第6話 追走劇
狭い林の獣道を、一台の馬車が猛然と駆けて行く。馬車の御者は必死に二頭の馬を鞭で打ち、少しでも速度を上げようと試みる。
その馬車を猛追するのは騎馬隊だった。全身を甲冑に身を包んだ騎士達は、整然と一列に並び馬車を追跡する。
騎乗したシャンヌはその光景を横から並走して眺める。馬車の荷台に子供が一人乗っている事をシャンヌは視認する。
馬は獣道よりも更に悪路である場所を走らせる赤毛の少女に不平も言わず、健気に駆けて行く。
そして林が一時途切れ、視界が開けた場所に出た時だった。その先の道は馬車が通れない程狭かった。
騎馬隊はたちまち馬車を包囲して行く。シャンヌは迷う事無く馬車の前に馬を走らせた。
「······何だこの子供は?」
騎士の一人が馬車の前に立ちはだかるシャンヌを見て間の抜けた声を出した。赤毛の少女は騎士達の甲冑の紋章を確認する。
「貴方達はカリフェースの正規軍の方達ですね。何故こんな小さな子供を追い回すのですか?」
シャンヌは毅然とした態度で騎士団に問いただす。その赤毛の少女の姿を、馬車の御者は皺だらけの顔を歪めて見る。
この少女は窮地に陥った自分達の救いの神なのか。だが御者が見る限り、小柄なシャンヌはどう見ても神の気まぐれだとしか思えなかった。
「少女よ。そこをどきなさい。我々は重要な任務中だ。事情を知らぬ者が首を突っ込んでいい話では無い」
一人の騎士がシャンヌの前に進み出る。その様子から、男がこの隊の長だと赤毛の少女は判断した。
「無力な子供を大人数で包囲する理由をお聞かせ下さい。納得出来れば引き下がります」
納得出来なければ一歩も引かない。騎士は兜の中からシャンヌの決意をその表情から読み取った。
「······その馬車の荷台に乗っている魔族の子供は、国の最重要機密に関わっている。これで納得してくれたかな?」
騎士は過不足無くシャンヌに要点を伝えた。これで尚抵抗を試みるのなら、シャンヌはカリフェースに弓を引く事になった。
だが十五歳の少女には、一国に逆らう事よりも、一人の不幸な子供を助ける方が重要だった。
「納得出来ません!!」
シャンヌは馬上で腰から剣を抜いた。先程から赤毛の少女は周囲を観察していた。騎馬隊の人数は二十。
馬車の進路を塞いでいる場所には三騎の騎士がいた。そこにシャンヌは突っ込んで行く。
「私が突破口を開きます! 付いて来て下さい
!!」
シャンヌは駆けながら御者の老人に叫ぶ。老人の御者は殆ど反射的に馬に鞭を振るった。
「この娘! 抵抗する気か!?」
進路側にいた三人の騎士がそれぞれ剣を抜く。シャンヌは馬の背に立ち上がり、そのまま馬の背を蹴り跳躍した。
「陽炎!!」
登り始めた朝日を背にしたシャンヌに、騎士達は逆光に晒された。しかも少女の姿が突然消え去った。
「ぐわっ!?」
騎士達の背後に姿を現したシャンヌは、剣の柄を騎士達の後頭部に叩きつける。三人の騎士が落馬し、馬車の道が開けた。
だが、一人の騎士が猛然と馬を駆りシャンヌに迫る。先程赤毛の少女に語りかけた騎士は、手にした長剣を振り上げる。
シャンヌはそれを剣で防ごうとしたが、両腕の重りが災いし反応が遅れた。騎士の鋭い一刀は、シャンヌの右腕に向けて振り下ろされた。
シャンヌの聴覚に耳をつく金属音が聞こえた。赤毛の少女の腕を切り裂く筈の一撃は、何者かのサーベルによって阻まれた。
「······ちっ。女子供は決して見捨てない。我ながら厄介な誓いを立てた物だ」
馬上でブレットはそうぼやくと、自らのサーベルに重なった騎士の剣を弾き返した。シャンヌは呆然としやがら、朝日に照らされたブレットを見上げていた。
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