1:聖剣×高校生=?
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「あーうん何ですかね。俺、そんなに信用出来ない……ってそりゃそうですよね、やっぱり」
夜の街の裏通りで、一人の少年と警官が対峙していた。
季節が冬と春の中間点であると示す半端な温度の風が、二人の髪を揺らす。警官は自らの常識に基づいた判断で、少年の言葉に困惑したように頭を掻いた。
「……信用しろ、と言われても君の容姿では、無理がある気がするんだよ」
「言われてるぞ桜花! 御託並べてないで、とっととアレ見せりゃいいだろ!」
どこからか声がして、警官がぎょっとして周囲を見渡す。そんな姿を見ながら、声に桜花と呼ばれた少年は顔を顰めながらも、市内の公立高校の制服の上に羽織っている、華奢な体に全く不似合いなライダースジャケットのポケットから、小さなカードを取り出した。
身分証明の類だろうと、警官はそれを覗き込む。刻まれていた見慣れぬ単語に、少し顔を顰めた。
対異形特務機関「強行遊撃部」
適当に切った感が丸出しの黒髪とあまり男らしさを感じない中性的な顔。未成熟な言動と噛み合わない、夜の街と物騒な肩書きの組み合わせを受け、警官は首を捻ったまま。
名乗った効果はどうにも薄い。
自分という存在が持つ要素が、何から何まで説得には適さない事は痛い程理解しているし、相手が応じてくれない事にも慣れつつある。いきり立って掴みかかって来ないだけ、目の前の警官はまだ理解してくれている方だと、桜花は小さく息を吐く。
「君が例の機関の人間だとしても、だ。相手が相手だ、警察としては君一人で事態を解決させるという結末をあまり望まない、というのは理解してくれるかな?」
事態を発見しておきながら、易々と手柄を他に独占される結果は、組織として好ましく思わないのは当然の話。だが、桜花個人の感情から言えば、この警官には無用の傷を負って欲しくはない。
これからやり合う相手が、警官の手に負えない存在と知っていれば、尚更その感情は強くなる。
「なら、あなたも一緒に戦いますか? リスクは抱える事になりますけど、これで手柄は半分になりますよ」
「そのような提案をしてくれるのはありがたい。一緒に行かせてもらうよ」
「なら決まりですね。お名前は――ッ!」
桜花が何かを察したように言葉を途中で切り、暗闇を睨む。世界が纏う空気が一変したような感触を、警官も抱いて身構える。
先ほどまでの停滞した空間にはなかった、鉄の臭いと、隠しきれない殺気が、二人を包み込んでいく。
ゆらり、ゆらりと、一種の儚さも感じさせる何かを纏いながら、それはこちらに近づいてくる。ただ、様子見の段階であるのか、まだ明確な攻撃体勢には移行していない。
隙だらけだが、なるべく騒ぎを大きくせずに済ませたい。故に、いきなり派手に動くのはよろしくない筈。慎重に、慎重に行かなくては――。
そんな桜花の思考を、銃声が中断させた。隣の警官が、腰に差していた拳銃を抜いて発砲したのだ。
装填されていた全ての弾丸が「それ」に命中。鉄の臭いが一気に濃度を増した。
見事な先制射撃を食らった相手は地面に崩れ落ち、微動だにしなくなった。
「……なかなか物騒ですね。普通警官がいきなり全弾発砲とかしますか?」
「君のような人間が出張る相手に、容赦は無用。違うかい?」
「間違っちゃいないけど……」
「おい桜花、何ぼやぼやしてんだ! アタシの出番、無くなったじゃねぇか!」
またしても聞こえてくる声を無視して、警官は再装填してもう一度全弾発砲。動かなくなった相手の急所に命中させてから、物体に向かって近づいて行く。
この手の現場に駆り出される警官の拳銃は、特別なチューンナップが施されているとは有名な話。十二発全て急所に命中しては、桜花の相対する相手も死んだ判断してもおかしくない。
だが、いや、やはりと言うべきだろうか。桜花は一瞬の僅かな動きを見て、走り出す。
「下がれッ!」
咆哮と同時に「それ」は背筋が寒くなる量の殺意を放出しながら、バネ仕掛けか何かと錯覚しそうな動きで四肢で立ち上がり、警官に喰らいつかんと牙を剝く。
予想外の事態に思わず反応が出来なかった警官と、化け物の間に桜花は割って入り、自らの右腕を突き出す。
ライダースの革を易々と貫いた牙は、その下の強化繊維で作られた制服も裂いた。
少量だが血の球が弾け、動揺した警官は叫び声をあげる。
「お、おい!」
「この程度ならすぐに治ります! 表に出て、ここに電話してください。コイツは、回収も俺達の領分になる!」
「わ、分かった!」
警官の姿が完全に消えた事を確認して、桜花は左腕でナイフを突き出し、反射で防御体勢を執った「それ」との距離を取って呟く。
「……近頃流行りの『ヴェード』か。何だってフランスの化け物がホイホイと日本に来るんだろうな」
「イギリス生まれのアタシが日本にいて、持ち主が日本人だ。化け物も世界が広くなってんだろ。『ぐろーばる化』ってヤツだ!」
声に苦笑を返して、桜花はライダースを脱ぎ捨てヴェードを睨む。暗褐色の毛で覆われた体躯は五メートルに届きそうなサイズで、紅く染まった犬歯が口腔からはみ出している。
人間程度、一噛みでバラバラに出来そうな獣を目前にしても、少なくとも表面上は動揺を見せなかった桜花は、声に向かって呟く。
「……やっぱりお前の力が必要になりそうだな」
「ったりまえだよ! さっさとアタシを開放しやがれ!」
「了解。……さぁ踊ろうぜ『エクスカリバー』ッ‼」
桜花の咆吼に答えるように、夜の町に黄金の光が生まれた。
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