4 要救助者一名?
暗い洞窟の中。
少しだけ広く取られた場所。そこで、エリスは無感情に眼の前の事態を眺めていた。
洞窟の岩壁に反響する、一定のリズムで鳴り響く音。自分の体にかかる衝撃と重み。それが何を意味するのか知らない程、絵里は愚かでもなければ子供でもない。
目の前には、よだれをたらしながらエリスの体を犯している存在がいる。緑色の肌をした小さな人型モンスター。ゴブリン。
後ろから気づかれないように近づいてきたゴブリンに一撃、そのまま気を失って連れ去られたようだ。まぁ、草原地帯のど真ん中、隠れるどころか騒いでいる黒エルフの子供がいれば攫うよねー、などと心の中で自虐する。
(それにしても……リアルすぎるのも考えものね。ゴブリンに犯されるなんて貴重な体験が出来ちゃった)
エリス――絵理は無理やり犯されるのは初めてではないのもあって、その心は何も感じていない。痛みや屈辱といった感情を覚えることも無く、ただ早く終わらないかなー、程度にしか考えていない。
ぶっちゃけ、このゴブリンに素直に犯されているのには理由がある。簡単な理屈で、勝てないのだ。
(いやー、すごいね。スタート地点周辺で最初に襲ってくるのがゴブリン。それは普通だけど、そのレベルが200とか……笑えないにもほどがあるわ)
個体では弱く、それゆえに群れで行動するイメージが強いゴブリン。それが単体で行動しているのも不思議だったが、このおかしいとしか言えないレベルならば群れる必要もあるまい。単体で成立しているのもうなずける。
当然、レベル1のエリスがレベル200のゴブリンに勝てる手段はない。そんなゴブリンの巣である洞窟の中では救助も期待出来ないだろう。このままでは殺される……通常であれば。
ただやられるだけ。そんな存在ならば、エリス・クロスフィードは様々なゲームで名前を残してはいない。
冷静に、わかっている相手の手札と自分の手札。そのすべてを頭の中で整理、検証しつづけている彼女の頭の中では、すでに現状の把握と答えは出ている。
(このゴブリンを殺すことは可能。詰めを誤れば私が確実に殺されるけど、多分大丈夫でしょ)
まず、気絶している状態でなお、真っ先に起動していたパッシブスキル『黒妖の才能』が、どうやら相手を魅了とダメージの補正をするだけでなく、魅了した相手に一定のデバフも掛けられるらしい。説明文に記載されていないあたりにクレームを言いたいが、告げる相手もいないので心の中の不満ノートに書き足しておく。
そして、魅了された相手が受けるデバフ、その倍率がなんと50%。幼生体であることで効果は半減しているが、それでもなお25%のデバフ。十分すぎる数字だ。
次に、『夢魔の加護』だが、これに関しては名前変えた方が良いじゃね? そう思わせる能力を、現在進行形で発揮している。ゴブリンが……その……何とは明確に言わないが、エリスの体の中に体液を出すたびに、エリスに経験値が入っているのだ。そして、鑑定スキルを再度使うと、自分のレベルが10に上昇し、反対にゴブリンはレベルダウンして150になっている。
気を失っている間も犯されていたのか、今のエリスのレベルは10にまで成長している。
(相手のレベルが200から150に減った分の経験値で10か。計算おかしくない……? それに、夢魔じゃなくて淫魔の間違いじゃない)
恐らく、魅了や誘惑。俗に言う相手に夢を魅せること。そういった人を惑わすことに対して効果を発揮するのだろうが、どの程度まですれば経験値が入るのか。あまりにも魅了された相手への定義が広すぎる。今後この加護をどう使うのか、慎重に考えないとならないだろう。
これも心の不満ノートに追記だ。くそが……。
と、どうやら終わったようだ。
ゴブリンが立ち上がり、後ろを向こうとしている。
(イベントリから『
相手が格下と油断していたのか、エリスは拘束されていなかった。
吸い上げた経験値で増えたレベルと相手にかかっているデバフ。スキルの補正による背面攻撃のダメージ補正とクリティカル率の上昇、そして人体に関わらず急所である首。正確には背面から最も狙いやすく、確実に生命力を奪うことが可能な頸動脈を狙う。
タイミングは……すべて揃った。
(今!)
「……がぎぇ!?」
「……あれ?」
無防備な背中の首、そこにイベントリから取り出して装備した武器を突き立てようとした時、反対側から――ゴブリンの正面方向から、その頭を剣が貫いてこちらへと切っ先が出てきた。
レベルが下がって150になったとしていても、その数字の高さはステータスに反映される。それでも、頭を直接貫かれては即死のようだ。ゆっくりと引き抜かれる剣、その支えを失って地面に倒れこむ。
「あなた、無事!?」
頭を貫かれたゴブリンの死体を迂回して近寄る女性。
巻き毛の赤い髪を振り乱しながら近づく女性は、見た感じが魔法使いといった感じの紫色の装備で整えられた女性だった。
「すまない。本当に……すまない」
ついで、ゴブリンの頭を剣で貫いた男性が、剣についた血を払いながら謝罪してくる。
緑色の髪を刈りこみ、同色の瞳。白い鎧に青い装飾をされた、聖騎士を彷彿とさせる男性は、エリスを見ながらひたすら謝罪している。
だが、エリスは別に謝られることは無いと思っている。ましてや、確率的には自分で何とかなると思っていた。
とはいえ、エリスが助けられた形になり、その相手でもある。感謝と労いはするべきだろうと考える。
「お気になさらず。タイミングを計っていたのでしょう? その意味では、あなたたちは間違いではありませんよ。それに、助けてくださってありがとうございます」
確か……賢者タイムだったろうか。やることをやりきった男性が、一番無防備になる瞬間。
そのタイミングを狙って動いたのはエリスも同じ。理想だけでは人は救えないし、無意味な特攻をして死体が増えるよりは余程建設的だと考える。たとえ死体が増えなくても、眼の前で死んだ異常個体のゴブリンが抵抗してキズや怪我が増えるだけでも面倒なことにもなる可能性は十分にある。
万全を期す、その姿勢をむしろ好ましく思っているくらいだ。
そんなエリスの態度は、彼らには異質に映ったようだ。
信じられない――そう驚愕の感情を顔に張り付け、そこから何も動くことも言うことも無い
さてどうしたものか……。そう悩んでいると、後ろからもう一人の存在が現れて、魔法使いと思われる女性と聖騎士風の男性を叱咤する。
「二人とも、今はその子の体を綺麗にして……保護してあげよう?」
「あ、あぁ、そうだな」
奥から現れたもう一人、青い髪に金の瞳。灰色の神官服を着た女性が、エリスの前に膝をついて体をぬぐい、体を隠せるローブをかぶせてくれる。
(おぉ、テンプレな優しくて人の出来た僧侶様だ!)
エリスが抱く感想は正しいのだが、そういう事態ではないだろうと誰もが突っ込むだろう。
ともかく、そうしてエリスは駆けつけた彼らによって救出された。
さまざまな治療と確認、その後は彼らと共に街へと向うこととなった。
その街の名前は『聖都キャメロット』、このヒイロガネ島における最大の都市。
アーサー王伝説における、絶対の聖都の名前を冠した都市。ヒイロガネ島の人型種が生き残るために建造した、最強の城塞都市にして、絶対生存圏の最終ラインであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます