インタールード

 酷い目にあった。

 木原孝司は【部屋】から出ながら、ため息をついた。


 部屋の出口は自宅だった。

 あの二人に知られた以上、いつかは殺さなければならないが、今のままではソレは無理な話だ。


 正体を知られたということは、その気になれば此処の場所もばれるということ。

 一刻も早く、この町を出る必要がありそうだ。


 壁のスイッチに手を伸ばして明かりを付ける。

 程なくしてパチンと眩しい光が部屋を包みに込む。

 さっきまで暗い所に居たので、思わず目を細めた。


「骨、一つしか奪われなかったんですね」


 自分ではない声が聞こえた。

 口調はどこか人を小ばかにしたようでもあった。


 そいつは部屋のベッドに寝転んでいた。

 ぶかぶかの緑のダッフルコートに身を包んで、フードは顔をすっぽり覆い隠している。

 性別はどちらだろうか。

 聞こえた声からは、どちらとも判断がつかなかった。


「キミは誰かな」

「誰だと思います?」

 コートの人物が起き上がる。

 その所作を見ても、やはり性別は分からない。


「悪いが今は余裕が無いんだ。要件があるなら、手短に言ってくれないか」

 そっと後ろに下がってドアノブに触れる。

 攻撃するための手段は失ってしまったが、部屋の能力自体は健在だ。

 まずは逃げる必要がある。


「先生」

 フードの人物がクスリと笑いながら言った。

 その一言で木原の警戒はより強まった。

 相手は自分を知っている。


 誰だ。

 まさか、霧元肇と同じく、誰かの復讐だろうか。 


 居る。

 一人だけ、ずっと行方をくらませている人物が。

 霧元肇と同じクラスの。

 自分が殺した、少女の恋人が。


 目の前の人物が、フードに手をかける。

 するりと顔が現われて――。


「は?」

 だから木原は間の抜けた声を上げていた。


◆◆◆


「これ、あげる」

 

 人形展に行った翌日、姉が自分にお守りのような何かを渡してきた。

 どこかの神社のものだろうか。

 表面を見たが、何のお守りなのかも書かれていない。


「姉さんのほうが要るんじゃないの? ほら、受験とか」

「あたしは良いのよ、頭良いから。それよか、お守り、無くすんじゃないわよ」


 ね、と念を押されて、肇は「はいはい」と返事をした。

 姉との会話はそれが最後だった。


 その後、姉は知らぬ間に外に買い物に出かけていて、そして死体となって帰ってきた。


◆◆◆


 外は雨らしい。

 ザァザァと降る雨の音で霧元肇は目を覚ました。

 起き上がって寝惚け眼で周りを見渡す。そこは見慣れた自分の部屋だった。


 昨日はあれから理香子とは別れたんだった、と何とか重い頭を動かして思い出す。

 理香子を送って帰りたかったのだが、彼女に強く拒絶されたので二人別々に帰った。


 本当は無理矢理にでも送って帰るべきなのだろうが、彼女の嫌がり方が半端ではなかったので渋々引き下がった。

 家庭に問題でも抱えているのだろうか。


 ともかく朝食を取ろうと、部屋を出てリビングに入ると、めずらしく父がいた。

 朝ご飯を置くスペースを奪ってまで、テーブルの上に新聞紙を広げて読んでいる。

 リビングに入った肇をちらと見ると、にやりと笑った。


「朝帰りか」

「違うから」

 テーブルの上には何枚かのトーストを乗せた皿がぽつんと置かれていた。

 

「どうしたのさ、珍しい。父さんが帰って来てるなんて」

「薄情な娘だ。家主が家に帰るのは普通だろう」

「家にいない方が長かったでしょ」

「……ゲーム会社は、色々大変なんだ」

「らしいね」


 皿の上のトーストをひっつかんで、口に運ぶ。

 思いの外上手に焼けている。ほんのりとした甘さが口の中に広がっていった。

 

 何となく会話が終わってしまったので、テレビを付けた。

 チャンネルはニュースに合わせられていた。

 代わり映えのない朝のニュースを、いつもと同じキャスターが淡々と読み上げていく。

 内容は例の連続殺人事件のことだった。


「この辺りも物騒になったもんだ」

 父が新聞のページをめくりながら、ぽつりと呟く。

「学校のほうは大丈夫か?」

「何が?」

「何が、って。何か、だよ。例えば、不審者を見たとか。変な事件があったとか」

「何も無かったよ。何も」

「――そうか」

 ニュースはようやく連続殺人事件の所を、終えたようだった。

 それでは続いてのニュースです、と矢継ぎ早に別の記事を読み上げていく。

 

 一人の老人が近くの川で、遺体で発見されたというものだった。

 どこにでもありそうな事件だったが、幾分場所が近すぎるような気がした。

 老人が発見されたのは、ここから歩いて十分程度の所を流れる川の下流だった。


「全く、物騒になったもんだよ」

 父は再びそう言った。


◆◆◆


 その日、学校に吉川歩生の姿はなかった。

 恋人を殺されたショックがまだ癒えないのだろうか、彼の席は墓標のように空気が沈んでいた。


 担任の木原は当然のように学校に来なかった。

 念のため、校内の扉を開ける際は脱出に使う入れ替え用の何かに触れてから、扉を開けているが、今の所、あの部屋の能力が発動することはなかった。

 一度、あの部屋の能力を全て解除したのだろうか。


 担任が居ないせいで、朝のホームルームはおざなりになって、三限目の現国の授業は自習になった。

 昼休みになったので図書室に行ってみたが、紺野理香子の姿はなかった。

 新聞も全て定位置に置かれている。


 決着はついていない。

 姉を殺した人間は、まだどこかで生きている。

 見つけ出して、殺さないといけない。


 肇は学校が終わるとそのまま家に帰ることにした。

 ちょうど雨が上がっていたせいか、肇は帰宅してから自分が傘を忘れて帰ってきてしまったことに気付いた。

 学校は近いので、取りに帰ろうかと思ったが、もう体はけだるくなってしまっていて、明日にでも回収することにした。


 もっとも『そこにある物は何でも使う主義』のクラスメイト達を前にして、あの傘が無事に明日の朝まで生き残っているという保証はどこにもないわけだが。この曇り空が、どうにも足を重くさせた。


 そうして、一日がとっぷりと暮れて終わった。


 翌朝。

 同じように起きて、部屋を出る。


 父はもういない。仕事に出てしまったのか。

 だとすれば向こう一週間は帰ってこないだろう。


 代わり映えのない朝を過ごして、靴を履いて玄関の扉を開けた。

 鍵を閉めるだんになって気付く。


 昨日学校に忘れて帰ってきた傘が、扉のすぐ側に立てかけられていることに。

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