3

 私は意味を持たなくなった携帯をベッドの上に放り投げた。その後を追ってすぐに自分の身体も放り投げる。

 葉子からも、美由紀からも、その他やたらめったらにかけまくった電話越しの誰からも私が欲していた答えは返って来なかった。私が投げかけた疑問さえ大して受け止めてもらえなかった。

『華天狗? 確かに今年は去年より堂々としてたような気もするかな。それがどうかしたの?』

 私はそぞろに返事も返さず次々と連絡先を当たった。当然のことながらまだ住人の三分の二は見ていないのだ。それでも誰かからは共感が得られると思っていた。けれど返ってくるのはどこか上滑りな新年の陽気だけだった。

 違う。そんな簡単なものじゃないじゃないか。

 あの華天狗は、少女は、今までとは明確に、絶対的に違うものなんだ。

 私自身なぜこんなにも焦っているのか、急かされているのかわからなかった。わからないのに意識を微睡にゆだねようとすると、彼女の揺蕩うような五本の指が私の顔の輪郭を撫でるのだ。その伸びた鼻で私の側頭部を小突き、その向こうの聞き取れない囁きをこぼすのだ。

 あれはどう考えたって、普通じゃない。あんな面の向かいのなにかが普通の少女に紛れていていいわけがない。

 この町は小さな町だ。学校だって今に廃校になるんじゃないかというほどに生徒は少ない。だから同年代の女子の顔は大抵知っている。だけど。

 だけど、あんな動きをする子は、あんな躰を赦している子は、私は知らない。宵闇の幻と消えるような歩き方をする誰かなんて、見たことがない。

 あれはなんだったんだ。華天狗だなんて古臭い伝統行事、そのうち廃れて途絶えるようなほんの一時の慣習ではなかったのか。どこにでもある神様と妖の伝承に則ったままごとでは。

 あれではまるで、本当に妖じゃないか。

 あれではまさしく、本物の天狗じゃないか。

 私は化かされたような心持ちをひきずったまま、暦を改めた日が上がっていくのを窓から眺めていなければならなかった。

 親戚の手から待ち望んでいた子袋を受け取った時も、私の感情はひどく乾ききっていた。それでも上面だけは嬉しそうな表情を浮かべ、可愛がられるに足りる子供を演じていた。

 それは大人達を満足させるのに十分だったが、一人だけ私の変調を見破っていたのが佐代子叔母さんだった。叔母さんは部屋に戻ろうとしていた私を引き留め、誰もいない静かな廊下の隅に私を呼び寄せた。

「紀未ちゃん、なんだか不服そうね。やっぱり高校生にその額じゃ物足りなかったかしら」

 叔母さんは私がそんなことを思っているのではないと当然のようにわかっているようだった。それでも私から切り出すのを待っている。

「……佐代子叔母さん。その、今日の華天狗、どう感じましたか。何か、いつもと違うとは思いませんでしたか」

 それを聞くと、彼女は少しだけ腰を曲げて私と視線を合わせた。そして少し寂しいような、困ってしまったような微笑みを浮かべた。どうしようもなく口惜しいけれど、何かを口にするのは憚られるような。そんな表情を叔母さんが私に向けるのは初めてだったが、それと同時に私は初めて叔母さんに一人の人間として認められたような気がした。

「いいえ、私は何も感じなかったわ。いつもと同じなの。あれはいつもと同じ、変わることのない、ただの神事」

「でも、私は……」

 口どもる私の頭を、叔母さんは優しく撫でた。髪を梳かすようにゆっくりと。それからその手を私の肩に置いた。

「もしどうしても紀未ちゃんが気になるのなら、自分で確かめて来なさい。華天狗は、舞いを終えたあと神社の古い桜の樹の袖を一人で抜けるわ。そこでなら、あの子に会える」

 私は、それになんと返事を返したのだろうか。


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