5
決戦当日の日没。ブランドン・ファルフスを軸に再編成された捕縛部隊は、一台の装甲車に乗って、ノーラに指定された旧外崎市街に向かっていた。異形の登場と跋扈に伴い放棄された街へと続く道は酷く荒れ、装甲車に何度も大きな上下動を繰り返させている。
編成人数はファルフスを含めて八人。「別で動く」と突如宣言し、言葉通り姿を眩ませた浅川八千代の不在に依る戦力ダウンは否めないものの、残る人員は北欧支部が選抜した者が揃っている。最低限の戦いを展開する事は可能だろう。
重苦しい沈黙が破られるより、車が停車する方が先だった。乗員全員が、至る所に亀裂の入ったコンクリートを踏みしめ、ファルフスの背中を怪訝な顔で見つめる。
「ファルフスさん、確かノーラの指定した場所は旧市街の中央部だった筈です。どうしてここに……?」
一行の現在居る地点は、旧市街を見下ろす事が出来る高台だった。指定された場所からは遥かに離れている。この場所を選んだ意図はドライバーである自分しか分からない。
彼らが怪訝な目を向けるのは当然の事だと、ファルフスは苦笑しながら口を開く。
「何も告げなかった事には謝罪しよう。戦う前に、君達に少しばかり聞いておきたい事があってね。彼女は、我がSDAが敵役を押し付けて消した『到達者』の生き残りなのだろう?」
「!」
七人が一斉に身構える。殺気が膨れ上がる中、淡々とファルフスは自らの推測を並べて行く。
「『到達者』とそれについての研究が排除されてから七年。私達より遥かに上位、かつ組織に対して極めて忠実な人間が、彼らを抹殺すべく行動した結果、『到達者』は一人を残して死亡した。……今彼女が世間に対してアクションを起こせば、組織の権力争い、などと言った低俗な物を通り越し、存続していられるかの問題になる」
SDA自体は創設されて四十五年、『適合者』の存在が確立されて二十五、六年と歴史の浅く、他の組織と比較すればしがらみは少ないとされているが、それはあくまで表向きの説明文句だ。
深堀りしていけば国の名誉や対面を気づ付ける事態を引き起こすような、多くの国の面倒な何かを内包しているのは間違い無く、ノーラの存在もその一つなのだろう。
「当初は下の者には全てを秘匿し、欧州だけでの解決を命じていたが、マティをも殺害出来る力を目の当りにし『バルドルズ・ソウル』強奪犯としての情報だけを開示して、抹殺を狙った。そんなところだろうか……」
「――ッ!」
飛びかかる一人の肩口を、的確に撃ち抜いて動きを止めるが状況は止まらない。残る六人が一斉に動き出し、平和的解決の道は潰える。
幾ら実力者として名高い存在でも、所詮は自分達と同じ『演者』である以上、『継承者』のような異常な力はない。数的には圧倒的にこちらが有利で、尚且つ相手は銃使い。そして現時点で装填されている弾丸は五発。
どれだけ正確に命中させる事が出来ても、こちら側に絶対に一人残り、この男を対処出来る。との判断があっての仕掛けだった。
「……甘い物の見方だな。見られる程度の実力しかない、私が悪いのかもしれないのだがな」
誰ともなしに呟いた言葉を残し、ファルフスの巨体が一瞬沈み込んだと思うと、六人の視界から消える。
金属音、発砲音、そして打撃音と呻き声。六人が誰も正しく状況を理解出来ない間に、その内の二人が沈んでいた。
「幾ら私を黙らせたい狙いがあっても、全員で纏めてかかるのは愚の骨頂だ」
残る四人は手元を見て、自らの得物が完全に使えない状態に陥っている事に愕然とする。全員がそうなっているという事は、交錯した一瞬に存在した武器が重なる瞬間に弾丸を放った、との結論になる。
イカレた芸当が、この場で可能なのはファルフスだけだろう。首を飛ばした訳でも、だれかに致命傷を作った訳でもないのに、巌のような演者は四人に決して覆す事の出来ない実力差を提示していた。
「これでもう戦えないだろう。大人しく降伏して、知っている事全部……」
恥も外聞も捨てたなりふり構わぬ姿勢で、四人はてんでバラバラの方向へと走り出す。実力差を考えれば、無理もない選択だろう。
だが、一応は人々を守る事が仕事なのだから、立ち向かって欲しかった。そんな事を考えながら、ファルフスは肩を竦め、背嚢からある物体を取り出して手首のスナップで高速回転させ、投げた。
「おぶぅ!?」
物体の正体は西部劇で見られるトリックロープであり、ファルフスは巧みな技術でそれを用いて四人を絡め取り、動きを封じてみせた。
どうにかして拘束から逃れようともがいてみる者も、引きちぎって逃れられない現実を知り、再装填が為された銃を眼前に突きつけられると、諦めたかのように項垂れた。
「これで仕事は終わった。後はあちらの領分になるな」
無茶極まりない作戦を提示してきた少年とその相棒の顔を思い浮かべ、苦笑する。ノーラに対して、一度完膚無きまでに敗北した現実を見れば、彼が勝利する目は常識で考えればまず見えない。
加えて言うならば、決して人格者とは言えないながらも、自らにとって良き友であった男の仇を討つ役目を譲るのは、簡単な決断では無かった。
しかし、少年が自分に見せた目は、ファルフスにとって役目を譲る事に同意させるに足る物であった。
「単に戦って勝利する以上の何かを見せてくれるかもしれない。彼女にとって必要なのは、それだろう。……私も自分の仕事を果たすとするか」
そう言って、ファルフスは拘束した者を更にもう一段拘束を強めて装甲車の中へと放り込み、自らも運転席に座って内側から鍵をかけた。
ビクリと身を竦ませる者達に、背筋が寒くなる程に優しい笑みを浮かべて、ファルフスはゆっくりと語りかける。
「話が途中になったな。この状態でなら、腰を据えてじっくり話し合える。幾らでも時間をかけられるよ。君達が知っている事だけで構わない、この私に全て話して貰おうか。大丈夫だ、命までは取りやしない」
死んだ街の片隅で、死よりも恐ろしい尋問劇が幕を開ける。
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