第7話 四つ目一族

 カリフェースの正規軍に包囲された一台の馬車は、その運命を激しく変転させていた。馬車の御者である老人は、赤毛の少女に加勢した黒髪の男を見る。


 頼りなく見える赤毛の少女より、その男は明らかに屈強そうに見えた。老人は思う。神が遣わした救いの手は、気まぐれから本気に変わったのかもしれないと。


「······お主は何者か!? その赤毛の少女の仲間か!」


 シャンヌが隊長と断定していた騎士は、必殺の一撃をブレットに防がれ馬を後退させる。


「······仲間か。広義の意味で言うと否定出来んな。ちっ。自分で言ってて不愉快極まりないな」


 ブレットはそう言うと、馬の腹を蹴り隊長の騎士に突進して行く。


「おいリス! 呆けていないで馬車を先導しろ! おいアサシル! 何とかしろ! お前の教え子だろう!」


 ブレットは叫びながら右手に持ったサーベルで隊長の騎士を斬りつける。強烈な一撃を隊長騎士は辛うじて受け流す。


「御者の方! 私に付いて来て下さい!」


 再び馬に飛び乗ったシャンヌは、戦況の変遷に不安そうにしている馬車の御者に大声で指示する。


 御者の老人は意を決して馬車を走らせる。ブレットは隊長騎士を圧倒していたが、他の騎士達が馬車の追跡に動き出す。


 その時、馬車の荷台に乗っていた少年が悲鳴に近い声を上げた。自分しか乗っていない筈の荷台に、いつの間にか誰かが座っていた。


「······だ、誰?」


 麻の布を額に巻いた黒髪の少年は、足を組みながら荷台に腰掛ける褐色の肌の男を怯えながら凝視していた。


「救いの神さ。いや。悪魔と言った方が正しいかな?」


 アサシルは乾いた声で少年に返答すると、右手を自分の目線に上げる。五本の指の間には、四つの玉が挟まれていた。


 その四つの玉を追跡者である騎馬隊に投げつける。玉が地面に落ちた瞬間、玉から大量の煙が放出された。


「な、何だこの煙は!?」


「前が見えんぞ!お、落ち着け!!」


 騎馬隊から動揺の声が各所で起きる。煙に怯えた馬は、それ以上前に進むことを拒否していた。騎士達は馬をなだめる事で精一杯になり、馬車を追撃する余裕を失っていた。


 ブレットは隊長騎士が距離を置いた隙に反転し、煙幕の中に飛び込み消え去った。馬が落ち着きを取り戻し、再び追跡を再開した騎馬隊が見た物は、小川のほとりで馬車馬が水を飲む光景だった。


 その荷台には、誰も乗っていなかった。


 銀髪の君を首領とする組織「猫の手も借りたい」の本拠地である丸太の家では、予定にない来客を招いていた。


 一人は茶色いローブを着た年老いた白髪の老人。もう一人は老人と同じくローブを纏ったシャンヌよりも二、三歳年下に見える黒髪の少年だった。


 テーブルに座る老人と少年の共通点は尖った耳。同じく魔族と言う事だった。


「何故カリフェースの軍に追われていたんですか?話によっては貴方達二人を軍に引き渡します」


 まだねぼけ眼のチロルが、長テーブルの端に座りながら来客に質問する。そのチロルの言葉に、シャンヌは自分の行動は浅はかだったとのかと不安を募らせる。


 布を額に巻いた少年は怯えた表情で俯き、老人はその少年を見兼ねた様に立ち上がる。


「先ずは礼を言わせて頂きたい。我らを追手から救い出してくれて助かりました」


 老人は曲がった腰を健気に折り、テーブルに座る組織の面々に礼を述べる。


「我らが追われていた理由を話せば、貴方達も巻き込む事になります。それでも理由をお聞きになりますかな?」


 白髪の老人は椅子に座るシャンヌ、ブレット、アサシル、ラストルの順に視線を移し、最後にチロルと目を合わせる。


「構いません。話して下さい」


 僅かな躊躇も見せずチロルは即答した。老人は覚悟を決めたように頷き、深くシワが刻まれた口を開く。


「私の名はジオリと申します。世界では今、ある希少になった一族の争奪戦が行われています」


 ジオリと名乗った老人は、隣に座る少年に顔を向ける。


「この少年の名はメルア。その希少一族の者です。カリフェースはメルアを狙って私達を追跡していました」


 怯えた表情を見せるメルアと呼ばれた少年は、頷くジオリに促され椅子から立ち上がる。そして額に巻かれた布を解いた。


「······それは何だ? 閉じた目か?」


 酒盃を口に運ぶ手を止め、ブレットがメルアの額を注視する。メルアの額には、小さく閉じた目が二つあった。


「初めて見るな。その子供は四つ目一族か?」


 両肘をテーブルにつけ、重ねた両手に細い顎を乗せたアサシルがメルアの一族の名を口にした。ジオリは静かに頷き、四つ目一族の成り立ちを話し始めた。


 遥か遠い昔。地上の民が神と呼ぶ者達がいた。彼等は背中に白い羽を生やし、地上とは別の世界に住んでいた。


 天界人とも呼ばれた彼等は、地上の民に自分達の優れた文明を惜しみなく与え、両者の交流は友好的に。そして活発に行われた。


 だが、やがて両者は争いを始める。圧倒的な天界人の攻勢に、地上の民は敗北寸前までに追い詰められた。


 そこに地上の民に文字通り救いの神が現れる。四つ目一族と呼ばれた巨人達は、次々と天界人を討ち破って行った。


 そして天界人が地上から全面撤退する。地上の民達は、四つ目一族を「神殺しの戦士」と讃えた。


 四つ目一族の伝説はそこで歴史から忽然と姿を消した。それ以降「神殺しの戦士」が歴史の表舞台に現れる事は無かった。


 獣の様に全身を毛で覆われていた身体。五メートルはあると言われた巨体。長い月日の中でその姿は失われ、四つ目一族は人間や魔族に近い外見に変化していった。


「そのメルアと言う少年が、四つ目一族の末裔と言うのですか?」


 怯えるメルアを心配そうに見つめながら、ラストルはジオリに問いかける。


「その通りです。彼等四つ目一族の風貌もかなり変わりました。メルアの額の二つの目も小さく、普段は開かれる事はありません」


 ジオリの説明にシャンヌは改めてメルアの額を見る。確かに額にある閉じた二つの目は、怯えたメルアの両目より一回り小さかった。


 歴史の中に埋没した筈の四つ目一族を巡って、今世界中で密かに争奪戦が行われている。ジオリは苦々しくそう言った。


「何の為に各国が四つ目一族を狙うのですか?」


 チロルが本質に迫る質問を口にした。ジオリは静かに頷く。


「四つ目一族の力を利用する為です。来たるべき戦いの時に備えて」


 ジオリの返答に、シャンヌは両手をテーブルに叩きつけ叫んだ。


「来たるべき戦いとは何ですか!?」


 「猫の手も借りたい」に属する者達の視線がジオリに集中する。


「かつて地上の民が神と呼んだ者。天界人との戦いの為です」


 ジオリの返答にシャンヌは言葉を失う。ふと赤毛の少女の視界に入ったメルアは、今にも泣きそうな表情をしていた。

 

 






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