5 意思と立場の確執。龍の選別門



「……すごい」


 洞窟からの脱出をはたしてはや3時間程度。



 まだ少し遠くに見える、天へと向かってそびえ立つ白亜の城壁。

 見た感じは大理石に近い光を反射する石材で造られた城壁。その高さは、一体何を想定しているのかと思わせるほど異常なまでに高く造られており、身長の低いこともあってエリスでは一番高い場所を見上げるには首が折れる程に上へと見上げねばならないほど。それと同時に、どこまでも続くかのように内部を囲い、守っている。

 


「あの正門、『龍の選別門』を越えれば都市の内部。その中央に王の城があります」



 現在、エリスと救出者一行は馬車の中。今だ遠くに存在しながらも、圧倒的な存在感で鎮座する城壁と門を指でさして説明する僧侶、テレーゼ・クレイシアが私の隣に座る。その姿、心からの賛辞を口にしたことで上機嫌のようだ。



「選別門? 何を選別しているのです?」



「うちの王様に害意を抱いているかどうか。それだけだよ」



 テレーゼと同じ様にエリスの後ろへと移動して説明してくれるのはマキアナ・クランベルジュ。赤い巻き毛の魔法使い風のお姉さん。紫色のマントとロングブーツ、へそ出し衣装の色気のある人。尋ねたら、本当に魔法使いだったので捻るがないなー、などと思ったり思わなかったり……。



 そして、マキアナの目が痛いこと痛いこと。というか殺意が籠っていて怖い。

 誰かを愛した経験がエリスにはないのでわからないが、向けられている視線が嫉妬の目だということはわかる。



 この場には居ない、御者をしている男性。聖騎士の男性――ヒースクリフ・エルドランと名乗った――彼が、どういう訳が私の魅了に引っ掛かってるっぽいのだ。あぁ、デスゲームを作ったカヤバ〇キヒコさんではないので大丈夫だと思いたい。

 鑑定スキルで彼を見た時、そのレベルは175。現在レベル10の黒エルフの子供。相手にもならないはずの子供の魅了を、抵抗レジスト出来るはずのそれにまったく抵抗レジストしようとしていない。ゴブリンからの救出する時から感じているであろう多少の負い目もあるのだろうが、それでも抵抗レジストしない理由がわからない。



 そして、どうもマキアナはヒースクリフが好きらしい。



「……ふんっ」



 機嫌が悪い、それを隠そうともしないままに馬車の中へと消えていくマキアナ。

 まぁ、気性が強く、気位の高そうなお姉さんだ。色々と納得いかないが、未熟な子供に当たるのではなくヒースクリフ自身をどうにかしないといけないのもわかっている。だからこそ睨むだけですんでいるのだろう。それに、どっからどう見ても幼児体形の少女にすり寄っている成人男性を見るのは不愉快だろう。それが想い人であるならばなおさら。



「ごめんね。あの子も……あなたは悪くないのはわかってるけど感情が、ね?」



 わかっている――そう手を上げながら苦笑いで答える。

 そんなことよりも、気になっていたことを確かめるのが先だ。僧侶らしい、慈愛を秘めた感情を隠さない整ったテレーゼの顔を正面から見る。



「ん……どうしたの?」



 隣で見つめられれば、当然不思議に思うだろう。

 だが、私はそれを意に介さずに問いかける。



「あなたは……私の魅了が効いてない。ううん……無効化されてる?」


 

 女性同士での魅了の効果が低いのは当然だろう。そもそも、テレーゼのレベルも見た限りでは134。抵抗レジストされるのは当たり前だ。だが、完全に無効化されているとなると話は別だ。 

 魅了スキルをのべつまくなしに使用状態になっている現在の自分に呆れ気味だが、対抗策を持っている人間が近くにいるのだ。その方法は喉から手が出るほどに知りたい。ただでさえ、このゲームに来たばかりで説明もされていない。現状、エリスはこのゲーム世界における魔法やスキルに関する知識は皆無なのだ。たとえ小さなものでもあっても情報は欲しい。



(あと、出来ればスキルをON・OFFにする方法も知りたい。誰彼構わず魅了するのは面倒以外の何物でもないもの)



 問われたエリーゼは一瞬だけ驚いて、次に納得したような顔を見せる。



「元々、魔法適正は私たち人よりもエルフの方が高いと聞いていたけど、そんなことまでわかるなんてね……」



 そう言った彼女は、それ以上の言葉を告げることなく立ち上がって馬車の中へと戻っていく。答えるつもりは……ないようだ。

 去り際の彼女の声と顔色は変わらなかった。だが、その瞳に宿ったのは……やはり嫉妬。種族が違うだけでたどり着ける境地の違いを想像し、嫉妬にまみれた僧侶が消え去った。

 去っていく後ろ姿を横眼で見ながら、なぜこうも面倒なフラグが乱立しているのか疑問に思う。エリスとしては、少なくともまだ・・面倒事を起こす気はないのだが……



「まるで誰かに乗せられてるみたい。はぁ……めんどくさい」



 自分へと向けられる一つの好意と二つの嫉妬。その感情の方向性や本質は違う。けれど、エリスにとっての面倒を引き起こす、うざったいと思わせる感情。

 勝手に飛んでくる感情と、自分で飛んでくるように仕向けた感情では、受け手であるエリスにとってまったく別物になる。



「これだから人間は嫌いだ……」


 

 エリス・クロスフィードは――黒羽絵里くろはねえり が心底あきれ果てながら吐き捨てる。黒エルフの体であることを考えると、他の人族に聞かれでもしたらあらぬ疑いかけられるだろう。それでもなお、人の本質を嫌うのは止められない。むしろ、それを嫌うことが黒羽絵里という女性の本質に近いのだ。

 知性と感性が両立しながら、感性、つまりは感情が求めることにしか知性を使うことしかしない。出来ない。それは本人には愉快な結果をもたらすだろうが、周りには迷惑と破壊をもたらす害でしかない。それが一番嫌いなのだ。



 車内で揉めていても馬車は進み続け、少しずつ近づいてくる白亜の城壁と、そこに備え付けられた『龍の選別門』を見つめる。

 ふと、選別にエリスがはじかれる可能性を考える。マキアナは先ほど、『王に翻意を抱く者』を見つけるのだと言った。


 

(王……恐らくは、このゲーム世界の歴史設定にある消えた英雄たち。その中で唯一残っている存在。けれど、残った者と消えた者の違い……それは?)



 それに、考えなければならないことがもう一つ。

 


(NPCとプレイヤー。それと……私と同じ中身入りの存在。この三種の存在を見分けるのは鑑定スキルでも出来た。だけど、その三竦みがもたらす結果は恐らく……)



 ここまでで鑑定スキルを使ってわかったことがいくつかある。

 鑑定スキルは、対人や対物に使ってもその詳細まで見えないこと。人物であれば名前や種族にレベル、クラスはわかっても、そこから先の詳細ステータスなどは一切見えない。当然、保有スキルなども一切見えない。レベル判定による戦力の大まかな戦力把握は出来るだろうが、実際の戦闘においての欲しい情報は一切得られない。また、ヒースクリフが持っていた、いかにも強そうな剣を鑑定したのだが、剣の名前と由来。それ以上のことは何も見えなかった。剣が持つ攻撃力や特殊能力などは一切見えず、対象を計るにはまるで情報が足りないスキル。



 だが、唯一の救いは、前述の三竦みの存在。それを判定出来ること。

 鑑定で見た時、名前が青色の表示ならNPC。黄色ならプレイヤー。そして最後に黒。それがエリスのように中身が入っている人間だと判断した。そう判断した理由もいくつかあるが、テレーゼとマキアナはNPCだ。そしてヒースクリフ、彼はプレイヤー。この3人のパーティーの中で頭一つ分抜きん出た実力を持ち得ているのもそれが理由だろう。

 黒表示……これに関しては自分の表示がそうだったのでそう判断しており、もう一つの理由もあるのだが……。



「やれやれ、本当にすまないね」



 思考の海に沈んで周りを見ていなかった。いつの間にか、御者をテレーゼに交代したヒースクリフがエリスの近くに来ていた。それにしても、気配の薄い男だ。思考の海に沈んでいたとしても、金属鎧を着ている男性が近づいてきたのを察知出来なかったのはまずい。ステータスの差を考えても、もう少し気を引き締めた方が良さそうだ。



「まぁ、プレイヤー同士では仲良くしたいものですね?」



 のんびりと、微笑みながら語り掛けてくる。

 そして、彼の発言のおかげでもう一つ気づけたことが出来た。



(なるほど。通常のプレイヤーからは私は普通のプレイヤーにしか見えないのね)



「どれだけ良く出来ていても所詮はNPC。そんな相手に好意を向けられても困るんですよ、僕」



「ちっ……ゲスか」



 聞こえないように、限りなく小さい声で呟く。もっとも、隣に並んでいることと、ヒースクリフの高レベルによるステータスによってわずかに聞こえていたようだ。彼の顔が醜く嗤う。

 刈り込んだ緑の髪と瞳のイケメン男性聖騎士は、思っていたよりも中身は屑だったようだ。予想はしていたが、エリスの魅了に対しても抵抗レジスト出来ているようだ。その上で私にすり寄ってきている。それも、エリスの経験上この手合いの興味は、あまり良くない方向での興味と関心の可能性が高い。人のことは言えないが……。



 ――こいつは……まさかロリ〇ン!? 心の不満ノートに注釈付きで書き込んでおかないと危険ね。



「さて、もうすぐ門をくぐりますよ。この馬車は王直轄の印を刻まれているのでチェック無しの素通りになりますが……あなたが門に弾かれるかどうかはあなた次第ですよ」



 2メートルはある巨人ですら余裕で通れるほどの、城壁と同じ様にひどく大きな門を通り抜ける。

 門の頂点には西洋のドラゴンと東洋の龍の彫像が絡み合い、そしてその頭と視線を門をくぐりぬけようとするこちらへと向けられている。それは正しく、通る者を等しく監視するものだった。


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