなかった。一年程前から天界人は鳥人一族に接触していた。俺はその事実を鳥人一族から直接この耳で聞いた。その情報によると、天界人はこの地上への侵攻を目論んでいるとの事だ」
そして天界人は鳥人一族達を同胞と見なし、天界への移住を強く進めていると言う。
「ボネットさん。ではその天界人の伝令は「虹の塔」を通って鳥人一族に会いに来たんですか?」
チロルがこの場に座る者達を代表して質問する。ボネットは首を横に振る。
「それは無い。ネテス老人の話では「虹の塔」と天界が繋がる時、塔は埋もれた地下から地上に姿を現すそうだ。俺はこの一年間、定期的に塔を観察しに行ったが、その形跡は一切見られなかった」
ボネットの断言に一同は沈黙する。
「では、地上と天界を結ぶ「道」が「虹の塔」以外にも造られた。そう考えるのが自然と思われます」
モンブラがテーブルの上で両手を組みながら、チロルの質問の答えを補足する。秘書テフラはウェンデルの後ろに立ちながら、その会議の内容に何処か現実感が伴わなかった。
そもそも天界人など言う羽を生やした民が本当に存在するのか。最初は漠然とした疑問。そしてテフラが次に気付いたのは視覚に映った異変だった。
聖騎士団長ヨハスの前に置かれたカップが僅かに揺れていたのだ。そしてその刹那、窓の外から耳を塞ぎたくなる様な炸裂音が轟いて来た。
その轟音に怯む者は、この会議室に於いてテフラ以外皆無だった。一番最初に外を見たのは、窓際の席に座っていたチロルだった。
「······船?」
チロルが見上げたその先には、海面に浮かぶ筈の白い船が空に座していた。
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