2:インパーフェクト・エモーション

1

「どりゃぁッ!」

「ぐぼぇッ!」

 腹に打撃を貰って、桜花の意識は覚醒を果たした。

 眼前には予想通り、愛らしい表情でガラの悪い口調の金髪少女。銀髪がいなくて本当に良かったと安堵しながら、桜花は周囲に首を巡らせる。

「……知らない人ばっかだな? あ、八千代さん。すみません、お手数おかけして」

「や、礼を言うには及ばないよ。君が粘ってくれたお陰で、賊の姿を捉えられた。あちらさんは持ってるんだろうけど、俺達には何でか写真くれないからさ」

「アタシがいれば勝てたのに、桜花も間が悪りぃよなー」

「……そう、だな」

 相方の言葉に、歯切れ悪く同意する。彼女の力を以てすれば、勝てたかどうかは別として、もう少し均衡した、中身のある戦いになったのは間違いない。

 また、あの場にいたのが八千代でだったならどうか? 「負けない」どころではなく「勝ち目のある戦い」が展開されていた筈だ。

 ――考えても仕方ないか。物事にイフはない。出来る限りの事はやったんだから、もう良いだろう。

 無理矢理結論付けるが、もやもやとした物は消えない。いつもの調子で返してこない事に、エクスも八千代も怪訝な顔を向けてくるのに気付き、後者がフォローの為に何か言おうと口を開こうとした時。

 彼を囲んでいた者の一人が咳払いをして、言葉を発した。

「当事者も会話が出来る程度には回復したようだ。そろそろ始めてもよろしいか?」

 背広を着た男の言葉に、全員が首肯する。目覚めただけで回復してねぇよ、と抗議したくなる衝動を堪えて、桜花は場にいる全員を目で図る。言葉を発した者も含め全員が外国の人間であると判断出来、一人を除いて全員が背広姿。

 特に見るべき物は無いように思えたが、唯一の例外だけが、自分と同じ、しかし遙かに強い力の匂いを感じさせて、桜花の視線を引き寄せた。

 彫りが深く巌のような険しい顔は、明らかに日本人ではない。ミリタリースーツに酷似した服を纏った百九十センチに届かんとする肉体からは、隠しきれない威圧感が溢れだしている。

 間違いなくこの男はやり手であると、桜花は確信を抱く。

 桜花の視線を感じたのか、男は向き直り破顔する。険しい表情がいきなり崩れた事に少し面食らう。

「自己紹介がまだだったな。私はSDA北米支部所属のブランドン・ファルフスだ。君が対峙した、適合者狩りを対処すべく派遣された。よろしく頼むよ」

「綴が北米支部の援護に駆り出されてるから、戦力均衡の為でもあるらしいよ」

 間延びした声を発した八千代に、周囲の人間から鋭い眼光が突き刺さるが、本人は意にも介さず、ファルフスに手を振って促した。

 ファルフスはそれに応じ、手にしていた小さなリモコンを操作する。すると、ホワイトボードに、一枚の写真が浮かび上がった。

「おっちゃん、この鎧がどうかしたのか? パッと見ただの鉄屑にしか見えねぇぞ」

 軽い口調のエクスだが、他の人間の苦り切った表情を見る限りこれが「ただの鉄屑」ではないのは明らかだ。

 視線を向けると、ファルフスは苦笑しながらも、丁寧に説明を始めてくれる。

「これは『バルドルズ・ソウル』と言ってね。欧州と北米の支部によって共同開発されていた防具だ。北欧神話の登場人物、バルドルの持っていた力を鎧の形に落とし込んだ物で、画像で見るとガッチリとしているが、実際に装着すると不可視の物体になって、金属探知機などにも引っ掛からない。適合者以外に捕捉されなくなるんだ。身内贔屓とバルドルの力を差し引いても、なかなかの装備が出来たと思っている」

「そいつに適合する事で得られる力って何なんだ? アタシより強いのか?」

「特定の攻撃以外を全て無効化出来る」

 

 答えは、予想の範疇を優に超えていた。


 なるほど、その特定の攻撃とやらが何かを敵に知られなければ、装備した者は世界征服だって現実のものとして見えてくる。

 たかだか開発品の一つとは言える訳もなく、ファルフスのような人物が来日するのも当然の事のように思える。加えて、あの少女の写真が必要だったなどと八千代が言っていたのを考慮すれば、拍子抜けするほど単純な答えが出てくる。

「つまりは、あの適合者狩りの女が『バルドルズ・ソウル』を盗んだって事ですかね?」

「正解だ。あの女……ノーラ・ブロムクウィストは、三か月前SDA欧州総支部の開発部門に侵入し『バルドルズ・ソウル』に適合して逃走。以降、世界各地で略奪行為を繰り返して――」

「ちょっと待って下さい。や、ノーラとやらが新開発の鎧を奪い取るって、始まりからおかしい。この施設でも分かる通り、国の本部ですらない場所でも、厳重な警戒が為されている筈でしょう? 賊が開発区画に入るなんて出来る筈がない」

 適合者ですら、開発区画に入るにはIDカードと指紋、そして網膜の認証が必要となっている。無視して突撃を選んでも、一線級の『演者』の警備と、戦車砲を浴びても傷一つ入らないと言われる施設を破壊する必要がある。

 一応シミュレートを試みるが、やはり侵入は不可能ではないか。桜花が思考している間にも、八千代の追及は進む。

「首尾良く奪取に成功し、鎧を身に付けて誰にも負けなくなった、ここまでは仕方ない事だと流しましょう。ですが、どう考えてもおかしいのは武器の問題です。

 むっ……失礼『人間無骨』にせよ、桜花君の『エクスカリバー』にせよ、各々の意思に基づいて力を解放している訳だ。彼女はカラドボルグを振るったり、他の武器を奪い取っている。つまりは彼らの意思を無視している。そんな事が可能だなんて初耳ですよ。……何か知っている事があるなら今の内にどうぞ。出し惜しみに依る、無駄な死人なんざ御免ですからね」

 室内の空気が冷える。ファルフスが口を開こうとするが、別の男性による視線による制止で言葉は発せられず、ただただ沈黙だけがこの場を支配する。


「なぁ桜花、どーしてアイツら何も喋らないんだ? とっとと喋っちまった方が良いと思うんだけどさ」

 元は為政者の武器なのに、エクスはこういう所は妙に単純な思考を持っている。本人曰く「せーじの場に行く時は嫁さんに渡されてたからさ、戦場とかしか行った事ないんだよ」だそうだ。


 小さく息を吐き、自らの憶測を話そうとした時、今まで完全な沈黙を守っていた背広の、恐らく北欧系の男性が拒絶の意を示した。

 彼が口を開くと同時に、エクスが通訳を始める。適合者が見つからず盥回しにされている間、研究者達の話を聞き続け、他の武器との意思疎通を試みるなどしている内に、多くの言語を解するようになった、らしい。

「えぇとだな『貴方達には真相解明を依頼した訳ではない。捕獲した時のスムーズな引き渡しを実現する為に情報を与えているに過ぎない。だから、深いところまで知る必要などない』だってさ。ヒョロガリの癖に生意気だな。コキュっとやっていいか?」

「やったら本当に不味い。堪えろよ」

「えぇー……」

 実行した場合国際問題になりかねない提案をするエクスを、桜花は必死に宥める。

 その間にも、八千代がファルフスに対して交渉を行っていたが、表情から察するに、芳しくない推移を辿ったようだ。


 やがて、連絡場所等にの伝達を行った後、桜花達三人は部屋を追い出される。


 時刻は午後八時、そろそろ腹の鳴りだしそうな時間になっていた。

「食堂で何か食べようか。奢ってあげるよ」

「マジか⁉ ならアタシはハンバーグ定食と唐揚げ丼とポテトサラダな!」

「……ありがとうございます」

「いやいや、年上の努めだよ」

 八千代は朗らかに笑う。だが、桜花の表情を見て、腕組みをしながら話題を先程までの物に戻し、クエスチョンに一つずつ答えてくれる。

「まずファルフスについて。彼はワイアット・アープの血に世界で最も適合している『演者』だ。使用武器は基本的に拳銃だけど、身体スペックもかなり高い。『継承者』とも互角にやれる腕を持っているし、俺と違って人間的に真っ当だから仕事には真摯に取り組むし、上の方からも覚えが良い。……ファルフスに、実行犯について色々と聞いてみた。けれど、殆ど「知らない」って答えだった」

「知らない、ですか……?」

 重用している者にすら情報を制限しているとは、妙としか思えない措置だ。

 ノーラの名を持つ少女の中には、途轍もなく危険な何かが内包されている。そんな推測がすぐに出来てしまう程に、この件には不自然の水が巡っている。

「二人共さっさと来いよー! 席取られんぞー」

 廊下の先から、呑気なエクスの声が聞こえてきても尚、立ち止まって深刻な表情を崩さない桜花に対し、八千代は努めて明るい声を発しながら、桜花の肩を叩く。

「や、そんなに悩む必要なんてないよ。あちらさんも結構しっかりとした準備をして、明日の夜にでも仕掛けるらしい。上手く行きさえすれば、面倒事とはオサラバだ」

「上手く行くと良いですね」

 表情を緩め再び歩き始める。ファルフスの纏う物などを考えれば、仕掛けとやらを完遂するのは非常に容易いと思われる。桜花がしゃしゃり出るより遥かに成功率は高そうだ。

 自らに暗示をかけるように、何度も内心で復唱をするも、隅に残る暗雲は消えなかった。

 対峙した際に身体に焼き付いた、滾る眼光と身震いする程に昏い殺意が、全ての楽観的予想を蹂躙し、彼女は再び自分達の前に現われる。

 確信めいた感情を抱いたまま、桜花の一日は終わろうとしていた。

 因みに調子の良い事を言っていた八千代だったが、いざ食事を終えた時になって財布を忘れていた衝撃の事実が発覚し、結局桜花が支払う事となった。

「本ッ当に申し訳ない! 次の給料が入ったらちゃんと返すから!」

「桜花殿、私がしっかりと八千代の今月入って来る給金を管理しておこう。だから今この場は八千代を許してはくれないだろうか」

「……大丈夫ですから頭上げてください。……この構図恥ずかしいですから」

 ひたすらに頭を下げる二人に見送られ、桜花は支部を辞した。


 翌日、作戦の機密を保持すべく、支部への立ち入りを禁じられた桜花は、久しぶりに一般的な学生としての生活を満喫する時間を手に入れた。

 といっても、戦いに参加出来ずにフラストレーションを溜め込んでいるエクスがいると、空き時間は全て鍛練の時間へと変わる。

「捕縛部隊の作戦が失敗して、ノーラとやらがまた来たらどーすんだ! もっともっと強くならないと、太刀打ち出来ないぞ!」

 文句の言いようがない正論を浴び、素手による格闘と剣術の鍛練、そして射撃を延々と行い続けた。エクスと桜花の実力は、下手をしなくても桜花がボコボコにされる時が多々あるぐらいには存在している。

 故に、訓練中は集中力を切らして他の事に思考を巡らせる余裕など生まれない。

 結果としてノーラの齎した呪縛を忘れていられるので、桜花にとってはある意味では幸せな一日となった。


 後は、作戦の結果を聞くだけだ。

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