第430話:甲賀アカ 対 甲賀都

(あんなおばあちゃんと戦うことになっちゃった)

都に言われるままにその前へと進み出ながら、茜はじっと目の前の相手を見つめていた。


雅の様子から、雅が目の前の老婆を恐れていることは茜にも理解できた。

これまでの会話から、雅はこれまで幾度となく都からその態度や礼儀の無さを叱られてきたことは容易に想像が出来た。


おそらく、何度も注意を受けていく中で、それまで誰からも叱られることの無かった雅にとって、都の存在は恐怖の対象になったのだろうと、茜は結論付けていた。


そう、ただそれだけなのだと、頭では理解していた。


しかし茜は、目の前の杖に体を預けなければ立つこともできないような老婆に、恐怖にも似た感情を抱いていたのだ。


普通ならばあり得ないと決めつけるものであったが、茜は違った。


女の勘と呼ばれるこの世で最も恐ろしい超直感が、茜に警鐘を鳴らしていたのだ。

茜はそれを無視するほど、愚かではなかった。


(ほぉ。警戒を緩めない、か。中々面白い子だねぇ)


そんな茜に、都は驚きながらも感心していた。


そんななか、雅が茜へと声をかけた。


普段、みーちゃん、あっちゃんと呼び合う雅と茜であるが、修行の場においては、雅様、茜と呼び方を変えている。


オンとオフをしっかりと分ける2人なのだ。


そんな雅が茜をそう呼んだその瞬間、茜の中にうず巻くあいまいな感情が確信的なものとなった。


これは、ただの勘違いなどではない。

目の前の老婆は、雅が恐れるほどの力を持つのだと、茜は理解した。


茜が緊張した面持ちでいることに満足したように、雅は頷いた。


「流石は茜だね。気付かなければ先に教えるつもりはなかったが、あんたの考えている通り、これからあんたが相手にしようとしているのは、正真正銘の化け物さ。

こと体の力の扱いにかけては、あたしよりも数段上だよ」

「まったく。人を化け物呼ばわりするなんて、失礼な子だよ。私はただ、ひとつのことにしか集中出来ないただの老いぼれだよ。

どこかの誰かさんみたいに、術を作る才能なんてかけらもない、ねぇ」

都はそう言いながら微笑んで、茜にウインクした。


「それはわたしも同じです!忍者の大先輩の胸、借りさせていただきます!」

「いい返事だねぇ。気に入ったよ。雅ちゃんの弟子にしておくのは惜しいくらいだよ」

茜の元気な声に笑みを浮かべた都は、そう言うと両手を杖にかけたまま、じっと茜を見つめた。


「さて。じゃぁ行かせてもらおうかねぇ」

そう言った瞬間、都の姿はその場から忽然と消え、そこには杖だけが立ったまま残されていた。


「カランっ」

杖の倒れる音が茜の耳に届いたのと同時に、その肌があわ立った。


突如感じた背後からの気配に、茜は咄嗟にその場から上空へと飛び上がった。


「くっ!」

しかしその脚に捕まった都もまた茜にぶら下がったまま上空に舞い上がり、そのまま掴んだ脚ごと茜を地面へと投げつけた。


茜は空中で体勢を整えて着地すると、都のいる上空に目を向けた。


「い、いない!?」

「こっちだよ」


背後からの声とそんな同時に、茜の背に衝撃が走った。


「がっ―――」

茜は声を漏らし、吹き飛びながらも近くの木に直撃する直前に体をひねり、その木に足をついて着地した。


(なんて、重い一撃なの!?)

痛む背に悲鳴を上げたい衝動を抑えながら茜は、顔を上げた。


都はその場に腰を曲げたままじっと佇み、茜を見つめていた。


「ちょっと、力を入れすぎたかねぇ。まだ若いあんたには、ちと荷が重すぎたようじゃのぉ。

どれ、スピードを抑えるから構えなさい。

使える術は、何でも使うんだよ?

私に一撃当てたら、あんたの勝ちにしてあげようじゃないか」

そう言って祖母のように優しく笑う都の姿に、茜は僅かながら怒りを覚えた。


都に対してではない。

自分自身にだ。


そして、思い出した。

自分が何故、強くなろうとしたのかを。


隣に立ちたい男の優しい笑顔を思い出した茜は、


「わたしは、こんな所で立ち止まる訳にはいかないっ!!」

そう叫んで忍力を放出させた。


茜から立ちこめる赤い忍力は、遥か上空まで巻き起こると、そのままその体と拳を包み込んでいった。


火鎧かがいの術と、炎拳えんけんの術を発動した茜は、身構えたまま都を見据えた。


「面白い。老いたとはいえ、体の力を得意とする甲賀に、接近戦を挑もうとするなんてね。

やっぱりあんた、面白いねぇ」

都は楽しそうにそう言うと、曲がった腰を伸ばし、構えた。


「さぁ、おいで。あんたの力、見せてみなさい」

その都の言葉と同時に、茜は地を蹴って都に向かって走り出した。

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