8 黒の狂気・黄金の魔性
「さて……、ヒースクリフ。君はエリス君にこの世界の現状を教えてあるのかい?」
「いえ……その……まだです」
王が口を開き、その口から出てくる言葉はどこまでも的確だった。
ヒースクリフは自らが戴く王の質問に――即座に答えられなかった。ヒースクリフが抱いた恐怖と緊張感は、エリスの後ろにいる2人にも伝染する。
先程までエリスに向けられていた周りからの冷たい視線は、周りの3人へと移る。しかも、今回は王による弁護は期待できない状況だ。必然、命の覚悟すら必要になる彼と彼女たちの緊張は計り知れないだろう。
実際、想定外の事態と時間の足りていないのが一番の原因だろう。
洞窟を出てから聖都に辿り着くまでの時間はあまり多くなかった。どういう訳なのか。レベル200のゴブリンがいた場所が、聖都から馬車で4時間もかからない場所だったのだ。王直属の聖騎士であるヒースクリフですら175、マキアナとテレーゼですら130前後だ。これは国や都市の安全管理において問題視するならば、確実に不味い事態だ。
そこに加えて、更に予想外の被害者がいた。説明などしている時間も、心の余裕がなかったのも仕方ないだろう。
しかし、それらの現実を見据えることが出来る存在による弁護が、張り詰めた空気の中で唐突に発生する。それは、この場にいる存在の誰もが予想しなかった相手。
「まぁ、断絶の山脈が生まれて500年。向こう側が生活領域だったことで森エルフ・黒エルフの両種族に出会ったこちら側の存在は、あれ以来皆無ですから……それ以外の想定自体もあったようですし」
「宰相……君、今日は優しいね?」
「いえ、私も驚いているだけですよ。この眼で本物のエルフを見る機会がくるとは思っておりませんでしたからな」
3人を弁護した存在は、アーサー王の玉座の右隣にいた男性。
黒髪に黒い肌、金の瞳をした偉丈夫とも呼べる体。格闘を専門としたことがある者特有の体の強さ、それ以上に知性的な色を称える瞳の男性。
その男は、エリスの前に歩いてくると同時に膝をついて話しかけてくる。
「初めまして、黒エルフの少女エリスよ。私はこの国で宰相をしているバラモス・D・クルーガーというものだ」
「膝をつく必要はないと思いますよ。初めまして、宰相さん」
お互いに、にこやかな笑顔であいさつを交わす。だが、互いに瞳は笑っていない。
直感的に感じる。この男は、個人的な敵でないが立場において敵になる存在……堅物だと!!
「あー、やだやだ。宰相もだけどさ、見た目が10歳かそこらの子供の笑い方じゃないよ、あれ」
玉座に座っていたアーサー王が、笑いながらこちらを指でさしている。
「まぁ、宰相もそんな見た目でね。黒エルフの……なんだったかな。ただまぁ、そういう関係で詰られていた過去があってね。本物の黒エルフを前にして心穏やかじゃいられないのさ」
「あまり……人の過去を勝手に喋らないでいただきたい」
「私も、人の過去。それもトラウマを抉るのは良くないと思うよ?」
――「「「一番の追い打ちをしたのは誰だよ!」」」
この瞬間、玉座の間における全員の心が一つになった。
アーサー王に至っては、腹を抱えての大爆笑である。
「くくくくっ……さて、そろそろ話しの本題に入りたいな。ナイ神父、頼めるかい?」
「承知しました」
(ナイ神父……だと……!? どこぞの邪神かっ?!)
そんな、自分の精神汚染値を正常範囲内で守らなければ!? と身構えるエリスの前に進み出るのは、典型的な神父の姿をした男性。
ワックスのようなもので押さえつけられた銀の髪に、朱い瞳を片眼鏡越しに見ることが出来る痩せた白人男性。170cm後半程度の長身の、先ほどの宰相とは別の油断ならない気配持った男性。
(しかし。宰相が某有名RPGにおける地上世界の魔王と同じ名前に、神父が某神話の邪神と同じ名前って。そして王様がアーサー王。……ナニコノクニコワイ)
「入れ替わり立ち代わり、自己紹介の連続で申し訳ない。我はナイ・レヴァン。この国の神官や僧侶などをまとめ上げている神官団の長でもある」
君の後ろにいるテレーゼの上司でもあると告げる彼の瞳は……底なしの穴をのぞき込んだかのように暗い。
(ナイ・レヴァンって! まじで邪神様とほぼ同じ名前じゃない! あ、気になる人は『ナイアルラ〇ホテップ』辺りでググってみよう!)
と、心の中で誰かに説明するエリス。
エリスの心の動揺とその理由を察しているであろうアーサー王は一人、未だにエリスを見て小さく笑っている。
そんな周りの雰囲気をすべて無視し、ナイ神父は淡々と語りだす。
王と宰相、そしてこの神父の3人がこの国の実質支配者であり、物理的戦力の差はあっても、精神的なパワーバランスはほぼ対等。
「この島。ヒイロガネ島は縦に長い形状の島であり、現在は500年前に突如として現れた『断裂の山脈』と呼ばれる山と、その先にあるそこがまるで見えない谷によって南北に完全に分断されています」
簡単にまとめると、その隔たりが現れて500年。島の南北は完全に断絶していて一切の交流が出来ない。そしてここ、聖都キャメロットがあるのは南側であり、森エルフが住んでいた神聖樹がある『光喜の森』と黒エルフが住んでいた謎の多い『暗黒の漆黒林』はどちらも北側。元々、どちらのエルフ族も基本的には排他的。南側との交流が無かったために、南側には一人もいない。少なくとも、一度もその存在を確認されたことはない。
「そして何より問題なのは……こちら側のモンスターが異常にレベルが高いということです。大地がわかたれる前のモンスターの平均レベルは50前後でしが、現在は70~80。より強い個体ですと、あなたがあったゴブリンと同じように100を越えるレベルの存在になります。しかも、それが本来の強者である龍種などであれば理解も出来ますが、ゴブリンだけに限らない、弱者とされたモンスターがなっているのです」
それを聞いて、エリスは一つのことを思い出す。
(このゲームにログインする際、種族を異形種も選べた。そこまで詳しくは見てなかったけど、モンスターになっているプレイヤーがいてもおかしくない。それら全てではないにしても……異常なレベルのモンスターはそういったプレイヤーの可能性は高いかな?)
事実、エリスを襲ったゴブリンはプレイヤーだった。
もっと正確に言うならば、エリスと同じ――精神がアバターに焼き付けられた存在だった。エリスがゴブリンを鑑定した時の結果は。
名前:スルゥーナ・ガガン /
種族:ゴブリン・EX LV.200 クラス:略奪者
と、黒文字で表示されたのだ。
自分だけでなくあのゴブリンが黒文字で表示されていたことで、その者はプレイヤーですらないと判断しているのだ。もっとぶっちゃけた話、名前欄に
(どんなゲームであれ、現実における本名を悟られるようなシステムなんてありえないもの……)
ゲームマスター……と推測出来る男。アーサー王を顔を動かさずに目だけで伺う。が、やはり何も変わらない。人形のように整っている顔で微笑みを浮かべているだけだ。あまりの狸っぷりに一瞬、エリスは懐かしい誰かを思い出したような気がするが、説明を続けるナイ神父の声で思考が煙の中へと消える。
「そして、今後のあなたの扱いについてです」
エリスの当面の生活における、重要な話になりそうだ。
「報告によると、あなたはスキルの制御が出来ていないとのことです。なので、我の管轄である神官団の管理下に入ってもらいます。聖都の民を無差別に魅了されるのは困りますし……、あなたも困るでしょう?」
「え、えぇ……」
「神官団は、王直轄の騎士たちよりもスキルや魔法に対して研究を進めている組織です。同時に、騎士と同じレベルでの訓練を積むことも可能ですので、あなたのレベル上げについても積極的に協力させていただく方針です。何か質問は?」
どこまで、淡々と語るナイ神父。その瞳は最初か最後まで徹底して暗いまま。
こちらを見ているようで、まったく見ていないその瞳が――エリスの根っこに触れる。触れてしまう。だから……。
――う ず く
心臓の高鳴りが一つ。黒羽絵里は、自らの悪い癖が動き出したのを感じる。ゆえに、もはやそれ以外の物を見ようとも聞こうともしない。必要なのは、今自らが抱く欲求とその結果のみ。
彼が一体何を見ているのか……。そして、その瞳がこちらを見た時に何が起こるのか。説明されていることは自分にとって重要なことだったはずなのに、思考は別の方向へと走り出していく。
もう――エリスは周りを見ていない。
(興味がそそられるなぁ……あれ。その瞳を……私に向けさせてみたい!!)
常人には理解不可能なスイッチが入り、興奮し始めたエリス。ナイ神父の自己紹介の時には、自らの精神汚染が!! ……などと心の中で焦る余裕はすでに消えている。今ではその存在のことしか目に、耳に入らない。ナイ神父の言葉だって聞こえていない。こうなったエリスには彼の言葉への興味も、意味も存在しない。ただただ、その瞳の暗さを生み出す闇。その正体を知ることだけがエリスの意識のすべてを占める。
やがて、エリスのその興奮は色気へと変換され始め、あふれ出した色気は高密度な魔力へと変換されていく。幼生体であるがゆえに半減しているはずの力は……それでもなお、常人に理解されず、また常人を超える圧倒的に不条理な力が解放され、有り余る莫大な力は玉座の間で荒れ狂い始める。
「へぇ」「これは」
アーサー王の感嘆の声と宰相による驚愕の声。王やその重臣を守るために玉座の間に配置されていた騎士や兵士たちの動き止まり、その誰もがエリスから目を離せない。完全に魅了されている状態だ。爆心地にの近くにいたヒースクリフを含めた3名は、なまじ
「制御能力がないと聞いていましたが、ですがこれはまったくの別物ですね……」
ナイ神父だけがこの事態に正確に反応し、王と宰相を守るための魔法障壁を展開しながら言葉を漏らす。その瞳に……エリスが求めていたほんの一筋の光が宿る。
瞳の光に気が付いたのか、更に魔力が膨れ上がる。際限なく、どこまでもどこまでも……。
可視化され始めたエリスの魔力は、黒い霧状となって玉座の間に渦巻く。その中心の存在は当然ながらエリス。
蒼銀だったはずの瞳が、今や魔性の輝きを宿した金色となって爛々と輝いている。それはもはやエルフですらない、もっと別の何かを想像させるほどに妖しい力を無秩序に発露させている。
「うん、そこまで。面白い物は見れたけどそこまでかな?」
その言葉は、黒い霧の中にあってなお響き渡り、そして紙切れ一枚を斬るような手軽さで黒き魔力の流れを切り裂く。
玉座から立ち上がったアーサー王の手には、一本の白金の大剣が握られている。
破邪と浄化の力に特化した、アーサー王が常に身に纏っている神剣の一つ。それによって斬り裂かれることで急速に霧は晴れる。自らの魔力の暴走を止めるのではなく斬る。それによる間接的に精神ダメージを負ったエリスもまた、力なく倒れこむ。
「ナイ神父、どうやら彼女の力の源は瞳のようだ。彼女自身が制御できるようになるまでは何かの封印を施した布を巻いておくといい。あと、面倒だと思うけど教育を頼むよ。色々な方面で、だ。それと宰相、別の報告があるんだろう? 僕の自室に、そうだな……1時間後くらいに来てくれ」
無造作に剣から手を放し、剣は床に落ちることなく背中の定位置へと戻る。10本の剣は、まるで王の翼のようにその背中にある。
見るべきものはすべて見た。もはや興味がないと言わんばかりに、アーサー王は全員に背中を向けて玉座の間から退室する。魅了から覚めた騎士や兵士、宰相のバラモスとナイ神父。気を失っているエリス以外の誰もがアーサー王に頭を下げ、その心は二つのことに恐怖していた。
一つは、レベル的にはあり得ない現象を引き起こした黒エルフの子供。一つは、自らが戴く王に強さに……。
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