第429話:雅も恐れる
声のした家の方へと茜が目を向けると、中から老婆が姿を現した。
腰は曲がり、杖に身を任せてフラフラと、そしてゆっくりと歩きながら出てきた老婆は、茜が少し力を込めただけでも倒れそうなほどに弱々しい印象を茜に与えた。
「おかしいねぇ。今、『まだ生きていやがった』と聞こえたような気がしたんじゃが・・・」
首を傾げながらそう言う老婆に、いつも不遜な雅の態度が一変した。
「いえいえ、滅相もございませんよ
そう慌てたように言う雅を、茜は驚きの目で、見つめていた。
相手が誰であろうとも、決してへりくだることの無いあの雅が、これほどまでに下手にでているのだ。
弟子の茜にとっても、雅のその姿は初めてのことなのであった。
そんな弟子の様子に気が付いた雅は、茜へと近付いてそっと耳打ちをした。
(あれは甲賀本家の先々代当主、都様だよ。
「あれまぁ。人前で内職話だなんて関心しないねぇ。それに・・・最近耳が遠くなったかねぇ。『化け物』だなんて聞こえた気がしたけどねぇ」
弟子への耳打ちを遮るように言う都の言葉に、雅は背筋を伸ばして姿勢を正した。
「まさか!まだまだお元気そうで、何よりだと言っていただけですよ!」
「そうかい?それにしても雅ちゃん、相変わらず礼儀がなっていないねぇ。こういう場合、まずは目上である私に弟子の紹介をするのが筋ってもんじゃないかねぇ」
(バッチリ全部聞こえてんじゃないかい!このクソババアがっ!)
「『クソババア』ぁ??」
(心の声まで聞こえてんのかいっ!!)
雅の心を見透かすように鋭い視線を送る都に、雅は心の中でつっこんだ。
あの雅が、つっこんだのである。
普段の傍若無人さから
そんな雅を
「まぁ、雅ちゃんの礼儀がなっていないのは、今に始まっまたことじゃないけどねぇ。それで、そっちの子があんたの初めての弟子ってわけかい?」
そう言いながら都は、茜へと視線を注いだ。
突然自身に向けられた視線に、茜は姿勢を正して一礼した。
「は、はいっ!申し遅れました!わたしは、雑賀雅の弟子、甲賀アカと申します!」
そんな茜に、満足そうに頷きながら都は茜へと微笑んだ。
「雅ちゃんの弟子にしては、しっかりした子じゃないかい。雅ちゃん、良い子を捕まえたねぇ」
そう言った都の表情が、急に厳しいものとなって雅に向けられた。
「それで雅ちゃん。ウチのバカ孫がおかしな事を言っていたようじゃが・・・」
そう言いながら睨みつける都の視線に、以蔵は身を縮こませた。
「甲賀に伝わる術が欲しいなどと、本気で言っておるわけじゃあるまいね?」
都の冷たい視線に体を強張らせながらも、雅はじっと、都を見つめ返し、
「いいえ、本気です」
そう、都へと返した。
「ほっほっほ。雅ちゃんともあろう者が、自分の力で敵を屠ろうともせず、敵の言う事をただ聞くつもりなのかい?」
「・・・・・・・・」
都の言葉に雅は押し黙り、チラリと茜に目を向けて微笑んだ。
「もう、あたしが出しゃばる時代じゃないんですよ、都様。
後のことは、弟子や孫に任せたいと、そう思っているんです」
雅がそう言うと、都はじっと雅の瞳を見つめ、笑った。
「雅ちゃん、大人になったねぇ」
大人っていうか、もう婆さんだけどな。
その場に恒久が居たならば確実にそうつっこみたくなるような事を言いながら、都は母親のような表情で雅に笑みを向けた。
「あんたがそう言うんなら、私も考えてあげなくもないけどねぇ・・・」
都はそう言って、茜へと目を向けた。
これまで1度たりとも弟子を取ろうとすらしなかった雑賀雅が初めて弟子にした少女に、都は興味が湧いていた。
そんな言葉を欲しいままにするあの雑賀雅の弟子とは思えぬほどに純粋で、礼儀正しいその少女を見つめていた都は、その眼差しを鋭いそれへと変えた。
「アカ、といったかねぇ。雅ちゃんが未来を託したあんたの力。私に見せてもらおうかねぇ」
都の相手を射殺すかのような視線に怯みながらも対峙する茜の横で、
(はぁ。そうきたかい。まぁ、あたしが相手させられなくて良かったけど)
と、雅は師とは思えぬほど身勝手なことを考えながら、小さくため息をつくのであった。
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