1 始まり

1 疑問と疑惑。


 賢歴305年 8月3日



「はぁ、これもクソゲーだったわ」



 最近の流行りで、ストーリーとやりこみ要素がすごいとされていたMMOゲームなのだが、個人的に設定している目標を達成してしまった。

 日本特有の蒸し暑い環境……ではなく、冷房が効いて適温になった部屋で私は呟く。手元には、先程までヘルメット型で頭に装着していた五感全投影ヘルメット型ゲーム機『レイライン』を持っている。要するに、S〇Oに出てきた『ナー〇ギア』と同じ手合いのものだと思ってくれればいい。

 私、黒羽絵理くろはねえりは現在21歳。全力で働くことを放棄したニートである。



「まぁ、『MERLINマーリン』のおかげで遊ぶゲームに困らない。おまけに働かなくても生きていける社会システムまで作ってくれた『MERLINマーリン』には感謝しかないわー」



 ダメ人間ここに在り。

 『MERLINマーリン』が演算した結果で生まれたシステムは、働かない人間に対して逆に一定以上の時間を遊ぶことを義務付けるもの。それによって動く資金……ではなく個人端末の一部の演算領域を『MERLINマーリン』が使用し、それによって演算を助けるというものである。一個人が所有する端末の空いている演算領域などたかが知れているが、それが万や億となれば馬鹿にはならない。

 西暦の時代にも存在した技術の応用であり、それを社会システムそのものにしてしまったのである。



 そもそも、働かなくても人が生きていけるシステムが作られた理由、それは人間の働き口が自体がなくなったからである。

 昔から懸念されていた、ロボットやAIの発展による働き口の消失は実際に起こり、職業を失った人は多くいた。むしろ、現状ではごく少数の人間以外は働いていない。

 必要なものを生産し、生産したものを流通から販売する。その流れに人の手が携わることはほとんどない。

 


 今現在、人が働くのは『MERLINマーリン』から送られてきた演算結果を確認・賛否を判断する者と、それ以外の小さな部分における人間が携わることで円滑に回る一部の技術職のぐらいなのある。

 演算結果の確認と賛否を行う人間も、『MERLINマーリン』によって無作為に選出された人間が務めており、定期的に人は入れ替わっているらしい。実際に確かめられるわけでも、確かめようとする人間もいないので、与えられている情報を信じるしかない。

 結局のところ、誰もがそれで困っていないからそれで良いと判断しているのだ。



 当然、自分の部屋で毎日寝っ転がってくつろぎ、ただ遊んでいるだけの絵理は何の役職も持っていいない人間だ。だが、彼女は自分がこの世界に馴染めないと感じ取れる程度には愚かではなかった。



(私は『MERLINマーリン』を使う。その演算結果と技術の産物だって使ってる。けど、『MERLINマーリン』とその周りの人間を信用したことは一度もないのよね)

 


 そっと、『レイライン』のふちをなぞりながら思考する。その『レイライン』を見つめる瞳は冷めきっている。



 数年前のことだ。

 とあるゲームのプレイ中に出会った一人の男性がおり、最初は恐ろしく無礼な人間だと(自分を棚上げして)思っていた。それでも彼との交流はなぜか続き、どこかそれが心地よいと感じていた。そんなある日、彼は自分が『MERLINマーリン』反対派組織の一員であると告げてきた。

 正直、なぜそれを自分に明かすのか疑問に思った。それに、そういった存在はとっくの昔に駆逐されきっていたと思っていたので驚き、それ以上に興味を持った。彼は絵理の求めに応じ、色々な知識と、一般には公開されていない情報を教えてくれた。


 

 間接的管理などと言えば聞こえは良いし、あくまでも提示された演算結果をどうするかを選び取っているのは人間であるとされている。それに満足している人間が多いことは事実だし、今更世界のシステムを変えるのは無理だろうと思える。けれども、実際には『MERLINマーリン』肯定思想の人間が判断するのであれば、結果は考えるまでもなく全肯定。それは実質支配と同じだ。

 ここまでは、彼に会う以前から思っていたこと。本題はそこから先。

 


 ここ数十年の間、今までとは全く違う行動を突如としてとる人が現れ始めている。

 その人数はごく少数であり、行方不明や変死などであれば否が応でも大きな騒ぎになるだろう。だが、個人の行動や考え方が変わった案件の増加という事例では、世間はあまり騒がない。むしろ、一個人の思考構造にまで注目する人間などいないと言っていい。それは『MERLINマーリン』が現れる以前からの人の習性の一つだ。

 一般大衆がふれることの出来る情報媒体も、現在は『MERLINマーリン』と『バルベル』を通して人の元に届く。情報操作が行われていないとは全く、誰にも保証することは出来ない。

 そんな事実を教えられてから、絵里は今まで以上に『MERLINマーリン』とそれに繋がっている機械を使うようにしている。



 そして、疑惑が確信に固まったのは、先程まで使っていたヘルメット型家庭用ゲーム機『レイライン』の存在。

 一見すれば何でもない、頭にかぶる形状の高価な電子的なおもちゃ。だが、思考の方向を少しだけ変えるだけで不信に思うきっかけがいくつもあった。

 あまりにも頑丈な本体。修理する手間もほとんど存在しない。世界レベルで使用されているにもかかわらず、年に一件か二件程度しか修理依頼が発生しない機械。

 それはあまりにも頑丈すぎる。また、ネジや構造的なつぎ目が一切存在せず、個人では分解することすら出来ないようになっている。



 なので、絵里は実験してみた。



 ――どの程度の扱いをすれば壊れるのか?



 結果だけ述べると、壊せなかった。

 ビル10階分の高さから自然落下ではなく叩きつけるように勢いをつけても傷つかず、その衝撃による内部損傷もない。まったく問題なく動作した。それ以外にも、一般使用ではありえないほどの過剰電力を一気に流し込んで壊れるのか? 壊れないのであればどこまでの電力に耐えられる? 熱は? 振動破壊は? 局所的EMPを発生させた場合は? 

 絵理が思いつく範囲で、同時に実現出来る検証方法は一通り試し、びくともしないままに、今も絵理の手元である。



 これが軍用機材だというならばわかる。だが、家庭用ゲーム機と考えるのであれば、この頑丈さはあり得ない。



 分解することも破壊することも出来なかったことで、ほんのわずかな苛立ちを覚えた絵里は少しばかり強引な方法に出ることにした。



 時を2年ほどかけて組んだ、オリジナルのシステムを組み込んだ装置。

 通常の動作をさせながら、同時に『レイライン』の内部に走る電子情報の一部に、内部を外部コンピューターにマッピングする機能を噛ませて流し込む装置。それによって内部構造の大まかな把握と、そこから内蔵されている機能を推測するためのもの。

 


 危険度は限りなく高い。

 万が一にでも、『レイライン』の内部をマッピングしたのがバレれば――私は確実に消される・・・・だろう。それでも、絵里は自らの好奇心のままに動いた。



 現実の時間にして3時間ほど。普段通りにゲームを遊んだ後に装置を確認すると、『レイライン』の内部マッピングは問題なく終わっていた。

 時間を掛けてゆっくりと行ったためか、それともただ見逃されているだけなのか。『MERLINマーリン』側の意思はわからないが、このような行為をした絵理に対して、何かしらのアクションはまだ取られていない。

 だが、絵里は自分が危険な場所。引き返せないところまで足を突っ込んだのを、マッピングデータを解析することで強く感じた。



 『レイライン』の内部。その6割が実にブラックボックス化されていた。ただゲームを遊んだりネットワークに繋がるだけならば必要のない、現在において公開されている技術とは異なる部品たち。その機能の推測はある程度なら出来た。だが、実際にその部分がどのような働きをするのかは動かしてみないとわからないだろう。ただ、絵里の推測が当たっている場合、自分の中の違和感に説明がつく。



「それでも使い続けてる私は馬鹿か……それとも無謀な勇者。いや、結局は同じか」



 苦笑交じりに、横たわっていたベッドから起き上がる。

 


 『レイライン』に、絵里のプレイ傾向からおススメするFDフルダイブ式MMORPGゲーム。そのお知らせを通知されていることに気づいたのは、その日の夜。



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