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「了解。さぁ、踊ろうぜ!『エクスカリバー』ッ‼」


 桜花の咆哮と同時に右腕から黄金の光が発せられ、少しの間、闇を駆逐する。光に押され、ヴェードは絶好の好機を活かせなかった。

 光が収束した時、桜花の右腕には一本の剣が握られていた。

 黄金の柄には、幾つかの宝石と思しき装飾が施されているが、決して華美な印象を抱かせずに気高く輝き、その刀身は一点の曇りもなく闇を切り裂いて白銀の煌めきを放つ。

 伝説を抱いた剣を構え、桜花は跳躍から斬撃に繋ぐが、二肢で立ち上がった獣は両の腕でそれを受ける。即応して刃を戻し、フェンシングの要領で強烈な突きを相手の胴に見舞う。

 腕に刻まれた傷より深い物を作る事に成功したが、致命傷には至らない。

 突き刺さったエクスカリバーを支点に、身体を旋回させて蹴りを放つも、頭を下げられ大きく空振る。

 空振って無防備となった桜花に、ヴェードは牙を突き立てようと口を大きく開く。

 真っ当な選択をしていては不味いと判断した桜花は、エクスカリバーを相手の身体に突き刺したまま、一瞬浮遊した後に地面に転がる。背中を激しく打ち付け、痛みに顔を顰めながら立ち上がると、剣から苦情がとんだ。

「おい! いくら何でも手離すのが早すぎんぞッ!」

「仕方ないだろ、組み立てミスったんだし……。とりあえず、お前もよろしく頼む」

「しゃーねーなぁ。『体艤装イミラフト』ッ!」

 声と同時に、彼の手に握られたエクスカリバーは粒子となって分解されていき、剣としての形を失う。ヴェードから二、三メートル離れた所に粒子は収束し、人間の形を構成し始めた。


 一際目映い光を放って粒子も消滅した時、そこには飾り気のない、荒事とはてんで無縁に見える白のワンピースに身を包んだ少女が立っていた。 

 どうでも良い事だが、靴は履いていない。

 金色の髪は腰にまで届きそうなくらいに長く、蒼の目は一点の迷いもないかの様に澄み渡り輝く。

 良く出来た人形のように整った容貌の少女は、桜花の方に向き直り、愛らしい唇から美しい声で先程と変わらぬガラの悪い言葉を吐きだす。


「んで『体艤装』したけどさ、こっからどうするんだ?」

「分かってて聞いてるよな? いつも通りだ。それとも、役割を入れ替えるか? メチャクチャ嫌だけど、エクスが望むなら俺は別に構わない」

「笑えないジョークを言うなよ。アタシはエクスカリバーだ!」

「はいよ。それなら、しっかり頼むッ!」

 何らかの合意を交わして、二人は再始動。ヴェードの反応も十分以上に速かったが、先手を取ったのは桜花だった。

 獣人の剛腕をすんでのところで躱して懐に潜り込み、体重の乗った右ストレートを放つ。

 鍛練と、エクスの装備で強化された身体能力によって、小型の異形ならば吹っ飛ぶ威力を持った一撃も、この大きさが相手ではそのような効果は望めない。

 事実、ヴェードは僅かに身体を揺るがせたが、行動不能になるほどのダメージは受けておらず、逆に返り討ちにせんと拳を放つ。

 弩から放たれたも同然の一撃は、しかし桜花に届かない。振るわれた剛腕は絶叫と共に歪な放物線を描いて彼方へ飛んでいく。

 エクスが手に持った剣『アルマイド』でヴェードの右腕を斬り飛ばしたのだ。痛みで出鱈目な動きを取り始めた獣人から二人は飛びずさって後退する。


 桜花の顔は青く、エクスの顔は明るい。


 短期決戦を狙いたい相手には、桜花が囮として敵の注意を引き、隙が生まれた所をエクスの高威力の攻撃を叩きこむ。そんな組み立てが出来上がっている。相棒との力量差を考えれば妥当な着地点なのだが、桜花にとっては心臓に悪い事この上ない。

 全力でこちらを殺しにかかっている相手を、適度に攻撃しながら逃げ回る事を楽しめる人間がいるのなら教えて欲しい。彼は常々そんなことを思っている。

「いい加減変更を申し込みたいぞ……」

「アタシより強くなったら考えてやるよ! それより、注意を戻しな!」

「――のわっ!」

 強靭な後肢によって一瞬で距離を詰めたヴェードの回し蹴りを、首を傾けて避ける。擦過で桜花の頬が少し裂け、血が滲む。すかさずエクスが仕掛け、追撃への移行をさせまいと動いた事で、辛くも落命は免れる。

「取り敢えずは平和的解決をだな……」

 仕掛けで生まれた隙を活かし、桜花は激しく動き回りながら絞殺用の強化ピアノ線を、ヴェードの身体に巻き付けて縛り上げ、無力化を図った。

 かかった、と内心快哉を叫んだが、次の瞬間に自らが感じた浮遊感で、それが過ちであると気付く。筋力の優劣が予想以上に大きく、拘束した筈の自分が振り回される事態に陥りつつある。

「手ぇ放せッ! 桜花の力じゃこの個体は無理!」

「……畜生! これ結構高かったんだからなッ!」

 しみったれた言葉を吐きながら、桜花はピアノ線を手放して宙を舞い、ゴミ溜めに突っ込む。 

 図っていたのであろう、ヴェードの流れるような追撃を躱しつつ、低位置からの蹴り。

 やはり桜花の力では軽いのか、あまりダメージを受けている様子はない。

 深追いはせずに、桜花はみっともない姿勢ながらも射程から逃れ、ヴェードの背後に立つ。

 これで、一応挟み撃ちの体勢を取る事が出来た。

「ここからが本当の勝負、って奴だな」

「桜花、息が荒いぞ」

「……言うなよ。カッコつけの文化って奴を理解してくれ」

 二人と一頭は激しく打ち合い、事態は膠着の態を見せ始め、流れは混沌とし始めた、様に見えるかもしれない。

 が、このまま事態が進展しても堂々巡りでは済まず、自分達が敗北する可能性の方が高いと、桜花は内心歯噛みする。

 警官に渡した連絡先からの援軍は、到着までもう少しかかる事は間違いない。それまで二人が保つかと問われれば若干怪しい物がある。

 桜花は無論『体艤装』で人の姿をとっているエクスにも、そう遠くない内に限界が来る。そうなれば再び剣の姿に戻った彼女を持ち、一人で対峙する事になる。

 万全の状況なら何か間違いを期待できたかもしれないが、現状起こりそうにない。 

 ならばどうするか? の問いに対しての答えはすぐに出た。

 どんな手段でも良い、ケリを付けるのだ。

「――行くぜッ!」

 腹をくくった桜花は、ヴェードに向けて一直線に走り出す。同時にエクスも構えたが、ある程度接近したところで、それ以上距離を詰める事なく、静観の姿勢を取った。

 回避の意思も何もない突撃を選んだ桜花に、ヴェードは余裕を持って拳を放った。

 二者の影が重なる。何かが砕ける鈍い音。ごふっ、という妙な呼吸音が響く。そして、インパクトの瞬間と同時に、神速で放たれた黄金の剣閃が世界を走る。


 決着はここで付いた。


 上下の半身を腰で真っ二つにされたヴェードは、ゆっくりと目の光を失って行き、地面に崩れ落ちた。ダメージに耐え切れずに先に倒れていた桜花が顔を上げると、斬撃を放ち終えたエクスが、悠然と剣を自らの鞘に収めている光景が目に飛び込んでくる。

 何も言わなければ、非常に美しい光景であり、ずっと見ていたくなる。

 本人の口からマシンガンの様に飛び出してくる言葉で、そんな感情は粉砕されるのが毎度のオチなのだが。


「今日も決まったな、アタシの剣術!」

「相変わらずイカレてるな」

「イカしてんのさっ!」

「はいはい。……次は俺に被害が及ばないように一撃必殺を開幕から放ってくれよ」

「そうして欲しけりゃ、アンタがもっと強くなるこった。アタシは、どうもアンタの成長に力が依存しているようだしな。アーサーぐらいに強くなってくれよ」

「……前向きに善処してやる」

 気の抜けた、しかし桜花の方は少し含みを持った、やり取りを交わしていると、騒々しい足音が聞こえてきた。先程の警官と、対異形機関の構成員だ。

「お、おい大丈夫か⁉ 血塗れじゃないか!」

「あー大丈夫、これヴェードの血が殆どです。それより肋骨が何本か砕けててそっちのが……」

「不味いじゃないか! 今すぐ病院に……」

「高原警部、抑えてください。彼は我が機関所属の『適合者』です。通常の医療機関が禁忌であるとの通達を目にしておられる筈ですが……」

「しかしだな……」

「心配すんなおっちゃん、桜花の傷ならアタシと寝れば一発で治るからさ!」

 一気に周囲の空気が冷えるのを、桜花は感じた。意味としては大体正解なのだが、絶望的に言葉のチョイスが不味い。

「……そ、それじゃあ、課題があるんで、俺もう帰ります。回収部隊の皆さん、後はよろしくお願いします!」

 絶望的にこの場に居づらくなった故に、脱兎のごとく桜花は走り去っていく。

「馬鹿かっ! 誤解を招く言い回しをすんなよ!」

「事実を言ったまでだ! アタシは悪くないからな!」

「悪いに決まってんだろ! 大体お前は――!」

「そーいう桜花だって!」

 走りながら元気に罵り合いを行う彼らの姿が完全に見えなくなるまで、その背中を見つめていた高原は、呆けたように回収部隊の見張りの者に問いかけた。

「彼の言っていた……、そうエクスカリバーと言うのは本当なのですが?」

「えぇ。彼は我が日本に於いて『雷切』『人間無骨』に次ぐ、三人目の武器への適合者、即ち『継承者インヘリター』という訳です」

「伝説上の存在でしかないと言われていたエクスカリバーが実在し、そして今日まで残っている。尚且つ適合者が日本人というのは、なかなか信じ難いお話ですね……」

「我々の現場に出ない上層部であったり、政治家といった類の人々は彼を認めてはいませんがね。カルト的人気を誇るアーサー王の遺物が、日本の一介の高校生に使われているなど、到底認められる訳がないとイギリス側から結構言われてますし」

「なるほど……」

 らしさが見受けられない、緩いやり取りをしているせいか、あまり感じ取る事が出来なかったが、彼らは自分が思っていた以上に複雑な存在のようだ。

 ならば何故、そのような組み合わせが生まれたのだろうか? エクスカリバーをあのような少年にいきなり託すなど、この国の体質から考えると有り得ない。高原の頭の中ではこのような疑問が浮かび上がる。

 しかし、この場に直接関係のない話を聞きだそうとするのは、憚られるだろう。極めて真っ当な判断を下した事で、抱いた疑問は解消されることは無かった。

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