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 こうして、出灰桜花は適合者として異形との戦いに身を投じる事となった。

 

「いきなり世界中の戦いに駆り出すのは酷だ」

 

 先人二人の有り難い指摘により、彼の活動範囲は肩書きと比較するとかなり狭い。知識も技術も何もかも不足している桜花にとって、キツい日々である事は変わりないのだが。

 一年をどうにか乗り切れたが、この先もそうである保証はない現実に気付くと、色々と辛く思えてくる。

「や、桜花君はよくやってると思うよ。毎回身体を張り過ぎてるのは、ちょっと心配になるけどね」

「……」

「さっきの連中からの嫌味を気にしてるのかい? 別に気にしなくて良いんだぜ」

 緊張感をゴミ箱に捨てた、気の抜けた声で励ましをくれるひょろりとした着流しに眼鏡の男性こそ『人間無骨』の『継承者』浅川八千代だ。一目見ただけでは前衛を張っているようには見えない体格だが、今日は左腕をギプスで固定して吊っているのが、桜花の不安を少し煽る。

 ヴェードを対処した後、報告と最低限の治療を受けに支部に戻った桜花は、備えられている食堂で夕食を摂り、そこで八千代と出くわして話を聞いてもらっていた。

 肉体の再生機能を極限まで引き上げる特殊な細胞を投与したことによって、すでに肋骨はほぼ完治している。この細胞が無ければ、スナック菓子感覚で重傷を負う『適合者』の活動は成り立たないのだが、ゾンビ兵との誹りを受ける原因ともなっている。

 もう少し穏当な方法はないのだろうか。桜花が治療法に思いを馳せている間に、エクスと八千代のやり取りは加速していく。

「でもさぁ、もうちょっと桜花が強くなってくれないとさ、アタシの本領が発揮出来ないんだよっ! 斬る以外にも色々出来たのにさ!」

「エリちゃんも無茶言わない。俺だって、むっちゃんで色々出来るようになるのに四年ぐらいかかったんだぜ?」

「むー……」

 エリちゃん、とは「エクスカリバーじゃ呼びにくいじゃないか」と、初対面の時に八千代が勝手に提案した、彼女の愛称だ。


「最初は嫌だったけど、結局こう呼ぶようになったので諦めた」


 と、かなり我の強いエクスに言わせた辺り、頼りなさそうな外見とは裏腹にかなり変な方向で芯が強い事が容易に推測出来るだろう。

 そして、むっちゃんとは彼の適合武器『人間無骨』の呼び名だ。こちらは未だに受け入れてくれないと、八千代は嘆いている。

「しかしなんだ、またヴェードが出たんだね。巡り合わせはあるんだろうけど、ちょっと多過ぎる気はするね」

「外来種や伝承に出ていた類の異形は基本的に一過性、でしたっけ?」

「そう。何か突発的な事象で海外の異形の因子が紛れ込んで活動する、ってのはよくある話だ。でも、余所の土地に適合出来るのは非常に少ない。ただ今回に関してはちょっとばかし……。ごめん、飯が来た。食べながらでいい?」

「問題ないですよ。珍しいっすね、八千代さんがここで食べるって」

「ありがとう。……や、他の事をする時間が欲しいから食べながら歩いてたら、ずっこけて本の下敷きになってね。危ないし、どうせインスタントしか食べないんだからここで食べろってさ」

 思いの外間抜けな負傷理由に、桜花は曖昧に頷くしか出来ない。特盛のたらこスパを、常人の数倍の速さで胃に吸い込んだ八千代は一息吐いた後、声のトーンを落として囁きかけてくる。

「そう言えば、なんだけどね。最近適合者狩りが増えてるらしいよ」

 適合者狩り、の単語に桜花は身を固くして、八千代の次の言葉を待つ。

「今回は『演者』だけでなく、『継承者』も狙われているようでね。欧州の方でアイロットが殺られてる。日本でも近頃『血』の方の人達が何人か被害に遭っている。俺と桜花君は気を付けていた方が良い」

『カラドボルグ』の『継承者』である、ジェイルス・アイロットは人格にかなり難があるものの、世界全体でも上位に入る実力者と記憶している。

 己の身一つで切り込んでいき、敵を撃破するスタイルをヴェードのような小物だけではなく、不死の巨鳥『フレスヴェルグ』を始めとした『上位種』に対しても採用し、数多の勝利を収めていると聞けば、彼の実力が図抜けているのは誰でも分かる。

 彼が敗北し、殺害されたのならば、自分が対峙してしまったらどうなってしまうのだろうか。エクスの力を以てしても、敗北は必定に思えてしまう。

「……つづりさんには何も言わなくて良いんですか?」

「綴ときりちゃんは、今メキシコで薬売りの駆逐をしていて連絡がつかないんだ。それに、だ。三次元に飛び出して来たマーベルヒーローが、負ける事はないだろうしね」

 エクスカリバーをまるで活かせていない自分とは違い『雷切』の『継承者』にして、世界で五本の指に入る実力の男に、態々忠告の必要などない、という事なのだろう。

 多少卑屈になりながらも、情報を得られないかと、八千代に問いかける。

「……八千代さん、適合者狩りの特徴とかって掴んでますか?」

「や、多くはないけどね。ただ何と言えばいいんだろうね。なかなか信じ難い話だよ。何の防具も付けてなかったそうだし、戦闘スタイルは徒手空拳。ただ、適合者の攻撃が全部効かなかったって報告が上がってる。眉唾かもしれないけれど、警戒や対処手段の確認はしておいた方が良いと思うよ」

「攻撃が効かない相手の対処って、一体何を……」

「簡単さ、逃げる事だ。相手が諦めて放り投げたくなるまで逃げれば、それで良いんだよ」

「んな事出来る訳ないだろーが! アタシを何だと……」

 エクスの声に桜花と八千代は苦笑いを浮かべる。この聖剣の自尊心はそこそこ高い。自らの持っていた力の大きさ故だろうが、相方が自分の場合、それはリスクを高めるだけでしかない。

「……民間人が絡んでいる時はそっちを最優先、戦わずに逃げ切ろう。俺達だけしかいない時はまず救援を呼んでから戦う。それでいいだろ?」

「しゃーねーなー。分かったよ」

 妥協案を飲ませて息を吐き、時計を見ると午後八時半。もう少し色々聞きたいが、もう一つの職業に於ける課題が課せられていた事を思い出す。

 欠席が多くなる桜花は、試験で高得点を取るだけでは足りず、課題などの提出による授業点稼ぎは生命線となっている。白紙提出など出来る筈もない。

「すみません、今日はこの辺で帰ります。また何か情報が入ったら教えてください」

「りょーかい。左腕が治るまではここに来たら会えると思うよ。それじゃ、夜道には気を付けてね!」

 苦笑いで八千代の言葉に応じ、桜花は帰路についた。


                     ◆


「しっかし適合者狩りかぁ。物騒な真似する奴もいるんだな!」

「適合者の殺害は、裏社会の人間にとっちゃ地位の向上になる。実力と希少性の高い『継承者』は更に、な。綴さんや八千代さんも、狙われた経験が何回かあるらしい」

「アタシ達は一度もないのは何でだよ⁉」

「なってからの日の短さと、実績の少なさのせいだろ……」

「明日から毎日パトロールだ! 異形やらを見つけ次第、ボッコボコにしてスコアを伸ばそうぜ!」

「学校あるから無理だ」

「むぅ……」

 先ほど八千代から受けた話を基にした、あまり中身の無い会話を交わしつつ、二人は夜の大通りを歩く。多少遠回りになってでも、人通りの多い道を無意識の内に選んでいたのは、内心の恐れの現れなのだろう。

「それに、カラドボルグの適合者アイロットにしても、俺以外の二人にしても世界に名を知られてる人達だ。幾らお前の名が有名でも……。ん、どうした?」

「……桜花、アレどうするよ?」

 視線を前に向けると、とあるビルの前に、中学生くらいの子供の集団の姿が見えた。そこに入っている学習塾から出てきたのだろうが、明らかに様子がおかしい。

 一人の女の子を囲んで小突いたり、暴言の類をぶつけたり。よくあるいじめかそれに近しい物と容易に推測はつく。女の子の目にはすでに涙が溢れそうになっている。その表情は、加虐心を煽る結果にしかなっていない。

 当然と言うべきか、周囲の人間は特にアクションを起こそうとはしない。子供のいじめに首を突っ込むのは時間の無駄。そんな現代社会を生き抜く為に必要な割り切りをフル稼働させているのだろう。


 だが、桜花はそんな物を持ち合わせてはいない。命を張った自分の時間の無駄遣いをさせられているから、この程度は無駄の範疇にも入らない。

 そして少女を見ていると、綴や八千代を始めとしたごく一部を除き、SDAの大半から疎まれている自分がダブって見えた。


『非効率』な行動をするにはやや弱い二つの理由を胸に、桜花は集団の中へ堂々と踏み込む。

「よう、何してんの?」

「⁉」

 桜花が声をかけると、女の子を囲んでいる集団が一斉にギョッとした顔を向けてきた。

 が、桜花の顔を見ると、顔に強気な感情を再び宿らせた。

「何か文句あんのオッサン?」

「オッサンとは何だクソガキ。俺はまだシクスティーンだ。……集団で一人をいじめて楽しいか? 人間として終わってんぞ」

「コイツ馬鹿だし良いじゃないですか。馬鹿は負け組だから何しても良いって皆言ってますよ」

「それにコイツ、学校でもいじめられてるんですよ? 社会不適合者ですよ。そいつに対して、私達がどうしようが勝手でしょう?」

 なかなか単純かつえげつない回答が返って来る。古今東西老若男女、いじめの理屈は大人のしょうもない理屈のデッドコピーだったり、理不尽な物である事が多いが、やられる方はたまった物ではない。

 いわゆる歪んだ何とか意識という物なのだろう。実力の上下で、色々と決まる組織に所属している自分が彼らに何か言っても、説得力は産まれないかもしれないが、首を突っ込んだ以上はガツンと言うべきか。

 などと悠長に考えていると、集団の中で一番体格の良い男子が掴みかかって来た。


 ――あれ、俺中学の時こんなに強く他人に出てたっけ?

「桜花の見た目がナヨナヨしてて、返り討ちに出来そうだからだと思うぞ」

 ――思ってても口に出すなよ……。


 エクスの的確なツッコミに内心へこみながらも表に出さず、桜花は男子の右腕を掴んで捻り上げ、宙に釣り上げた。予想外の反撃を受け集団内に動揺が広がっていくのが、はっきりと伝わって来る。

 男子は確たる意思を持って抵抗を試みるが、一応鍛えている身である桜花にとっては、苦もなく抑え込める程度の物でしかなかった。

「痛ぇッ! 放せよ!」

「正当防衛だ馬鹿が。お前の理屈だと、弱い奴は何しても良いんだろ? なら、俺がクソ雑魚のお前の腕をへし折ろうが、ブッタ斬ろうが構わないって事だよな」

 意識して凄むと、蜘蛛の子を散らすように中学生は逃げて行く。適当な所で、腕を捻り上げていた男子も解放すると、半ば転がるように退散した。

 一応、この場は収めたという事になるだろうか。

「大人気ないぞ桜花。アタシにはいつも力に頼るなって言ってるのに!」

「細けぇ事は今気にすんなよ。……さてと。君、大丈夫?」

 地面にへたり込んでいた、サンドバッグとなっていたのであろう女子生徒に声をかける。

 制服の乱れが激しく、頬が少し腫れ、腕などにも痣が多々見受けられる。それだけで、彼女が連中から受けるそれが、日常的な物であると告げていた。

「……」

 女の子は口を開かない。乱入者との関連を疑われ、次に出会った時は更にいじめが激化する。そんな可能性を恐れているのだろうと推測した桜花は、努めて軽い口調で語りかける。

「塾は勉強する場所であって、嫌な目に遭ったりする場所じゃないよな……」

 パシッ、と乾いた音がして桜花の手は払われた。

 一瞬桜花を睨み付けて、女の子は走り去っていく。色々と失敗したのかもしれない、と頭を掻きながら彼女の背中を見送った。

「気にすんなよ桜花、本来の仕事じゃないんだしさ。……それに、今の行動もアイツの選んだ道だ。アタシ達がどうこう言う話じゃない」

「そういう物なのかね……」

「そういうモンさ! さっ、こんなトコで時間を食ってないで、帰ってメシ食ってトレーニングな!」

 首を捻りながらも、家路を急ぐ桜花達。彼らを見つめている影には、気付かないまま。


 とある雑居ビルの屋上。闇を裂く銀が揺れていた。


「見つけた……! アレがエクスカリバーの使い手」

 声は纏う雰囲気と比すれば幼いが、それでは打ち消しきれないほどに、発声者の強烈な意思と狂気を撒き散らしていた。

 内包する意思を世界に放出しながら、銀の影の独白は続く。

「『人間無骨』か『雷切』のどちらかだけでも奪えれば良かったけれど、エクスカリバーを見つけられるなんて! しかも使い手はただのゴミ! 流れは、確かに私に剥いている!」

 興奮のあまり右手に持っていた死体の頭を握り潰し、飛散した体液が自らの着衣を汚すのを見て、少女は我に返ったかの様に首を何度も振る。振る度に手も同時に動いて、更に死体が砕けて汚れが増えて行くのには、気付いていないようだが。

「……でも油断してはダメ。対策をされない様に、一つずつ確実に潰していかないと。そうすると……」

 ブツブツと呟きながら暫し時間を空費した後、何らかの結論に辿り着いた様子で、少女は嗤い出す。声と共に、右腕に奇怪な瞬きが強くなっていく。

 やがて、頭部の砕けた死体を放り捨てて、少女は極彩色と黒が混ざり合う世界に消えていった。

  

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