第8話 疎開

「一年前の事です。カリフェースのウェンデル王は世界各国に使者を送りました」


 白い髭の下の口を重苦しそうに開くジオリは、今回のカリフェース軍による追走劇の真相を語り始めた。


 ウェンデル王の各国に宛てた親書には、驚くべき内容が記されていた。それは、かつて天界人と呼ばれた者達が地上に攻め入ってくると言う内容だった。


 人間と魔族は直ちに団結し、その脅威に備える事。そして太古の昔に天界人の天敵と言われた伝説が残る四つ目一族の保護と育成を訴えた。


 カリフェースは以前より人間と魔族を問わず、侵略戦争を禁じる条約の推進を広めていた。


 その条約に加盟する国々はともかく、カリフェースから距離を置く国々はウェンデル王の親書の内容を一笑に付した。


 だが、そんな国々も四つ目一族の過去の伝説だけは分析、調査を進めた。それは、四つ目一族の力を自国の軍備増強に利用する為だった。


 ウェンデル王の各国への訴えは皮肉にも団結では無く、四つ目一族の争奪戦にすり替わってしまった。


「······このメルアの住む集落も他国に襲われました。集落の近所に住む私は、その最中メルア一人を連れ出す事が精一杯でした」


 大陸の西に位置するある魔族の国に、四つ目一族がひっそりと暮らす森がある。ジオリはメルアの両親からそう聞いた事があった。


 ジオリは老いた身体に鞭を打ち、ジオリをその森に避難させる為にカリフェースの国境線まで辿り着いた。


 そこで運悪くカリフェースの正規軍に見つかり、必死で逃げていた途中にシャンヌと遭遇した。


 ジオリの説明に、チロル達は一様に口を閉じていた。その沈黙を破ったのは、気勢を抑制する事を知らぬ赤毛の少女だった。


「なんて酷い話ですか! 罪も無く静かに暮らしていた四つ目一族を自国の利益の為に捕まえるなんて!!」


 シャンヌの叫び声に、終始怯えていたメルアが両目を見開き反応した。赤毛の少女は、そんな四つ目一族の少年を真っ直ぐに見つめる。


「メルア。私が貴方をその森に送り届けます!」


 シャンヌの勇ましい宣言に、メルアとジオリは呆気に取られていた。鋭い舌打ちをしたブレットが赤毛の少女を睨む。


「おいリス。半人前が不用意な口を叩くな。事は各国の軍が絡んでいるんだぞ」


 未熟な少女を諭すブレットの言葉に、シャンヌは顔を真っ赤にして激昂する。


「私はリスではありません! シャンヌと言う名前があります!!」


 今にも噛みつきそうなシャンヌの勢いに、ブレットは面倒臭そうに再び舌打ちする。


「······どうする? チロル」


 チロルの隣に座るラストルが、銀髪の君の判断を仰ぐ。チロルはラストルに軽く頷く。


「ジオリさん。メルアさん。貴方達は暫くここに居て下さい。私が詳しい話をウェンデル兄さんから聞いてきます」


 シャンヌはブレットへの抗議も忘れ、チロルの言葉にきょとんとしていた。今銀髪の君の話の中に、カリフェースの王の名があったようにシャンヌには思えた。


「シャンヌ。カリフェースの王、ウェンデルさんはチロルが兄と慕う方なんだ」


 そんなシャンヌの様子を見兼ねて、ラストルは苦笑しながら説明する。


「ウ、ウェンデル王とチロルさんが?」

 

 巨大な組織を率いるチロルの人脈。当然ながらシャンヌもそれは考えた事があったが、大国であるカリフェースの王と親しいとはシャンヌの想像を超えていた。


「ウェンデル王にはエルドと言う名の全身黒衣の警護者がいる。チロルはそいつとも親しいぞ」


 アサシルが両腕を組みながら、シャンヌに付け加える。何故アサシルがウェンデル王の警護者を知っているのか。赤毛の少女は褐色の肌の暗殺者を不思議そうに見る。


「俺がウェンデル王の暗殺を試みた時、その警護者に阻止されたのさ。その後はその場にいたチロル達に袋叩きだ」


 アサシルは両腕の袖をめくり上げる。その両腕には、痛々しい傷跡が幾つも残っていた。


 ウェンデル王を亡き物にしようとしたアサシルが何故チロルの組織に入る事を許されたのか。シャンヌは頭をどう捻っても分からなかった。


 こうしてチロルとラストルは風の呪文でカリフェースの王都に飛び立った。待機を命じられたジオリとメルアは、他に選択肢が無いと諦めた様に大人しく従う。


 特にメルアはあてがわれた部屋に籠もり、一歩も外に出ようとしなかった。シャンヌはそんなメルアを半ば強引に外に連れ出し、自分の訓練を四つ目一族の少年に見せた。


「何で俺がリスの剣の相手をしなくてはならんのだ?」


 ブレットが舌打ちしながらも、愛用のサーベルでシャンヌの打ち込みをいなして行く。   


「私の名前はリスじゃなくシャンヌです!」


 激しく息を切らし、シャンヌが重そうな身体を引きずり何度もブレットに剣を叩き込む。その光景をメルアは両膝を抱えながら眺めていた。 

 

 剣の事など何も知らぬメルアの目から見ても、赤毛の少女と黒髭の男との技量の差は歴然だった。


 敵わぬ相手に何故何度も立ち向かって行くのか。シャンヌのその行動を、メルアは全く理解出来なかった。


 訓練が一通り終わり、疲労の色が濃く見られるシャンヌはメルアの側に来て腰を降ろした。


「メルア。心配しないで。貴方を必ず四つ目一族の森に連れて行くから」


 シャンヌはメルアに明るく笑いかける。それはまるで、弟を見る姉のような目だった。


「······無理だよ。幾らカリフェースの王に掛け合ったって。権力者は僕達一族を利用する事しか考えていない」


 俯きながら小声でそう呟くメルアに、シャンヌは額の汗の玉を飛ばしながら首を横に振った。


「チロルさんは他の権力者達と違うわ。ウェンデル王と親しいみたいだし。きっとメルアを悪いようにはしないわ」

 

 無邪気な断言をするシャンヌに、メルアは両目を伏せながら反論する。


「カリフェースの王は四つ目一族を保護育成すると言っているけど、結局それは僕達を戦争に利用するって事じゃないか」


 メルアの弱々しい声に、シャンヌは次の言葉を失ってしまった。メルアの言う事は最もであり、最終的には四つ目一族は戦争に駆り出される事に変わりなかった。


 両膝に顔を埋めてすすり泣くメルアを見ながら、シャンヌの直情的な思考が暴走を始めた。


 シャンヌはメルアの手を握った。突然の赤毛の少女の行動に、四つ目一族の少年は両目を丸くする。


「メルア。ジオリさんが言っていた森に行きましょう。今すぐに!」


 シャンヌの唐突な宣言にメルアは絶句する。四つ目一族の少年の涙は、いつの間にか止まっていた。


 銀髪の君ことチロルが率いるこの組織の本拠地には、湯が湧き出る池が小屋の近くにあった。


 十五歳の少女に無理やり剣の稽古に付き合わされたブレットは、その湯で汗を流し気分良く小屋に戻って来た。


 そして丸太の家の外に繋がれていた馬が二頭消えている事に気付く。


「······まさかな」


 ブレットは綿の布で頭を拭きながら小さく呟き、麦酒で喉を潤す為に小屋に入ろうとした。その時、扉が内側から開けられた。


 中から現れたのはアサシルだった。右手に走り書きがされた手紙を持っていた。その文面を見てブレットの表情は険しくなる。


 置き手紙の主はシャンヌであり、メルアを森に避難させると書かれていた。


「······あの直情娘が。あいつは猪リスと改名した方が良さそうだな」


 湯上がりのさっぱりとした気分を台無しにされたブレットは、手紙を握り潰し小さく舌打ちをした。

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