『パパパパーフェクト・ワールド』

『こっちにはカップルしかいないぜー!』

『学校の方で見たぜー! 一時間前だけどナー!』

『そんな奴は知らないゼ!』


 人ならざる物たちの声を聴きながら、理香子は夜の住宅街を疾走していた。

 時を戻されたとしたら、それは何時までだろうか。

 前は、数時間程度だった。

 今回も同じくらいだろうか。


 と、理香子は知らず自分が、近所のスーパー『パブロフ』の近くまで来ていることに気づいた。

 木原対策の話し合いをして、別れたあの噴水の広場。


 時刻は、そろそろ十九時を回ろうとしていて、帰宅途中のサラリーマンや、塾帰りの学生たちがぞろぞろと歩いていた。

 

 まずは、学校に戻るべきだろうか。

 もし、篠原瑞枝に連絡がつけば、彼女の骨の能力で肇を追跡してもらうのも良い。

 ともかく、と踵を返そうとして。


『見つけた』

 どこかで何かがそう喋った。


 慌てて周囲を見渡すが、あやしい人物は見当たらない。

 誰か、何かいるのだろうか。


「もし」

 不意に誰かに声をかけられた。

 それは自分たちと同じ制服を着た男女2人だった。

 学生のカップルだろうか。

 少女の方が近づいてきて、理香子に話しかけてくる。

 どこかで見た顔のような気がするが、理香子は思い出せない。

「あなたもしかして友達を探しているのかしら?」

「あ、あぁ……。そんなところさ。急にはぐれちゃってね」

「あらそう」

 

 と、突然ぐっと腕を掴まれる。

 それは捕まえるというより、脈を図るような力加減だった。


「ねぇ。その人が居なくなったのはいつ?」

 掴んだ腕を見下ろしながら少女が言う。


「……いや、その……」

「もしかして十分くらい前かしら」

「すまないが、急いでいるんだ……。その手を放してくれないか」

「居なくなったったって、どうやって? 突然消えてしまったの?」

「質問の意味が分からない。悪いがキミが力になれることはないよ」


「いいえ。だってそれ、霧元肇でしょう?」

 ぐん、と少女が面を上げる。

 ぎらりと光った双眸が理香子を捉えた。


 敵だ。

 咄嗟に腕を払って後ろに下がる。

 どん、と誰かに当たって、慌てて振り向く。


「大丈夫よ。私なら連れて行ってあげられるから」

 そこに居たのは、先ほど自分の腕を掴んでいた少女だった。

 彼氏らしき少年も横に居る。


 どういうことだと、視線をさっきの少女の位置に戻すが、腕を掴んでいた少女はなおもそこに居た。彼氏の少年も、その横に居る。


「パーフェクト・ワールド/スプリット」

 横からまた少女の声が届く。

 横を見れば、また少女がいた。彼女は噴水を囲う石の上に座っていた。足を組み、頬杖をついてこちらを見下している。

 そして、やはり横には彼氏の少年がいた。

「私たちは分裂し、増殖し、いつもずっと2人っきりなの」

「それはまた、ご熱心なことだね……!」


 視線だけを動かして理香子は周囲を見渡す。

 正面には自分を先ほどまで掴んでいた少女。すぐ後ろには、また別の同じ顔の少女。

 そして、左手側、噴水の傍にはまた別の同じ顔の少女。

 計3組に囲まれていることになる。

 今の所、空いているのは右手側。スーパー側だけだった。

「私たちと一緒なら、もう一度、霧元肇に会えるわよ。さぁ、どうする?」


 おそらく、それは本当の事なのだろう。

 さっきの質問からして、彼女がおそらく霧元肇をどこかへとやったか。あるいは、その人物の仲間である可能性が高い。

 ここは、彼女の言うことをきいて、情報を集めるのが得策だろうが――。


「場所は教えてもらう。ただし、それは一方的に、だ」


 地を蹴り理香子が、噴水近くに座る少女に向かって走る。


 逃げる……?

 とんでもない。

 これほどまでに最高な情報主はいないというのに……!


「何を言っているの?」

 がくんと視界が下にブレる。

 噴水の少女に向かって走っていた理香子の体が、一瞬宙に浮く。

 視界の端に、自分に向かって足払いをかけていた少年の足が見えた。

 

 そのまま理香子は噴水へと頭から突っ込んだ。

 底に敷かれた石畳に鼻をぶつけて、鼻血が出てしまい、噴水下の池部分でうずくまる。


「受け身も取れないほどだったの? あんなにまともにくらうなんて」

 クックと笑いながら少女は、噴水の淵から降りて、理香子を見下ろすために振り返っていた。同じく、他2組の少女たちも理香子を仕留めきるために、噴水のすぐそばまでじりじりと近づいてきていた。


「さて、用があるのは骨だけなのよね」

 ちゃぷ、と少女たちが噴水の中に入ってくる。

 傍から見ればすっころんだ友達を助けるような構図にでも見えるのだろうか。


「このままここで溺死させてから、回収させてもらおうかしら」

 少女が理香子の傍でしゃがみ込んで、その頭をぐぐぐと水底に押さえつける。

「さようなら、紺野理香子さ――」


 その言葉は続かない。

 少女は理香子の頭を押さえつける右手、それの手首に違和感を覚えて、そこを見やる。

 するりと赤い筋が走って、ずるりと手首が池の中に落ちる。


「受け身を取れなかったんじゃない。取らなかったんだよ」

 理香子がゆっくりと立ち上がる。

 今度は少女を理香子が見下ろす。

「だって、そうしないと鼻血が出せないからね。そして、ならば名乗ろうか。『ブルー・フェアリー』それが、キミを殺す力の名前だ」


 理香子の血液は噴水の池の水に混ざり、広がっている。

 それらは、駆け寄る他の少女たちの足元にも広がっていた。

 それらから一瞬にして、血の槍が現われ少女たちを串刺しにする。

 完了までは時間にして一秒足らずだろう。

 槍を維持できないのと、あまり他人に見られるとマズイという理由からだが。


「ずいぶん……迷いが無いのね……」

 手首を切り落とした少女が、息も絶え絶えに言う。

「これ、人殺しってやつだと思うんだけど」

「いいや違うね。キミたちからは、無機物の声がした。キミたちは生きていない。そのようにふるまっているだけなんだ」

 

 最後に少女の胸に向かって、水中から槍を突き刺す。

 コフ、と短く息を吐いたきり少女は動かなくなった。


 少女の肩に手を置き、強く念じる。

 周囲の【物】たちの声が入ってこないよう。

【物】である彼女と2人きりになるために。

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