第11話 会議の間に集まる者達

 カリフェースの若き王は、自分の数奇な運命を時折思い返す事があった。一国の騎士団少佐だったウェンデルは、戦争の残酷さとそれを止められない人間と魔族に対してある種の諦めを感じていた。


 自分一人の力は血と暴力が吹き荒れるこの世界に於いて余りにも無力であり、せめて自分の正義を貫く事だけを考えていた。


 そして騎士団を辞め冒険者になってからウェンデルの運命は激変した。それは冒険者として依頼を受け、小さな寒村を野盗から救った時だった。


 寒村の長老から装飾だけは立派な錆びた剣を譲り受けた。その剣はかつて皇帝オルギスが愛用していた剣だった。


 その刃こぼれだらけの剣をウェンデルが握った時、刀身は黄金色に煌めいた。その煌きは、この世の変え難い無慈悲な闇を払えるとウェンデルに感じさせた。


 そして精霊の神ラバートラの復活を目論む精霊使い達との戦いの末、ウェンデルはラバートラに誓った。


 この世から争いを無くし、人々が平和に暮らせる世界を創ると。一介の冒険者から一国の王に立場を変え、ウェンデルが救える弱き民は遥かに増えた。


 たがそれと同時に、ウェンデルは思い知らされた。自分が歩む道がどれ程困難を極める物なのか。


 手にした巨大な権力を正しく行使しようとすればする程、権力はウェンデルを嘲笑い翻弄する。


 自国をまとめ上げると、次は周辺諸国との軋轢と騙し合いが続く。妥協点が見い出せなくば戦争に発展し、火の粉は民衆達に降りかかる。

 

 戦いに勝利し続けていても、気付けば国内に新たな派閥が生まれ自国の結束さえ危うくなる。


 災害。人災。気まぐれな天候による農産物の凶作。問題は日々発生し、幾ら一つずつ解決しても決壊した川の水の様に溢れていく。


 それは道なき道であり、終わりの無い答えを手探りで探し当てる様な行為だった。常人なら早々に絶望し諦める道。


 たが、紅茶色の髪の青年は一度決めた道の行き先を変えようとしなかった。


「まあ。何とかしてみよう。昔の一軍人の時より、私の出来る事は遥かに多くなった」


 ウェンデルは自分に気合を入れる様に頬を両手で叩き、会議室に向かった。そこには、臣下と言う名の信頼出来る戦友達がいる筈だった。


 


 会議室に赴く途中のヨハス聖騎士団長は、廊下で意外な訪問者と遭遇していた。


「あ。ヨハスさん。お久しぶりです」


 長い白髪の髪を揺らし、足を止めたヨハスは声の主を見る。そこには、門兵に伴われたチロルとラストルの姿が在った。


「おお。銀髪の君に紺色の髪の勇者殿。久しいな」


 ヨハスは穏やかな笑みを浮かべ、自分の主君の知人であるチロル達を歓迎する。門兵を下がらせ、チロルとラストルと共に再び歩き出す。


「······そうか。我が軍が追っていた四つ目一族が君達と鉢合わせしたか」


 チロルはヨハス聖騎士団長に手短にシャンヌの行動を説明する。まさかそのシャンヌがジオリと四つ目一族のメルアを連れ出している事実など、銀髪の君は知る由も無かった。


「丁度良い。こらから陛下と共に会議でな。良かったら君達も一緒に出席してくれ」


 ヨハスは微笑しながらチロルとラストルを案内する。そのヨハスの様子を見ながら、ラストルは改めて聖騎士団長を見る。


 四十代半ばのヨハスは、古くからカリフェースに仕える古参の人物だった。まだカリフェースが大司教に統治されている時代に、ヨハスは皇帝の剣を甦らせたウェンデルを王位につけようと画策していた。


 その穏やかな風貌とは裏腹に、ヨハスは冷徹な策士と言う一面も持っていた。そのヨハスがチロルとラストルを会議に出席させると言う。


 幾らチロルとラストルが王であるウェンデルと知人であるとは言え、何故重要な会議に余所者を安易に同席させるのか。


 ラストルは心の内に僅かな警戒心を抱く。ヨハスは今回の四つ目一族の問題を通して、チロルを利用しようと考えているのでは無いかと。


「どうしたの? ラストル」


 ラストルの鼻孔に、チロルの柔らかい髪が香り、紺色の髪の勇者の思考は中断された。気付くとチロルの大きな瞳がラストルを覗き込んでいた。


「何でも無いよ。会議が終わるまでチロルのお腹の虫が鳴かないか心配なだけ」


 ラストルは微笑み、チロルは自分の腹部に手を当てる。


「うん。まだ大丈夫みたい」


 チロルはラストルに微笑み返す。そのチロルの笑みを見ながら、ラストルは静かに頷く。


 このチロルの笑顔を守る為に、ラストルはどんな事でもする覚悟を決めていた。例え昨日までの友人を裏切る事となっても。例え世界中を敵に回す事となっても。


 チロルは孤児として親の愛情を知らず育った。幼少の頃満たされなかった愛情の器に、誰かがそれを注がなくてはならなかった。


 数年前まではチロルには師匠がいた。チロルがとても信頼していた師だった。その師と離れた今、その役目は自分が担うとラストルは決めていた。

 

 その為に、ラストルはチロルの周囲に常に警戒心を働かせていた。組織の中でラストルに信頼の眼差しを向ける者達に対してもそれは同様であり、それは生来心根が優しいラストルにとって、自己を嫌悪する理由としては充分だった。


 


 ヨハスが会議室の重厚な扉を開くと、円卓のテーブルには既に着席している者がいた。


「あ。ブリザードさん。ランスさん。お久しぶりです」


 チロルが席に座るブリツアードとラルフロットに挨拶をする。


「ぎ、銀髪の君よ。私の名はブリザードでは無くブリツアードだ。ついでに言うと彼はランスでは無くラルフロットだ」


 ブリツアードが自分と僚友の正式な名をチロルに訂正する。当の本人はそれを聞く様子も無く視線を横に動かす。


「モンブラさん。テンショウさん。ご無沙汰です」


 チロルの挨拶に、宰相テンショウは生真面目に頷き、モンブラと呼ばれた茶色い髪の若者は破顔する。


「久し振りだね。チロル。ラストル。元気だったかい?」


 モンブラは席を立ち、銀髪の君と紺色の髪の勇者と握手をする。ブリツアードとラルフロットは、チロルの宰相とモンブラへの対応と自分達への扱いに微妙な差異を感じていた。


 だがカリフェースが誇る猛将達は、表面上は冷静さを保っていた。


「モンブラは今どんな仕事をしているんだい?」


 モンブラに席を勧められたラストルが、自分とほぼ変わらぬ身長のモンブラに問いかける。


「カリフェースの査察官として各国を飛び回っているよ。陛下の進める侵略戦争禁止条約を広める為にね」


 モンブラは白い官服の胸に刺繍された鳩の紋章に手を添える。鳩はカリフェースでは平和の象徴であり、それが全世界に広がる事をモンブラの主君は願っていた。


 モンブラはかつて歴史の裏から世界管理を行ってきた組織「青と魔の賢人」の人間だった。


 だが組織が崩壊しモンブラは考えた。青と魔の賢人がこれ迄で行ってきた方法以外に世界の秩序を守る方法は無いのかと。


 モンブラはそれをウェンデルに見出した。故にモンブラはブリツアードやラルフロット達の様にウェンデルに心酔してはいなかった。


 もしウェンデルが道を違える事に陥れば、モンブラは執着無くカリフェースを離れるつもりだった。 


「モンブラ。無償の忠誠などあり得ない。私は常に君から試されていると自覚しているよ」


 ある時、モンブラはウェンデルからそう言われた。その時カリフェースの若き査察官は、自分の心の内を読まれたのかと驚愕した。


 ウェンデルは侵略戦争を禁じる条約を推し進める為に、その交渉役をモンブラに託した。


 ヨハス聖騎士団長以外の臣下達は、十九歳のモンブラには荷が重いと反対した。カリフェースは比類ない大国であり、条約を通してカリフェースから利益を得ようとする国々は数多存在する。


 権謀術数渦巻くその渦中に身を投じたモンブラは、誠実に。そして確実にその成果を上げて行った。


 小国を中心に、カリフェースの推進する侵略戦争禁止条約の加盟国は増加していった。その重責を担いながら、こうして御前会議にも出席するモンブラのその器量に、ヨハス聖騎士団長は満足していた。


 モンブラの優秀さに目をつけ、カリフェースに士官の誘いをかけたのはヨハスだった。そして、チロルに組織の本拠地を構える場所を紹介したのも聖騎士団長だった。


 その場所はカリフェースの西の国境線に位置し、直ぐ隣には魔族の国々がひしめいていた。


 ウェンデル王とチロルの親しい間柄を利用し、ヨハスはチロル達組織をカリフェースの盾に利用しようとしているのでは無いか。


 ラストルはヨハスに対し、そんな疑念に駆られていた。そして聖騎士団長はラストルの疑念通りの考えを持っていた。


 カリフェースが国教とするオルギス教の発展。ヨハスの行動原理はその一点に尽き、その為にはあらゆる物を利用する事に躊躇は無かった。


 ラストルの耳に扉が開かれる音が聞こえた。すると、円卓のテーブルに着席していた者達が一斉に立ち上がる。


「お待ちしておりました。陛下」


 宰相テンショウが入室者に敬礼すると、他の臣下達もそれに倣う。紅茶色の髪の王は、柔らかな笑みを浮かべていた。


 

 

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