女性の恋愛は上書き保存だというけれど。

@kjg

第1話 彼と駅

–––––今でもたまに

あなたがそばにいるように感じる時がある––––––


【2020年9月】


人が四方に行き交う駅。

学校、仕事に向かう人、観光客が

それぞれ目指すべき場所に向かって歩いている。


その中にある格好の待ち合わせスポット、時計台。

友人を、愛する人を、誰かを

何を考えながら、彼らは待っているのか。


このあと行く場所、会えることそのもの、そして今日言うつもりのことを考え、心落ち着かない人もいるのかもしれない。



手に持っていたスマホが震え、ふと現実に戻る。


「もしもし」


「もしもし今外?すごいうるさいけど」


「あー、ごめんなさい。いま駅にいて。」


「電話大丈夫?」


「うん。」


「あんた今年の盆も帰って来なかったじゃない。年末は必ず帰ってきなさいよ。実家にも帰らず親に顔見せないってどう言うことよ。」


そういえばここ2年、実家には帰っていない。

帰ってこられないなら、こっちがそっちに行くだとか、マメに連絡しなさいだとか、電話越しで畳み掛ける母親に、年末は必ず帰るとだけ伝えて、電話を切った。


そして、時計台から新幹線口を横目に見ながら地下鉄の改札の方へと歩き出した。


2年前まで、実家に帰る新幹線の中、降りる駅が近づいてくると、緊張する私の手を黙って握ってくれた彼を思い出しながら。


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【2016年8月】

「やっぱそろそろご両親に挨拶した方が良いよね?お付き合いさせていただいていますって」


眉間にしわを寄せながら話す横顔。


「んー、まだ良いよ」


私はそう返していた。

結婚することになったら、親には紹介しよう。

そう考えていた。

上京することを心配していた両親。

ずっと家を出たくて、やっと就職で上京することができた。

恋愛関係で心配をかけたり、あれやこれやと干渉されるのも嫌だった。


「え〜、でももう付き合って3年だよ?うちの両親は付き合う前から美奈のこと知ってるのに」


「そうだけど、うちの両親面倒臭いから。」


「いや、それならなおさらでしょ!」


くしゃりと笑う顔。

思わずこちらまで笑顔になってしまう。


「良いの良いの」


駅も、親も、新幹線も、何についてもあなたを感じてしまう。


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【2020年9月】

朝から疲れ切った顔をするサラリーマンたちが多い車内。

電車の窓に映る自分の顔を見て、

こんなに老けてた?とおもわず目をそらしたくなる。

これでもまだ、27だぞ?と、世間ではアラサーと言われ、結婚は?彼氏は?と必ず聞かれるのも辟易。仕事が恋人ですと言うのも今ではなんだかイタイと言われ、とりあえず、まぁそれなりにと返しているが、他にいい返しがないか、最近は考えることが多くなったかもしれない。


目の前に並んで座っているサラリーマンたちが、みな左手薬指を光らせているのをみて、なんだかほっこりした。

おじさまのそれには、子供はもう巣立っているのだろうか、思春期真っ只中な娘に煙たがられているのだろうか、それともパパラブな娘にデレデレだろうか。

若そうな人のそれには、早くに結婚を決めたんだなぁとか、ちっちゃい子供がいるのかな、などとあらぬ妄想を繰り広げる。


そして、自分の首元にかけられているそれを指で確認しながら、別に今の人生、不幸せではない、むしろ普通。可もなく不可もなく、一番平穏だと思いながら、電車に揺られる。

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