第422話:もう1人の

「姉上がついていながら、何故美影が連れさらわれたのですか!!」

『喫茶 中央公園』に、雑賀本家当主、雑賀六兵衛の声が響いた。


「うるさいねぇ。あんたが叫んだところで、事態は変わらないだろうが」

弟の言葉に、雅は面倒くさそうに茶を啜って答えた。


一見気にしていない様子の雅ではあったが、弟の言葉通り、自身がいながら允行の思い通りに事が進んでいることに、雅の内心では忸怩たる思いがあるのも事実なのである。


雅「アケ、この茶に合う和菓子なんて置いてないのかい?」


・・・事実ったら事実なのである。


「みーちゃん、少しは空気を読んで」

連絡を受けて駆けつけた茜が、そっと雅を窘めた。


「ちぇっ。分かったよ」

愛弟子から叱られた雅は、そう言うと小さくなって手元の湯呑を口元へと運んでいた。


(おぉ・・・あの姉上を嗜めるとは・・・)

その様子に驚きの目を向けていた六兵衛は、


「じゃなくて!!孫の命がかかっているこんな時に、和んでいる場合ではないのですよ!?一体どうするおつもりなのですか!?」

再び雅へと叫んだ。


「どうするったって・・・先方さんのご希望を叶えるしかないだろうね」

「あの術を、ですか・・・私は構いません。それで美影の命が助かるのならば。しかし、雑賀以外の者達が、簡単に協力してくれるとも思えませんが・・・」



「あの術って、なんなんだろうね?」

雅と六兵衛の会話を聞いていた聡太が、重清へと声をかけた。


「シゲ?」

しかし重清は、それに反応することなくぼ〜っと宙を見つめていた。


(琴音ちゃん・・・)

重清は、琴音が允行と共に去った時のことを思い返していた。



時は琴音が允行の背後から姿を現した頃に遡る。


「こちらには人質が2人いる。これで、私の言うことを聞く気になっただろう?雑賀重清」

美影を担いで現れた琴音に視線を送る重清に、允行は声をかけた。


「私も、人質なわけね」

允行の言葉を聞いた琴音は、小さく呟いてその身を震わせていた。


それは人質であることに恐怖を感じたからではない。


『自分の力で忍者をこの世から消してみせる』などと言っておきながら、結局は自身の想いを果たすためには、ただ人質としてしか何もできない自身の無力さに怒りを感じていたからであった。


そんな琴音は、


「行くぞ」

そう言って歩き出す允行の背を見つめ、重清へとその視線を向けた。


「この子、いつも物語のお姫様みたいね。襲われたり、さらわれたり。それに引き換え私は、いつも悪役。しかも下っ端ね。私も、重清君のお姫様役になりたかったな」

そう言って小さく微笑むと、允行の後を追って走り去っていった。


その後、残された面々は雅に連れられるように『喫茶 中央公園』へと集まり、現在に至るのである。



「シゲ?」

ぼ〜っとしている重清にかけられた聡太の声に、


「え?あぁ。なに?」

重清は気のない返事を返した。


「シゲ。田中さん琴音の事が気になるのも分かるけど、美影さんのことも心配してあげてね」

「わ、分かってるよ。おれだって、美影の事は心配してるって」

心の中を見透かされたような聡太の言葉に、重清はそれを誤魔化すかのように答えた。


「雑賀以外がどう反応するのかは分からないが、頼み込むしかないだろうね」

六兵衛の心配も理解できる雅は、そう言いながら重清へと目を向けた。


「重清。あちらさんはお前をご指名だ。

おそらく、言外にあたしたち大人は手を出すなとも言っているつもりなんだろうがね。

あんた1人に、美影の命を背負わせて悪いとは思っているが―――」

「いや、おれは大丈夫。美影は、いつもおれなんかのことを好きって言ってくれてるし、おれだって少しは、それに応えないとね」

重清はそう言うと、小さく笑った。


「でも・・・」

重清は言葉を続けながら、周りを見渡した。


「トウさんが言った術って、おれしか契約しちゃダメなのかな?

最低でも、伊賀はツネの方が良いだろうし、出来ればソウと茜くらいには、手伝ってもらいたいんだけど」

そう言って向けられる重清からの視線に、聡太、恒久、そして茜は強く頷いた。


「まぁ、1人でとも言われてはいないし、重清の案に賛成だね。みんなも、やる気のようだしね」

重清の言葉に、雅も頷いて答えた。


「じゃぁ、俺は親父と伊賀本家に行くわ」

恒久がそう言って手を挙げると、


「あぁ、頼んだよ。もしも宗時伊賀家当主が断ったりしたら、あたしが直接乗り込むと伝えな」

雅はニヤリとした笑みを恒久へと向けた。


「脅しじゃねぇか」

つっこみ番長恒久は、静かに雅へとつっこんだ。


「あっちゃんには、あたしと甲賀本家に来てもらおうかね」

「わかったわ」

雅がそう言うと、茜は静かに頷いた。


「じゃぁ、ぼくは風魔、かな?」

「あぁ、頼んだよ。ノリ、聡太君についていってやりな」


「分かりました」

雅にノリが頷き返していると、


「あの、俺にも何か、手伝わせてください」

そんな声が、『喫茶 中央公園』の入り口から聞こえてきた。


「そ、反男おりお君!?」

聡太の声に反応した重清が入り口に目を向けると、そこには2中忍者部で捨て忍の烙印をおされた、松本反男が立っていた。

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