2 新たなる現実へようこそ 追伸:私の嫌いな肉体よ、さようなら
「私におススメMMORPGゲーム。内容は世界にたった一つだけの島とその救済。ネタとしては鉄板かな」
『レイライン』に届いていたゲームの内容を見る。
ゲームタイトルは『理想郷からはいまなお遠く……』
数多くの、世界を守り救った英雄が理想郷へと行ってしまった後の世界。
プレイヤーは、そんな世界にたった一つの島。舞台となるヒイロガネ島における一人で、数多くの英雄やその武具を理想郷から取り戻す。という、色々と問題がありそうな内容ではある。ただ、理想郷から取り戻すって辺りがなかなかどうして……。
確かに、英雄が去った後の凡人だけになったヒイロガネ島が、お世辞にも安定や平和の道を歩んだと言えないだろう。一部の英雄や英傑たち、そして英雄たちが振るった絶大な力の帰還を願った者がいても不思議ではない。
プレイヤーはそんな一人であり、ゲームオリジナル要素をクリアして現世を救う。となっている。その説明文において、『島』ではなく『現世』を救うという言葉の使いまわしに若干の違和感を感じる。
問題は、『レイライン』の内部マッピングが終わったタイミングでこのゲームが届いたこと。そして、ネットワーク検索をかけても、『理想郷からはいまなお遠く……』についての情報が一切出てこないことだ。
ゲームに対する批評、それどころか公式のホームページすら検索結果にヒットがない。
「まー、どう考えても罠。それもとびっきりのやつ。どうしよう?」
罠だとわかっていて、その罠に引っ掛かりたくてたまらない。
黒羽絵里は、自らが壊れている人間だと定義している。そんな彼女は、幼少の頃から心の底に破滅願望を抱えていた。
人よりも少し強い感受性と、両親に恵まれない環境で彼女は生まれ育った。母親は早々に蒸発し顔も覚えていない。父親はひたすらに酒におぼれるだけの屑だった。いつしか、彼女の心の中には一時の享楽とその先の破滅による終焉を求める心が生まれた。
そして、彼女の強い感受性は他者の心の奥底を無意識に感じとり、感じとれるがゆえにのぞき込もうとする悪癖。当然、それを他者に気取らせないように生きてきた彼女の知能指数は決して低くない。周りの人間の空気を読むんで合わせることも、あえて読まないことでぶち壊すことも出来る。
危ない橋は自ら進んで渡り、渡った先で破滅することは絵理にとっての望みの一つであり、同時にこれ以上ないほどの愉悦の一つなのだ。
「ふふっ、どっかの創作物みたいに、本物のデスゲームになったりでもしたら面白そう」
結局、大して迷うこともなくゲームデータを『レイライン』へとインストールし、起動する。
起動した『レイライン』によって自分の五感が肉体から引き離され、暗黒の世界になった絵理の目の前に――ゲームへようこそ! の文字が踊りでる。
「ふーん。当たり前だけどゲームスタートでまずは自分のアバター作成か」
自分の分身となるアバター作成。迷うこの多いであろうそれを、絵里は一瞬たりとも迷わない。
絵理は、自分がゲームで使うアバターの基本を完全に決めている。これ以外の見た目は絶対に使わないと決めている
ただ、予想外の項目があった。種族の欄である。
「いや、こういうゲームだから獣人とかの異種族はわかるけど、種族にアンデッドやら魔王があるってなんでよっ!?」
所詮フィクションでゲームですからー。その一言で終わらせることも出来るのだが色々と納得出来ない。そもそも、魔王って位であって種族じゃないだろう! 運営、ちょっと出てこいや!
多岐にわたる種族にはそれぞれの特性もあるようだが、ぶっちゃけどうでもいい。結論として人型であれば良い。種族欄は『異形型を除くランダム』なる選択肢があったのでそれにすることにした。
それがのちに、絵里にとっての最大の不幸と幸運を呼ぶのはまた別のことである。
「これでアバター作成は終わりっと。うん? なに……これ?」
アバター作成が終わった時点で、普通のゲームならば世界の歴史をスクロール画面で見てチュートリアルになる。だが、現在は初期設定スペースである黒い世界が乱れ始める。見た感じを具体的に説明すると、TV画面が砂嵐になった時の感じ。
白と灰と黒の光の粒子がが入り乱れる世界。
目に悪い光の明滅と、耳障りな音がひたすら響く。
そして突如として収束。一瞬にして白い世界へと変わり、眼の前に文字が浮かび上がる。
――ようこそ、君の新しい現実へ。
余すことなく、存分に楽しんでくれたまえ。
その文字を読んだ瞬間、私は――肉体という物理生命体として死んだのだと思う。
わ し く け
た が だ る?
体のありとあらゆる感覚が引きちぎられ、思考すらおぼつかなくなる。
この先は地獄か、それともゲームの設定どおりのヒイロガネ島か……?
……
…………
………………
頬にそよ風を感じて、目を覚ます。
「生き……てる?」
心の奥底に破滅願望を抱えている絵理でも、流石に死の恐怖には肝が冷えた。それゆえの喜びも感じていたが――変態である。
辺りを見まわせば、それは見晴らしのいい草原地帯のど真ん中。辺りには森や山、少し離れた場所には湖もあるようだ。だが、遠くにはゲームの簡略マップには存在しなかったはずの、見覚えのない山脈。さらには、島の周りに浮かんでいる大地とその上にそびえ立つ塔に関しては知らない。それが見える範囲で4つ。恐らくは高難易度ダンジョンの類だろうが、パッケージにも書かれていなかった情報が複数存在。絵理が戸惑うのも当然だろう。
しかし、それ以上に戸惑う――驚くことがあることに意識が向いて、すぐに忘れてしまう。なぜなら……。
「感覚があまりにもリアルすぎる?」
五感投影、つまりは人間の体におけるすべての感覚を投影する
風に踊る黒髪を手で押さえようとして、自分の視界に『レイライン』使用中の電源マークや時間表示すらないことにも気が付く。
リアルすぎる感覚と合わせて思いつくこと。異世界転生系にも精通しているオタクであれば想像出来る内容、ゲームの世界が現実になった可能性が頭をかすめる。
「メニューウインドウ・オープン、イベントリ!」
若干動揺しながらも、現状を把握するために行動する。
メニューウインドウは問題なく起動した。イベントリを確認すると、最低限の装備品と回復アイテム。それ以上の物は何も入っていない。イベントリを閉じようとして、そこでメールのタグが着信を示す点滅をしていることに気が付いた。
新着メール
送信元:『
新しい現実へようこそ。黒羽絵里君。
珍しく種族をランダムにした君に、とある特典を渡してある。そんな現実を、どうか存分に楽しんでほしい。
それは紛れもない、私の新しい現実の始まりを祝福するメールだった。
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