第420話:允行

「やはり、貴方は忍者を消すつもりなのですね」

雅へと答えていた允行に、ノリが問いかけた。


「あぁ、そのとおりだ。私はこれまで何百年も、師や兄弟弟子達と作り上げてきた忍者の行く末を見てきた。だがいくら見ていても、お前達忍者は師の理想とする忍者へと変わることはなかった。

もう、待つのにはいい加減飽きたのだよ」

そう言って允行が指を鳴らすと、その体がみるみる変化をおこした。


「ふう。久しぶりに術を解いたな」

そう呟いた允行の姿は、これまでの根来トウの老いたものではなく、若々しく、ノリ達の見慣れない姿となっていた。


「トウさん、その姿は・・・」

「これが私、允行の本来の姿だ。私が長い年月を生きる中で、唯一身につけた『変化の術』によって、本物の湯川湯治とうじの姿を借りていたのだ。

わかるか?お前たちには想像もつかない程の年月を生きてなお、たった1つの術しか使うことのできない悔しさが」


「待ってください!今本物の、とおっしゃいましたね!?

トウさんは、本物のトウさんはどうしたのですか!?」

「本物の湯川湯治は、死んだ。私が、この手で殺したよ」

悪びれる様子もなく、允行はノリへと答えた。


「な、なんてことを・・・」

「何を怒っているのだ?お前と出会った頃の湯川湯治は、既に私だったのだぞ?お前と本物の湯川湯治には、何の思い出もありはしないではないか」


「そんなことを言っているんじゃない!」

ノリは、叫んだ。


彼にとって目の前の允行は、確かに本物の湯川湯治ではなかった。

しかし彼にとっては、それでもこれまで目をかけてくれた先輩であり、平八の次に平八の次に目指す教師であった。


決して忍者としての才能に恵まれていない3中の生徒達を、しっかりと教育し、その生徒達からも慕われる様子を、ノリはこれまで何度も見てきたのだ。


そのトウが本物ではなかったことではなく、その手を血に染めているという事実に、ノリは少なからずショックを受けていたのであった。


「人をあやめることなど、別に珍しくもないではないか。雑賀平八が協会長になる前は、お前達忍者にとっても当たり前のことだったではないか」

允行はそんなノリに若干戸惑いを覚えつつも、努めて冷静にノリへと答えた。


允行の言うとおり、ひと昔前の忍者にとっては、人を殺めることもまた依頼として認められていた。


事実雑賀平八や雅も、幾度も依頼によって命を狙われており、雑賀本家の当主拝命も、人の命を狩ることが条件となっていたのである。


しかし、雑賀平八が協会長となった際、忍者への依頼の抜本的な改革がなされた。


殺人が、認められなくなったのである。


これに対してはかなりの反発が起きたものの、雑賀平八と雑賀雅という最強の夫婦を止めることが出来る者などいるはずもなく、それは認められたのである。


ノリも、もちろんその手を血に染めたことなどなかった。

彼が忍者として一人前になった頃にはまだ、平八は協会長ではなく、したがって殺人もまだ依頼に含まれていた。


しかしノリは、師である平八の教えもあって、人の命を対象とする依頼を避けていたのだ。


それは、ノリ以外の平八の弟子達にも言えることであった。


雑賀平八の一番弟子と呼ばれる甲賀オウが、協会に所属しながらその立場が微妙であることも、『依頼を選り好みする殺人は断る』という彼に対する評価が大きな原因となっていたのである。


そんなノリにとって、殺人とは、忌避すべきものであった。


それを、これまで敬意を抱いていたトウ允行は、平然と語っている。


その事実に、ノリはただ悲しみの目を允行に向けることしかできなかった。


ノリの悲しげな瞳を見つめていた允行は、そっとノリへと笑みを向けた。

その顔には、どこか寂しそうな色が浮かんでいた。


そして、允行はそれを振り払うかのように口を開いた。


「さて。雑賀平八の方法では、始祖の契約書にたどり着くことは難しそうだ。

仕方がないが、本来の方法を使うとしよう」

そう言った允行は、これまで完全に蚊帳の外にいた重清へと目を向けた。


シゲ「ちょ、トウさんこっち見てるぞ」

ソウ「いや、あの人、トウさんじゃないからね?っていうか、人を殺した悪い人だからね?」

ツネ「おい、この話は『殺す』とか言わないのが唯一の良いところだったじゃねぇかよ」

近藤「いや、お前恒久なんの話ししてんだよ。っていうか、この状況でも呑気に話してるお前らに、敬意の念すら抱くわ」


允行に向けられた視線に戸惑いながらも無駄話をし続ける重清に、允行が声をかけた。


「雑賀重清。お前に命令する。雑賀、風魔、伊賀、甲賀の本家が最古より保有する術、そして今なおどこかに眠る、もう1つの術、その5つを、お前が集めるのだ」

「は?なんでおれが?っていうか、なんであんたの命令なんか聞かなきゃいけないのさ」

当たり前のように言う允行に、重清が不満そうに言い返した。


「ふっ。そういう横柄なところは、祖母似だな。

しかし雑賀重清よ、これを見てもまだ、私の命令を拒否できるかな?

出てくるがよい」

重清へと言った允行が自身の背後に声をかけると、そこから1人の少女が姿を現した。


その少女は、気絶したもうひとりの美しい少女を担いでいた。


「こ、琴音ちゃん!?」

美影を担ぐ琴音を見た重清は、声を上げた。

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