理想郷からはいまなお遠く 量子演算コンピューターが発展しすぎた結果、肉体を奪われてVRMMO製のデスゲームに放り込まれました

大熊猫小パンダ

プロローグ 歴史

0 人の歴史は誰の歴史?

 西暦2XXX年、世界は人の手による進化を止め、優れたAIとそれを動かす量子型演算コンピューターによって管理されていた。



 別に、映画などにあったようなディストピア化はしていない。食料生産数や劣悪になりつつあった大地の保全から改善、文明の発展といったすべての項目を並列演算し、その結果を人に提示する存在が地球の衛星軌道上にいるというだけだ。



 人が求める最低限の自由は常に保証され、食事がサプリメントだけになるとか人口調整される、増えすぎた人を勝手に処分しているなどということは一切ない。

 その存在は宇宙空間で人知れず演算を続け、その結果を人類に提示するだけだ。演算結果を実行するかどうかは、完璧に人間の判断にゆだねられている。



 その存在の名前は――『MERLINマーリン



 誰かが造り、誰にも知られないうちに宇宙に存在した――現在も自己を成長させている究極のAI。

 『MERLINマーリン』はある日突然、全国家、全人類に対して自らの存在を明かし、その上で自らが人の役に立つ存在であると謳ってみせた。



 当然、誰もがその存在を疑った。

 いくつかの政府機関においては、その存在の実証を急ぐだけではなく、その存在を利用出来ないか? 出来ないのであれば破壊しなければならないと行動に移った。それは至極当然と言えるだろう。



 そして、『MERLINマーリン』が自らの存在を明かしてからたったの5年。

 その5年で、世界のすべてのネットワークが『MERLINマーリン』によって掌握された。



 誰もが予想しなえかった事態に、多くの人間が震え上がった。

 世界中のネットワークを掌握するということは、国の境を完全に破壊し、誰もが情報を秘匿出来なくなったことを意味するからだ。



 特に反応したのは米国、ロシア、中国の三カ国であり、その三カ国のすべてが『MERLINマーリン』を破壊することで意思が統一した。

 だが、その三カ国をもってしても、『MERLINマーリン』を破壊することはおろか傷つけることも出来なかった。



 どれだけ大きなことを言っても、本当のところは誰一人として『MERLINマーリン』の正確な居場所すら把握出来ていなかったのである。国家の威信と維持を掛けた探索。ありとあらゆる人と機械を惜しみなく使った探索が行われた。天文学的な金額に届くと予想されている捜索は一切の効果を上げられず、足跡一つ見つけられない不気味な存在。

 ただわかっているのは、定期的に『MERLINマーリン』から送られてくる情報によって、その機械の筐体が衛星軌道上のどこかに存在するということだけ。


 

 さらに5年。

 『MERLINマーリン』が次々と提供してくる演算結果。それが少しずつ、だが確実に人の手によって実行され始めていた。環境問題や世界的な人口増加による住居問題。局所的に起こっている少子高齢問題。さらにはエネルギー問題に対しての演算結果が送られていた。

 そして、それを実行した国や組織は確実に改善したのである。



 どれだけ得体の知れないものであっても、無能な政治家やその業界の人間に任せて何の進展がないよりは余程良い。

 大多数の人間の意識がその方向へと流れていくのはある意味では当然だ。誰だって、自分の生活環境を改善してくれる存在に頼りたくなる。ましてや、それが無償で行われているのであれば余計に飛びつくだろう。



 ところで、日本にこんな言葉がある。



 ――タダより高いものはない。



 無償の行為には必ず裏があるという言葉。

 たとえ『MERLINマーリン』自身は演算を行うだけの機械で裏がなかったとしても、『MERLINマーリン』を開発した者であるなら違うだろう。そもそも、『MERLINマーリン』はどのような目的で作られたのかすらわからないのだ。

 『MERLINマーリン』による演算結果がどれだけ素晴らしい結果をもたらしたとしてもそれを信用しない。それ以前に信用出来ないし、するわけにもいかないのが既存の組織と国である。

 少なくない人がただひたすらに演算し、その結果で人を救う機械に人が使われてはならない。人はあくまでも機械を使う側であると主張し続けていた。



 それはある意味正しく、同時に人の心を推し量るのであれば間違いである。

 人は知性よりも感情に縛られている生き物である。『MERLINマーリン』に反対組織や国の政府は、それらが守ろうとしていた大衆の手によって少しずつ、確実に消えていった。



 『MERLINマーリン』が自らの存在を明かして100年が経過した世界。

 世界地図に国という線は残っていたが、すべての情報のやり取りに人の往来。それらすべてがデータ化され、『MERLINマーリン』に集約されていた。全世界統合型情報システム、『バルベル』が完成しており、それ以前のオールドネットワークはほぼ完全に淘汰された。

 ありとあらゆる地域に、そして緻密に根を張った『バルベル』は今までの暮らしを一変させる。



 各地方、各国の特色を残した上での文明発展への演算結果。暮らしを良くするための演算結果。遊びをより楽しく、未知なるものにする演算結果。

 


 『バルベル』というネットワークを介し、『MERLINマーリン』に集められた無数の情報は演算を加速させる。事実上、『MERLINマーリン』こそが人の文化、そして文明の導き手となってしまった。

 誰もが『MERLINマーリン』に依存し、『MERLINマーリン』の演算結果の取捨選択で前に進む世界。


 

 それが、今の世界。

 気づけば西暦すら改められる。アーサー王伝説における王の導き手、導師マーリンと同じ名前であることを理由に、賢歴と呼ばれる世界の始まったのである。



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