第421話:悲しき邂逅

話は少し遡り、ゴウ達と離反した琴音を、美影が追っていた頃。


「ちょっと待ちなさいよ!このまま逃げるの!?」

走る琴音の背に、美影が声をかけた。


「うるさいっ!あの人達が全ての忍者を消滅させる気がないのなら、私は、私の力でそれを実行してみせるの!」

涙を浮べながら振り向く琴音は、美影に叫び返した。


「なんで・・・あなたは何でそんなに、忍者を憎んでいるの?」

そう琴音に問いかけた美影の体は、小さく震えていた。


気丈に振る舞ってはいるものの、美影の中にはまだ、琴音に重傷を負わされた記憶恐怖が色濃く残っていたのだ。


それを乗り越えるべく琴音との一戦を願った美影であったが、琴音と拳を交えるほど、その恐怖は強くなっていた。


愛情、憎悪。


琴音の中に渦巻くその相反する感情を、拳を介して美影は感じ取っていた。


美少女と呼ばれる程の美しさを持つ美影が、もちろん憎悪など向けられたことなどはない。


そして家族からの愛や弟からの歪んだ愛情は受けていても、琴音ほど真っ直ぐに純粋で、そして悲しい愛情もまた、美影は経験したことが無かった。


その一方が重清に、そしてもう一方が自身を含めた忍者の全てに向けられていることは、美影にもわかってはいた。


それでもなお、美影には分からなかったのだ。


同じ忍者である重清に対してそれ程の愛情を向けながらなお、なぜこうも忍者を憎むのか。


そんな美影の疑問に応えるかのように、琴音はひと睨みした。


「忍者なんかがいなければ、私は重清君を騙すこともなかった!重清のことを好きになって、それでも酷いことをすることもなかった!」

涙を流しながら叫ぶ琴音の姿に、『八つ当たり』という言葉を飲み込みながらも美影は、琴音をじっと見つめた。


「そのことは聞いているわ。だけどそれは、ロキって教師に言われたからなんでしょう!?」

「うるさいっ!貴方に何がわかるのよっ!」

美影の言葉に、琴音は叫び返してうつむいた。


「・・・わかってるわよ。これがただの八つ当たりってことくらい。でも、もう私には、これ以外に自分を保てる方法がないのよ!!」


「やはり、お前だけは私の思想によく似ている」

琴音の心の叫びの直後、琴音の背後からそんな声が聞こえてきた。


突然の声に琴音と美影が声のした方に目を向けると、そこに立っていたのは、1人の老人であった。


「ななななな、なによ!?ああああああなた誰よ!?」

突然現れた老人に、美影はひとり、焦っていた。


どうやら、未だに突然のことに混乱する癖は治っていないようである。


そんな美影とは対照的に、琴音はその老人をじっと見つめていた。


「あなた確か・・・3中の?」

琴音が尋ねると、3中忍者部元顧問、トウが頷いた。


「そうだ。風魔、いや、今は甲賀コト、か。甲賀コトよ、お前は、お前だけは、私の思想に付いてくることができるようだな」

トウはそう言って琴音を見据えた。


「思想?さっきもそんなこと言ってましたけど・・・何を言ってるのかしら?

そもそもあなた、こんなところに何の用―――っ!?」

琴音はそう言いながらも、トウの体から溢れる忍力に目を奪われた。


「そ、それは・・・」

「これで分かったか?私はお前のお仲間と同じ力を持っている」

黒い忍力の放出を止め、トウが言うと、


「仲間なんかじゃないわ、あんなやつら。あいつらは、自分達だけは生き残ろうなんて考えている、卑怯者よ」

琴音は憎々しげに、トウへと鋭い視線を投げかけた。


「うむ。やはりお前もそう思うか。それでこそ、私の思想に従えるものだな」


「ちょっとあなた達!私を置いて2人で盛り上がらないでくれる!?」

ナチュラルに美影を放って話を進めるトウと琴音に、美影が詰め寄った。


「雑賀本家、兵衛蔵の娘か。大きくなったな」

トウはそう言いながら、美影へと目を向けた。


「またお父様のことを・・・せっかく乗り越えた悲しみを、わざわざ掘り返さないでもらえないかしら?」

やっと落ち着き始めた美影はそう言いながらトウを睨みつけた。


しかし直後、彼女の心は大きく揺さぶられることになる。


「そう言うな。私こそ、お前の求めていた相手だぞ?あのゴウなどではなく、な」

「え?」

トウの言葉に、美影は言葉を失った。


「お前の父、兵衛蔵を殺したのは、私だと言っているのだ」

「なっ!?」

トウの言葉に、瞬時に怒りが頂点へと達した美影は、その場を飛び退きながら構えた。


「がっ・・・」

しかしその直後、美影よりも速くその背後に回ったトウの手刀が美影の首へと触れ、美影はそのまま意識を闇へと落とした。


倒れ込みそうになった美影の手を掴んだトウは、その体を琴音へと放り投げた。


美影の体を無言で受け止めた琴音は、トウの言葉を待つかのようにじっとトウを見続けていた。


「そいつを拘束しておけ」

「いきなり命令?私、あなたの言うことを聞く理由がないんだけど?」


「私が、忍者を消す方法を知っているとしてもか?」

「っ!?」


トウの言葉に、琴音はたじろいだ。


「で、でも、重清君は始祖の契約書を継いでなんかいないって・・・」

「ふん。あの契約書は、受け継がれるようなものではない。私が望んでいたのは、雑賀平八があの契約書へと辿り着いた方法だ。

残念ながら、その方法も引き継がれてはいないようだったがな」


「だったら、どうやって忍者を消すのよ!?」

「雑賀平八の方法は、いわば裏口。あの天才にしかできんことだ。だが、あの契約書に辿り着く方法は、他にもある」


「ほ、本当でしょうね?嘘だったら、ただじゃおかないわよ?」

「ふっ。嘘と裏切りは、お前の方が得意なのではないか?」

そう言って笑うトウに、琴音はただ怒りのこもった目を向けるのであった。

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