第460話:允行の独白 中編

「もはや忍者に、父の理想を叶えることなどできない」


忍者を見守ってきた私の、結論だった。


この数百年、老いることもない体で忍者を見守ってきました私であったが、その間に何度、忍者を滅ぼそうと思ったことか。


しかしそのたびに私は、父の顔が頭に浮かんだ。


私の一存で、父の理想を終わらせて良いものかと。


しかしそれも限界であった。


父の理想を終わらせることもまた、私の生きる意味なのではないか。

当時私は、そう考え始めていた。


しかし、どうしても動き出すことが出来なかった。


私は次第に、死を考えるようになっていた。


おそらく、父との契約を破棄すれば、この黒い忍力に縛られた生を終わらせることが出来る。


そう結論付けた私を、思わぬ誤算が襲った。


何者かが、忍者を作り変えた。

おそらく、父の契約書を手にした者が現れたのだろう。


しかし、どうやって。


遥か昔、空白であった私の術の契約書に、1つの術が記された。


やくの術


それと同時に私の頭の中に、この術の情報が入り込んできたのを覚えている。


父の作り上げた契約書へと辿り着く唯一の方法であるこの術は、弟弟子達に与えられた術がひと所で全て使用されたときのみ使うことができる。


この術が無ければ、父の契約書に辿り着くことも、それを書き換えることも不可能なはず。


私は酷く狼狽えていた。

ただあの契約書を書き換えられただけでは、それほど狼狽えることはなかっただろう。


しかし契約書を書き換えられた者は、こともあろうか契約を破棄すれば忍者としての記憶を失うという内容へと契約書を書き換えていた。


契約の破棄によって死を迎えようと考えていた私にとっては、大きな誤算だった。


私の人生は、その全てが忍者と共にあった。

死を迎える直前にその記憶を無くせば、私は何者でもない者として死ぬことになるのだ。

私は、それが怖かった。


いや、それだけではない。

師と、父との記憶や弟弟子達との思い出を無くすことの方が怖かったのかもしれない。


いずれにしても私は、契約書を書き換えた者を看過できるはずもなく、あの契約書に辿り着いた者を探し始めた。


そして私は、1人の男に行き着いた。


雑賀平八


当時はまだ、甲賀と名乗っていたその男が、あの契約書へと辿り着いたのだと、遠巻きに雑賀平八を見た私は確信した。


血の力に胡座をかいていた弟弟子達の子孫達は、近年益々その傲慢さに磨きがかかっていた。


しかしあの男は、契約忍者の身でありながら、血の契約者すらも寄せ付けない程の力を持っていた。

にも関わらずそれに驕ることなく力を磨き続け、それどころか他の忍者への教育にも力を入れていた。


私はあの男に興味を抱いた。


あの男こそが、父の、師の理想を現実のものとするのではないかと思ったのだ。


あの男にどうにか近付くことは出来ないか。

そう考えていたある日、私は1人の忍者と出会った。


私はいつからか、人の寿命が分かるようになっていた。

もちろん細かいところまでは分からないが、病気などはひと目で分かるようになっていた。


これも、黒い忍力の影響なのかもしれない。


そして私の出会った忍者も、ひと目見てもうじき迎えが来るであろうことがわかった。


本人もそれが分かっていたようであったが、少しもそれを気にすることなく、目を輝かせて生きていた。

私には眩しすぎるくらいに。


どうやらその男は、教師になりたてのようであった。


あの雑賀平八と同じ、教師。


私はどうにか、その男と入れ替われないかと思っていた。


しかしその男、思いの外優秀な忍者であった。

彼は、遠巻きに見張る私の気配に気付いていたのだ。


彼は、ある日突然、私へと話しかけてきた。


思えば当時、師の元を去ってから、人とまともに話したのは彼くらいなものだった。


気付けば私は彼と、友とも呼べる仲になっていた。

そして私の身の上を聞いた彼は、ある提案を私へと投げかけてきた。


彼の死後、自身に代わって教師になってくれ。


それが、彼の願いであった。


もちろん初めは固辞していた私も、彼の教師に対する想いに絆されてしまい、最後には首を縦に振っていた。


「平八様の考えた忍者育成のカリキュラムは素晴らしい!

しかし私は思うんだ。ただ忍者としての才能だけを教師である我々が見つめてスカウトするのでは、生徒達の可能性は伸ばすことが出来ない。


そこで私は考えた。

新入生から、必ず男女1名ずつ忍者部に入部させるんだ。才能なんでものは関係ない!入りたい生徒は、そんなことは気にせずに入れてあげたい!


それに・・・男女1名ずつ入れば、色々と面白そうじゃないか」


酒を飲みながらそう言う彼の表情は、どこか楽しそうであった。



そしてしばらくして彼は、死んだ。

私が殺したのだ。

病に苦しむ彼に頼まれて。


大学まで進学させてすぐに亡くなった母以外の身内がいない彼を、私は1人、涙を流して見送った。


こうして私は、湯川 湯治とうじとして教師になった。

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