爪と牙と血

 そこに居たのは、担任の顔をした犯人だった。


 霧元肇は呼吸を整えながら、目の前の【敵】と対峙する。

 これから行われるのは『決着』だ。

 復讐ではなく、ただ自分が姉の死を乗り越えるための、決着。


「―――霧元肇」

 唸るように木原が言った。

 その瞳には、確かな怒りの色が見て取れた。

 食事の邪魔をされた凶暴な獣のような瞳だった。


「オレも、一つだけ聞きたいことがあります」

「質問の多い生徒たちだ」

「霧元由梨を殺したのは、アナタですか」

「あぁ。彼女を殺したのはボクだよ。とても興奮したから、彼女の事は良く覚えている」

 あっさりと木原は白状した。あっけらかんとした口調で彼は、全てを認めた。

「キミは確か彼女の妹だったよな。コバンザメみたいにいつも、くっついてたって聞いたぞ」


 そういう陰口が叩かれていることは知っていた。

 別に今さら、そんな事に腹を立てることも無く。

 むしろ、ただ純粋な懐かしさすら感じていた。


「……サメでいいさ。アンタが喰えるんならさ」

 

 その言葉が合図となった。

 肇は木原へと駆けだした。

 奴の能力も、扉のない広い空間では使えないはずだ。

 だからわざわざ此処まで押し込んだ。ここならば、勝機がある。


「キミは考えているな。ここなら勝てると」

 迫り来る肇に、しかし木原は余裕を持って答える。

「だが扉はある。ここに一つ」

 彼は手にしているアタッシュケースの口を開いた。


 犬だった。

 それはアタッシュケースから飛び出て、しかしすぐに姿を変える。


 相変わらず目は無く、犬の形をしてはいるが、もはや犬ではなかった。

 漆黒の肌と、そしてムチのように長い尾は、まるで悪魔の使いのようだった。


「暗い所で待ち合わせて良いのかい? ボクの犬は夜目こそ利くが」


 犬がやって来る。

 噛まれたらきっと死ぬだろう。

 腕を噛まれようが、首を噛まれようが、多分失血死して終わりだ。

 だが、そんなことは全て想定の範囲内なのだ。

 

 肇は固めた拳の中の物を再確認する。最初から、上手く行くなど思っていない。


 犬が間近に迫る。

 もう少しで、その鋭利な牙は届くだろう。

 その前に、肇は拳の中のものを投げつけた。


 それは石だった。

 風のなる音と共に、石は犬の頬をかすめていった。

 ふん、と木原は鼻を鳴らした。


「最後の悪あがきというわけか? それにしては、酷いものだ」

「いいや、これで完璧なんだよ。これが良いんだよ」

 眼前の脅威をぬぐわずに、木原の方へと飛んで行った石を見ながら肇は言う。

「ちょうど、アンタのすぐ近くに落ちたから」

 そう言った時、すでに肇は投げた石と入れ替わっていた。目と鼻の先には、木原が立っている。


 狙うことは一つだ。

 木原の持っている【骨】を奪う事。

 たったそれだけすれば、木原の能力は無くなって、奴は普通の人間に戻るはずだ。


 木原の胸ぐらへと、手を伸ばす。

 襟首を掴んで引き寄せて、その頬を思い切り殴りつけた。


 握りしめた拳には、痛みが走る。

 しかしそれは殴った事によるものではない。


 それは、何かに噛まれた時のような、鋭い痛みだった。



「一手。一手、甘かった」

 思わず手を元に戻した肇に、勝ち誇ったように木原は言う。


「自分の能力に弱点がある。だが、それは餌だ。相手を釣るための餌なのだ。そして、キミは釣り上げられた稚魚というわけだ」

 木原の肩には、ピンクの肌のネズミが乗っていた。その牙には、赤い血が付いている。

「昔見ていたドラマで、ポケットの中にネズミを飼っている奴がいたんだ。やってみるもんだね」


 犬が振り返ったような気がした。

 後ろの方で、荒い息が聞こえる。

 それが段々と近づいてくる。

 前には木原が居て、後ろには凶暴な瞳の無い犬のような生物が居る。


 ひたひた、という滴る音を聞いた。

 それから、風を切る音。

 そして、木原の体から赤黒い槍が飛び出る。


 魚のように口を開閉し続ける木原の向こう側に、紺野理香子は立っていた。

 赤黒い槍は理香子の血の弾丸だった。


 理香子は、もはや立っているというよりも、何とかそこに存在している、と言ったほうが正しいかもしれない。

 彼女の手首のからは、だくだくと血液が流れ続けていて、その顔からは生気というものがすっかり消え去っていた。

 だというのに、その瞳だけははっきりとしていたのだ。


 彼女は決死の覚悟で、血の弾丸を木原に放ったのだ。


 最初からこの段どりだった。

 理香子を、木原にここに引きずり込むための餌として処理させ、意識を外させるための。


 のけぞった木原の首から、紐が見えた。

 ネックレス。

 

 肇はそれを逃さなかった。

 手を伸ばし、それを思い切り肇は引っ張った。


「決着はつける」

 ぶちりという音と共に木原の体から離れたネックレスには、確かに同じ【骨】があった。

 彼の肩に乗ったネズミが元のただの姿に戻ってく。あの黒い犬の化け物も、普通の犬になっていた。


 理香子の血の弾丸が思いの外効いているらしく、木原は立っているのが精一杯のようだった。

 だが、その顔はどこか満足げでもあった。


「――いや、すまないね」

 肩で息をしながら、木原が一歩後退る。

「だって……夢が叶うなんて思わなかったんだ」


 そこには、開いたままのアタッシュケースがあった。

 何をする気か。

 肇はぼうとし始めた頭で、木原を見つめていた。


 木原がアタッシュケースの中に足を突っ込む。


「逃がすな! ソイツは【骨】を2つ持ってるぞ!」

 理香子が叫んだ。

 木原の体はそれと同時に、アタッシュケースの中に消えていった。

 辺りに残酷な静寂が降りる。



「くそ……! やっぱり、アイツ骨を……」

 そう吐き捨てながら理香子がやってくる。

「逃げられたか。でも正体はバレたんだ。警戒の必要はあるだろうが、とりあえずは……」

 と、そこで肇は言葉を止めた。

 理香子がポカンとした表情で、自分をじっと見つめていたからだ。


「キミ……、え?」

 それ、と理香子の指が自分の胸に向かって指される。

 見れば、あのネズミがやってくれたのか着ているシャツのド真ん中が、中のブラジャーごとざっくり裂けていた。


「女……だったのか……!?」

 わなわなと震える理香子を前に、肇は「そういえば言ってなかったか」とケロリとしていた。





◆◆◆

『セブンス・ルーム』

木原の骨の能力の1つ。

女性を監禁し、安全に拷問したいという願いから発現した。

自分が触れたと認識した扉と扉の相手に、自分と自分が許可したものだけが入れる部屋を作る能力。

触れるのは素手でなくてもいいし、扉も木原がそう認識できるものでいい。

扉は7つまで設定でき、部屋は一種の異次元になっている。

能力の名前は木原が好きな小説のタイトルから取っている。


『ズー』

木原の骨の能力の1つ。

未知なるものに襲われる恐怖を女性に味合わせたいという願いから発現したもの。

自分が触れた生物を獣人で凶暴な別の生物に変身させる能力。

同時に変身させられる数には限りがあるらしいが、それは彼しか知らない。

変身させた生物の位置は把握することができる。

変身した生物は木原が死ぬか、別の世界に行くと元に戻る。

能力の名前は木原が好きな小説のタイトルから取っている。

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