7 絶対者たる者。それはゲームマスター。



 

 再起動した3人に先導されること10分くらいだろうか? 

 やたらと曲がりくねった複雑な通路の先に、通路のサイズと比べて明らかに大きな、かつ豪華な装飾を施された扉が眼の前に現れた。



(多分……本来のルートと違う通路で通されてる。通路自体が無意味に質素だったし、直線ではないことで現在の位置を混乱させる作り。前に進むにしても、脱出するにしても面倒な作りの通路、か)



 つまり、エリスは信頼されていないらしい。

 もちろん、緊急事態において保護をされた身元不明の黒エルフの子供。事態における被害者であることは間違いないが、信頼出来るかどうかは別問題だ。

 ただ、襲われているところを保護されただけのエルフの子供。それを一番最初に案内するのが王城だという理由がわからない。普通に考えれば、体だけでなく精神的なダメージを考慮して治療する場所に案内されるはずだ。それも、埋伏の毒の危険性を考慮したそれなりの設備でだ。

 しかし、セオリーを無視していきなりの王城。それも謁見の間に直行とは、こちらも不信感を抱くというものだ。



「では、今から扉が開きます。私の後ろに着いてきてください」



 決して私の前に出ないように――ヒースクリフが厳重注意してくる。その手は、腰に帯剣している剣の柄にかけられている。

 玉座にいる王に、不用意かつ必要以上に近づくな。近づいたら斬るという脅しと警告。まぁ、当然かと思い、扉が開くとともに足を進めるヒースクリフの後ろに着く。気づくと、エリスの左後ろにテレーゼ、右後ろにはマキアナの配置になっており、前も後ろにも自由に動くことが許されない状態になっていた。

 不用意な挙動をするつもりはないが、気をつけるとしよう。自分が暴走したら止まらない性格なのは良く理解している。



「ただいま戻りました、王よ」



「あぁ、お帰り。伝達魔法で内容は大体聞いているけど……」



 ヒースクリフが後ろのエリスに合図して止まり、その場で跪く。なるほど、中身が屑でもちゃんとした礼儀作法は身についているらしい。

 などと内心、密かに感心している間がまずかった。後ろの2人も跪いており、視線だけで周りを見渡せば王の御前において立っているのはエリスただ1人。周りの責めるような視線が痛い……。



 だが、その視線はすぐに消え去ることとなる。



「構わないよ。礼儀作法というのは本来、時間を掛けて教えられることで身につくものだよ。まだ何も教えられていない、無知な子供相手に目くじらを立てる程に心は狭くないし、何より、子供をいじめるような自らの品性の無さを証明するような行為はやめたほうがいい」



 玉座の間に響く、きれいな声。

 言っていることはどこまでも正しいだけで、そこに威圧する意思など欠片もない。だが、その言葉一つでエリスを咎めるように見ていた臣下たち全員を一瞬で戒めるには十分すぎた。言葉だけで相手の心を完全に縛る。それは並大抵の力――カリスマでは出来ない。



 それを成し得る程の王とはどんな存在なのか。ここでようやく王へと目を向ける。のだが、王はすでに玉座におらず、エリスの目の前に来ていた。

 


「初めまして、黒エルフのお嬢さん。一応、ここで王の職務につけられている者。アーサー・K・ペンドラゴンだ」



 そう名乗る若者。いや、存在に言葉を返せなかった。

 純金ですら勝てない程の美しさの金の髪を左右で編み込みんだ、海のように深い蒼の瞳の青年。実際の年齢は見た目通りじゃないだろう。だが、なるほど……。



(確かに化物だ。それも、とびっきりの)



 この瞬間、エリスは自分が眼の前の男に飲み込まれたのを感じた。

 責められるのを前提に、わざと鑑定スキルを使う。このゲーム世界で確認はまだとれていないが、大抵のゲームでは上位者に対しての覗き見スキルは弾かれるだけでなく、覗かれたことに気づかれる。それによって隠れているのがバレる。なんて間抜けな暗殺職のプレイヤーも少なくないという事実がある。だが、眼の前の存在は鑑定スキルを使ったエリスに対して、堂々と……見たければ見ればいいと何の抵抗もしない。ただ、にこり。そう綺麗に微笑んだだけ。


 

 

 名前:アーサー・K・ペンドラゴン

 種族:人間・龍 Lv.Ω・EX クラス:権能の支配者



 相変わらず、名前とレベル。それにクラスしか見えなかったが、それだけで異常であるとわかる。

 Ω・EXってレベル表示が一体なんなのか、全く理解できない。なにより問題なのはそのクラス。



 ――権能の支配者。



 ゲーム内における『権能』を『支配する者』という言葉。それを額面通りにとるならばそれは『ゲームマスター』になる。

 この男のさじ加減一つで、私の存在だけでなく世界丸ごと変えられる。だが――だとすれば――その疑問が残る。



「名乗ってはくれないのかな?」



 決して高すぎず、かといって男性特有の低い声とも違う特徴的な声。ボーイソプラノと呼ばれる声とも微妙に違うと感じる声に、近距離で問われることで、エリスの意識は現実に戻ってきた。



「しつ……れい……しました。エリスです」



「そう、良い名前だね」



 君の疑問はまたいずれ――そう、耳元で小さく呟いて、エリスから離れる。

 エリスに背を向けて歩く男の背中には、10本の両刃剣が付き添うように浮いている。



 そして王は、その威厳と共に自らの玉座に座った。


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