第456話:洞窟内にて その3
弟子達の言葉を聞いていた始祖は、小さく頷いて允行を見つめた。
「この者達の言うとおりだ。結局人は、どれだけ待とうともそう大きく変わることはない。
しかし、だからと言って変わらないわけでもない。
お前もそう思ったからこそ、彼らをここまで導いたのではないか?」
そう言いながら向けられる始祖の視線は、重清達へと注がれていた。
「・・・・・・・・」
始祖の言葉に、允行はただ無言で見つめ返していた。
「多様性、だったか。お前の働いている学校と言うものは、なかなか良いものではないか」
そう允行に言った始祖は、再びその目を重清達に向けた。
「私は、君達のことも見ていた。君達は、自身と違う他者を、虐げることなく受け入れた。私は、君達のその可能性を信じたい」
始祖の言葉に、重清達の頭には1人の少女が浮かんでいた。
2中忍者部の一員であり性別違和の少女、優希。
男の体に生まれながら心は少女である優希を、重清達2中忍者部一同は当たり前のように受け入れていた。
長い間忍者の、人の弱い心を見つめていた始祖にとっても、重清達のその行動は心打たれるものだったのだ。
「忍者の未来は、君達にこそ託したい。この契約書を―――」
そう言いながら始祖は、『始祖の契約書』と呼ばれる書を重清達へと差し出した。
「父上っ!」
しかし始祖の言葉を遮るように、允行は叫んだ。
「私が、今のお前にこれを渡すと思うか?
私はまだ、忍者の可能性に掛けたいのだ」
允行へと笑いかけた始祖は、そう言って言葉を続けた。
「允行。もう、私の理想のために働く必要はないのだ。お前はこのままここに残り、我らと共に生きてもよいのだぞ?
お前が不死となったのも、元はと言えば私の責任でもあるのだからな」
「しかし・・・私はこの手を血に染めております。
皆と共に生きるなど―――」
「はっ!允行、あんた長く生きすぎて馬鹿になっちまったのか?」
これまで静かに正座していた
麟は、自身に向けられる
「允行。あんた、俺達が何を生業にしてきたかわかってんのか?
俺らは皆、親父の作った忍者なんだぞ?
依頼があれば、誰だって殺してきたんだ。
それこそ、あんたなんかよりも大勢な」
ま、あんたみたいに自分の考えでの殺しなんてしたことはないけどな、と言葉を続けて、麟は允行を見据えていた。
「ま、依頼があれば何でもこなす。私達も、父上の理想を実現するために必死だったからね」
他の弟子達も、口々にそう言って頷いていた。
「かく言う私も、お前達と出会う前から『草』として生きてきた。
この手を血に染めた数ならば、この中では最も数は多いであろうな」
始祖もまた、そう言って允行の肩へと手を置いた。
「自身の願いのために1人の命を奪ったお前と、無感情に何人も黄泉へと送った我ら。
どちらが罪なのであろうな」
美影の父、雑賀兵衛蔵のことを言われていると気づいた允行が俯いていると、
「いや、どっちもどっちだろ」
目の前の優しそうな彼らが、当たり前のように人を殺したと言い合っている状況において、恒久は居心地の悪さを感じながらも、恒久は静かにつっこんだ。
「まあそう言ってくれるな。もう昔の話だ。我らとて、生きるのに必死であったのだ」
(生きるためならば、人を殺してもいいのかよ)
その言葉を飲み込んで、恒久は小さく頷いた。
食べる物にも、寝る場所にも困ることなく恵まれた環境に育った恒久や重清達には、彼らの苦労など知る由もないのだ。
だからこそ重清達は、始祖やその弟子達を否定することも出来ずに静かに聞いていた。
「允行。お前がこのあとどうしたいかは、自分で考えよ。いずれにしても、今のお前にはこれを渡すつもりはない」
そう言って、始祖は自身の作り上げた『始祖の契約書』を再び重清達へと差し出した。
「だが・・・
始祖のその言葉に、重清が反応した。
「あの、さっきも『正式な』方法って言ってたけど・・・もしかして正式じゃない方法でここに来た人が、いる?」
(さっきから全然話が進まないな)
始祖は心の中で呟きながらも、重清の言葉に頷いた。
「そうだ。君は確か、彼の孫ではなかったかな?」
「あぁ、やっぱりか」
始祖の言葉に、重清は納得したように頷いた。
「知っていたのか。そう。ここへ唯一辿り着いたのは、甲賀平八と名乗る忍者であった。後に、雑賀と名乗っていたようだがな。
しかしあの男、なかなかに面白い男であったな。
ここへ辿り着く唯一の方法は、私が弟子達へと渡した術、『
そのはずなのだが・・・・
まさかあの様な方法でここへ辿り着くとはな」
始祖はそう言って苦笑いを浮かべて、言葉を止めた。
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