11 狛犬と稲荷



 目の前で駆け回り跳ねまわる、2メートルほどの巨体の四足獣が二体。エリスをかく乱し殲滅すべく、絶妙なコンビネーションで襲い掛かってくる。



「相変わらず……っ……ちょこまかと!」



 聖都キャメロットより南西に存在する山。蛇尾の山と呼ばれる山にエリスは来ている。

 目的はレベル上げではなく、蛇尾の山にのみポップする固有モンスター。そのモンスターから採取できる超希少素材の入手目的で訪れ、既に半年近くかけているのだが、目的の素材はいまだドロップしていない。



 対象のモンスター。

 見た目が黒い狛犬のような姿の『黒煙尾くろえんび』と、白い体に青い紋様を浮かべた稲荷『白鍵狐びゃっけんり』の二体である。

 


 基本的な舞台がブリテン島がモデルであるはずのヒイロガネ島。現代でにおけるイギリス海峡と北海を挟む島で、この類の和の要素は欠片もないだろう。なのに、いきなり日本由来の名前の山とモンスターには少し面食らった。だが、話を聞けば聞くほど、この二体から採れる希少素材は、私にとって必要な装備を作る素材たりうると確信した。



(あ、ちなみに今の恰好は黒の改造セーラ服を着ています。紫のラインが入ってるのがチャームポイント、とおぉ!?)



 目の前を、白鍵狐が口にくわえている鍵の形をした剣が通り過ぎていく。稲の倉庫を守る役目も担う稲荷は、稲を保管している倉庫のカギを口に咥えて守っている。その逸話にそくして作られている稲荷の像は多く、それを元にしているであろう武器。

 


 むろん、武器としての役割を持たされているので当たればダメージが入る。同時に、この鍵の攻撃は特殊なデバフも付与してくる。

 鍵とは守るための要であり、それは拡大解釈における他者の拒絶。あの鍵による攻撃を受けると、攻撃のダメージと共に鍵に付与されている『存在の拒絶』が発動し、蛇尾の山から一度下山までずっと全ステータスに対して15%のデバフが付与される。当然、この山にいるモンスターはこの二種類だけではないので、下山するまでとてもじゃないが安心出来ない状態になる。しかも、追加で攻撃が当たるたびに5%上昇し、最大50%まで累積するという糞仕様である。エリスの心の中の不満ノートに、このことが書き足されているのは言うまでもないだろう。

 まぁ、わかりやすいエリア限定有効のデバフスキル持ちモンスターである。



 同時に、自分の背後に気配を感じる。この流れはいつも通りで、予想通りだ。



「いくら特殊攻撃持ちでもね、動きがワンパターン。当たらなければなーんも怖くないし、半年も同じモンスターを狩ってれば誘導するのだって簡単だっての!」



 カウンター覚悟の無茶な攻撃を白鍵狐が行い、無茶な攻撃を回避するためにバランスを崩したプレイヤーを後ろから黒煙尾が畳みかける。

 この蛇尾の山でしかポップしない二体のモンスターは、常に二体で行動・存在して連携で襲い掛かってくる。が、そこは所詮ゲームシステムによって生み出されているモンスターで、馴れてくればある程度の行動予測は出来る。普通のゲームだって、リポップするモンスターの行動パターンを学習して対策と行動する。

 当たり前のことであり、ゲーマーならば誰だってすること。



 わざと大げさに後ろへとバランスを崩して……それを隙だと判断した黒煙尾の動きを察知。そのまま魔力で強引に体を操作して後方へと一回転する。魔力での操作は、ジャンプの予備動作を一切無しで行うことも出来るので、奇襲をやり返すにはとっておきの技術とも言える。体の負担も大きいのが玉に瑕だが……。

 


 飛び上がったエリスの体の下を、飛びかかってきた黒煙尾が通り抜けていく。自分の体と通り抜ける黒煙尾の速度を同調させ、手に持っていた武器で背中を斬りつける。結果、黒煙尾は自分から刃に突っ込んでいき、背中を真っすぐに斬られる。



 エリスの武器。

 イベントリを一番最初に開いた時から入っていた『黒鍵こっけん』……その劣化版。エリスお手製『黒の十字架』である。手のひらサイズの黒い十字架。スキルによる彫金がどこまで出来るのか試すために色々と無駄な装飾がされたその十字架は、エリスの魔力を流し込んで刃を生み出す武器。結論として言えば、武器というよりも流し込んだ魔力の収束機としての装置だ。通常時は持ち手だけなので、持ち運ぶのはもちろん十字架の形であることで隠し持つことも用意。また、生みだした攻撃に使用する刃は魔力で構築しているので質量、つまり重さが存在しない。筋力パラメーターの低いこの体にはちょうどいい。エリスの経験から生み出した、多方面における実用性一辺倒の汎用武器である。

 


 おまけに最初から所持していた双戦術、二刀流スキルとも相性が良い。

 さまざまな属性の、しかも刃の長さや形も常時変えられる武器。相対する者としては間合いが取りづらいことこの上ないだろう。



 それ以外にも、自分で倒したモンスターから得た素材で作った武器や防具は色々あるが、この戦いにおいては防御力よりも身軽さが優先である。先程説明した黒い改造セーラー服に紫色のニーソ。その上に多少の防御力とMPの回復を補佐する効果を付与してある赤いコートを着ている。

 あー、あと眼鏡もしている。私自身の実感と記憶は無いが、例の気を失って即退場となった王城での事件。その時に、アーサー王自身が、私の力の源泉が瞳だと宣言したために、力を封印、せめて抑制するために装備している。貴重なアクセサリー枠を潰しやがって……。



「さて、と。これで……」



 自分が飛びかかった勢いをそのまま利用された斬撃を背中に受けた黒煙尾が地面に倒れ、二体のコンビネーションが崩れる。その隙を見逃してやるほど私は優しくない。



「トリプッテド魔法、発動」



『多重魔法1:地面流体操作アースサージ』『多重魔法2:岩のロックランス』『多重魔法3:風のエアリアルウォール



 使用した魔法はLv.1から3相当。低級魔法だが、使い方さえ工夫すればいくらでも有用だ。最低の出力で最大の成果を。それこそが力の本来の使い方というものである。ふふん。



 アースサージで地面を隆起させて、囲いあげることで逃げる場所を完全に奪う。それを認識すれば、大抵の存在はほんの一瞬でも足が止まる。次に大量のロックランス、岩の槍が地面に倒れている黒煙尾を地面に縫い付ける。貫くのと同時に、岩の質量がおもしになって動けなくなる。最後。白鍵狐の物理存在への特性を考え、風属性の壁で囲みつつ叩つけ、その巨体を地面へと押し付ける。



 ここまでくれば、後は魔力値が異常なエリスによる圧倒的な数字の暴力になる。

 ただ、求めている素材回収のためには必要以上に傷を付けられない。ゆえに……。



「終わり、と」



 魔力で強化した身体能力による高速移動。その移動の勢いものせた魔力加速・抜刀術。

 せめて、苦しまずに死んでほしい……などと動物愛護のような考えをエリスは持ち合わせていない。だが、最初のゴブリンの時に学んだこと。頭や首は致命傷になるという情報を生かし、一閃して首を綺麗におとす。

 一瞬の停止と空白の後、ポリゴンの破片へと爆散分解され、跡形もなく消滅する二体。そこにいた痕跡すらもう存在しない。この辺がゲームで……リアリティが足りないといつも思う。



 刃にしていた魔力を消し、緊張が切れることで深い息が漏れる。



 本来ならばこの二体。今のエリスがソロで相手をしていいレベルのモンスターではない。それでもなお、死を感じながら戦う感覚。神経がヒリヒリと焼け付きながら、抗い続けることの何と面白いことか。少なくとも、今までのFDVRフルダイブブリアール――五感全投影型ゲームでは一度も覚えた事のないこの感覚を楽しみながら、自分の命をベットする。それくらいでないと現実リアルを感じられない。

 やはり自分は壊れているのだろうと、小さく息を漏らす。だが、その口は愉悦の笑みを浮かべている。



 なお、二体のモンスターの鑑定で視た能力はというと……。



 名前:黒煙尾

 モンスター:惑わしの犬 Lv.125 



 名前:白鍵狐

 モンスター:守りの狐 Lv.125 



 まかり間違っても、レベル89のエリスが挑む相手ではないのは見ればわかる。

 片方だけでも単独で相手取るのは危険なレベル。しかも、前衛の守りがない状態でのソロ戦闘であり、自分は後衛主体の魔法使い向けステータス。普通なら自殺行為以外の何物でもない。



 最初の頃は聖都から一緒に行動するように義務付けられていた、それなりのレベルの護衛の人と共に戦っていた。だが、安全マージンを取った戦闘に飽きたエリスによって戦闘から外されて見守るだけに。その状態を三カ月も続けて更に慣れたために、今では完全ソロ戦闘。死に戻りが可能なゲームであれば多少の無茶でも通るが、それが通らない現状では自殺志願者にしか見えない。少なくとも、エリスの周りの人たち――NPCたちは、進んで死に挑むかのようなエリスに対して、若干の怯えの感情が見て取れるようになってきた。いつものことなので本人はまったく気にしていないが。



 あぁ、あと勘違いされているかもしれないが、倒したモンスター死体は先のように崩壊しその素材。ドロップアイテムは即座にイベントリへと送られる。解体術を所持していてかつレベルの高さ、それはイベントリに即座に格納されるドロップアイテムの数と品質の高さを上げてくれるだけで、ドロップ率自体を上げてはくれない。また、倒す時に傷つけた部位によってもドロップはしない、もしくは品質の低下というシステムになっている。毛皮が欲しいのに、必要以上に体表を攻撃するとドロップしても品質が低いものになるといった感じで、倒したモンスターをリアルに解体するようなことは無いのでご安心を。



「流石の私も、実際の山に入っての狩猟と解体の体験はないからありがたいんだけど……こう、なんかなぁ」



 物足りない――手を動かしながら不満を訴える。リアルな解体した時、手に伝わってくる肉の感触はどんな感じなのだろうかと夢想する。

 エリスも女性なので、率先して動物解体なんてことはしたいと思っていない。だが、『MERLINマーリン』はこの世界が君の新しい現実だと言った。そこまで言うならば、こういう所ももう少しこだわってほしかったと思う。



「お疲れ様です。で、どうしたか?」



「はずれよ。不良監視員兼、私の専属メイド神官さん?」



 木陰から、完全に気配を消していた存在が姿を現す。

 黒のフーデッドケープを纏った存在。フードの端からかすかに見える短髪で茶色の髪と同色の瞳。特徴的なのは、人間とは違う耳があるためにフードの形が普通とは違うこと。



 彼女の名前はイリス。イリス・オルマー。

 ファンタジー世界における鉄板。ネコ科の獣人であり、エリスの周りに今も残っている数少ない一人だ。本人の申告で、猫は猫でもスナネコ系統らしいので、暑さにはそれなりに強いが寒さには弱いので、寒い場所には絶対にいきませんからね! だそうだ。



(いやー、スナネコも熱い時期になると、昼の時間は巣穴に引きこもって熱さから逃れるはずなんだけど……まぁ、いいか)


  

「と言われましても、戦闘には参加するなってエリスさんから、それに上からも厳命されてますしー。そもそも私にメイドとか笑えない冗談にもほどがあるんですよ」



 いやーほんとないわー、そう、若干キレ気味に足元の小石を蹴り飛ばす彼女はかわ……ゲフンゲフン。もとい、彼女の気持ちもわからないではない。

 彼女の所属は神官団であり、そこから派遣されている立場である。あるのだが、ぶっちゃけ裏工作専門の部隊所属なのだ。対象に見つからずに監視し、暗殺するのが仕事。なのだが、エリスの監視員として近くをちょろちょろしてたのを、驚くほどアッサリとエリスに捕まってモフリ倒された。結果、そのことを報告しないわけにもいかないイリスが受けた追加の命令が下される。



 ――見つかったのなら堂々とそばで監視して来い。


 

 である。表向きの立場としての専属メイドの称号までいただいてエリスの元へと戻ってきた。



(いや、同情するわー。ちょっとストレス解消がてらに近くにあった猫耳と尻尾をモフリたかっただけなのにどうしてこうなったんだろね?)



 どう考えても、猫好きな性格のエリスのせいである。


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