生首とラブホテル

 目を覚まして、リビングに行き、朝食を作る。

 朝はそれほど食べるほうではないので、パンとハムエッグを適当に。


 霧元肇の一日というものは、そうやって幕を開ける。

 

 これといった目的もなくテレビのリモコンのスイッチを入れると、今朝のニュースが始まる。

 見慣れたキャスターが代わり映えのない服を着て、似たようなことをまた今日も喋っていた。

 その中で、ぽつりとキャスターが引っかかることを喋った。

 

 どうやら、この町でまた行方不明者が出たらしい。

 いなくなったのは【皆元知美】という少女。

 彼女は自分と同じ学校の生徒だった。

 

 そして、肇は過去の事件を全て記憶していたので、殺人鬼の被害者は皆、一度行方不明になっていることを思い出していた。


 いつもどおり教室に入ると、けたたましい隣人はめずらしく来ていなかった。

 学校の中で行方不明者が出たせいか、クラスメイトたちの間には動揺が広がっていた。

 教室に入ってきた担任の表情は、ひどく疲れているように見えた。

 昨晩は対応に追われてあまり眠れていないのだろうか。

 その日は体育館で事件の全校集会を開いて、午前までとなった。


 結局、歩生が来ることは無かった。



 空いた時間をどうしようかと考えている間に、肇は知らぬ間にぶらりと図書室へと足を運んでいた。

 もしかすると、と思って覗いてみると、やはりそこには紺野理香子の姿があった。

 昨日までと同じように彼女は、白い机の上に新聞紙たちを並べて、穴が開くほどそれを見つめている。


「何か見つかったか?」

 新聞紙ばかりを見つめ続ける理香子の側に立って、肇は言った。

 彼女は視線をそこに落としたまま、こう答える。

「いいや何も。どこもかしこも同じ様なことばかりだ。新聞【は】今回は役に立ちそうに無いね」

 困ったよ、とさして困っていない顔をして、理香子は新聞を折りたたんだ。

 新聞の横には、真新しいノートが置かれていた。


「その言い方だと、他のなら役に立つ風に聞こえたけど」

「あぁ、実際そうさ」

 ぱらぱらと、理香子がその真新しいノートをめくっていく。

「ちょっと調べてみたんだが、どうにも皆元知美は昨日妙な事になっていたらしい」

「妙な事?」


「消えたんだ。唐突に、目の前から。まぁあくまで、らしい、であるから、はっきりとは言い切れないがね」


「というのは、どうしてさ」

「昨日の放課後に、皆元知美の彼氏が、彼女を探し回っていたらしいんだよ。消えた、消えた、って喚きながらね。

 どうやら職員室に入っていく所を見たらしいんだけど、教師たちは皆元知美は入ってきていない、と言っているらしい。

 実際、彼女は職員室に入ったっきり、そこから出てくることは無かった」

「なら、その彼氏に会って詳しく話を聞くか」

「それが出来たらやっているさ、ワトソン君」

 深いため息とともに、理香子は疲れきった声を吐き出した。どっかりと、深く椅子に腰掛けて、天井を見上げて深呼吸する。


「実はね、その彼氏も今行方不明なのさ。二年生の芳川歩生、って奴なんだけどね。キミ知ってる?」



 後日。

 皆元知美は近所のスーパーの二階で見つかった。

 スーパーの名前は【リーフ】といい、【パブロフ】とは真逆の位置にあるスーパーで、あまり大きくは無かった。

 一階と二階しかなく、皆元知美は二階のエレベーターの中で発見されたらしい。

 無論、今までの事件と同じように、何かに喰われた跡があり、またそこに被害者がそこまで行った跡もなかった。


 ――聞けば、頭部が引きちぎられたように無くなっていたらしい。



「――しかし、被害者の顔をじっと見ていると、妙な事に気づく」

 理香子から借りたノートのページに張られた被害者の顔写真を見ながら、肇は呟いた。


 その日も学校は午前までとなり、図書室にも居られなくなったので、空いた時間を有効活用しようと理香子と二人で、四件目の現場を見ることにした。

 本当なら一番新しい皆元知美の事件現場に行きたいところだが、理香子曰く、学校に来る前に行ったが野次馬だらけで何の収穫もなかった、らしい。


 幸いにも四件目の現場には人気がなく、適当に立ち入り禁止のテープが張られているだけだった。

 そこはもう使われなくなった廃ホテルで、もっと詳しく言うとラブホテル。

 神森町から地下鉄の駅一つ離れたところにあり、昔はそれなりに栄えていたらしいが、今となっては見る影も無く、かつての残骸だけがあるばかりだった。

 

 ここで死んでいた女性の名前は、井上敦子いのうえ あつこというらしい。

 二十四歳のフリーター。

 理香子から借りているノートで確認すると、とても二十四歳には見えない幼い顔をしていた。


 だが、とページをめくりながら、肇は思った。

 被害者の顔には、一致する何かしらの要点がなかった。

 たとえば黒髪のロングだとか、茶髪だとか。服装や、雰囲気、職業等々。


 素人考えだが、こういう長期的に人殺しをする人間というのは、殺す対象にある程度の好みなどがあるのではないのだろうか。

 しかしノートに張られた顔写真からは、その好みは全く判断がつかない。


「こういうのって、被害者が似てくるような気がするんだけど」

「さてね、ワタシには分からんよ。ああいう連中は、殺したいから殺してる、っていう感じだろ? 深い意味はないさ」


 立ち入り禁止と書かれたテープと策を超えて、ホテルの中に入る。

 ホテルの大きさは、それほどでもなく、全五階建ての地下駐車場付だった。

 薄暗い正面のロビーは小さく、証明も落ちていたので安っぽいお化け屋敷のような雰囲気をかもし出していた。


「若い男女がラブホテルで、何をするわけでもなく、陰気くさい事件の調査とはね」

 そう言って理香子は、自嘲するように鼻で笑った。


 以前歩生から、ここがラブホテルに行く金の無いカップルが【使っている】場所だと教えられたが、その事実を話すのは止しておこう。

 理香子はこの街に来たばかりで、きっとそんなことも知らないのだろうから。


 個室ばかりが並ぶ廊下を抜けて、井上敦子が見つかったという現場へたどり着く。

 そこはベッドルームなぞではなく、ただの用具入れだった。モップだの箒だのが格納されている、どこにでもある用具入れ。

 彼女の遺体はそこのすぐ側で発見された。


「一部の例外――最初の被害者を除いて、被害者たちの共通点は全部で三つある」

 理香子が、井上敦子の遺体があったであろう場所の側でしゃがみながら言う。


「一つ目は獣に喰われた跡。二つ目は女性。三つ目は、【扉】の近くだ」

 井上敦子の遺体が発見されたのは、用具入れの【扉】の近く。

 大江桃子の遺体が発見されたのは、公衆トイレの【扉】の近く。

 そして、今朝見つかった皆元知美の遺体もエレベーターの【扉】の側にあった。


「――気になっているのは、皆元知美が職員室で消えてしまったという話。

 放課後彼女は職員室の【扉】を開けて、中に入って、消えた。そして翌日の朝。別の【扉】の側で遺体となって見つかった。

 そこでワタシは考える。犯人は【扉】と【扉】を繋げる能力を持っているのではないか、と。

 それならば全て説明がつくんだ。被害者が、遺体の発見現場と何の接点が無いことに」


 確かに、それならば全て説明できる。

 だが、果たしてそれだけの話だろうか。


「でも、一つ目の共通点の獣に喰われた跡はどうするんだ?」

「そう、そこが分からないんだ。人間を襲う獣を果たして犯人が飼いならしているのか。

 いいや、それ以前に今朝の皆元知美には【頭】が無かった。何かに引きちぎられたかのように、彼女の頭はすっぽりどこかへ消えてしまっていたわけだ。

 これが獣に喰われたにせよ、引きちぎられたにせよ、そんなことが出来る化け物が存在するのかどうか。

 そこが分からない。安直に考えるなら、ライオンやトラを思い浮かべる」


「犯人は動物園の飼育員とかじゃないのか? 【扉】と【扉】を繋げる能力で、被害者をさらってきて襲わせていた、とか」

「それも考えたさ。でも、それだと檻の中に被害者の血液が大量に残る。

 犯人以外の職員がそれを見つけて終わりなんだ。かといって、ライオンやトラを個人で所有しているとは思え――」


 理香子の声はそこで止まった。

 代わりに差し込まれたのは、短い物音だった。

 肇も理香子も、視線をそちらに向けて、黙りこくる。

 音は、自分たちが歩いてきた廊下の入り口の方から聞こえてきた。


「――誰か居るのか?」

 理香子が不安げに呟いた。

 犯人だろうか。ふと肇はそんな事を思った。犯人は現場に戻るという。

 それと同じ事で、この事件の犯人も現場に残った何かを消すべく現れたのでは無かろうか。


 だとすれば、力の発動を肇は考え始める。

 相手は連続殺人犯なのだ。先手を取らねば殺されるのではなかろうか。


「――待て」

 小さな声で理香子が肇を止めた。

 理香子は真っ直ぐに、件の音の発信源を見つめ続けている。


 しばらく静かに時は流れた。けれども心臓は早鐘を打って、その一瞬は一時間よりも長く感じられた。

 そして、靴音がなって、それは遠くなっていった。

 そこにいた誰かがどこかへ行く音だった。


「もし今のが犯人だったとしたら」

 ふぅ、と吐息して理香子が言う。


「ここに【何か】があるという事だよ。良くは分からないし、それが何なのかは知らないが。とにかく、何かが。ここに存在している」

 着実に真実に向けて歩いているという実感がある。だからこそ、肇は考えた。


「なら、せめて保険はかけておこう」

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