第416話:夢にしがみつく男

花園が聡太達と話していると、突然ユキは目を見開き、ゴウへと叫んだ。


「親父っ!こいつは、『始祖の契約書』について何も引き継いでなんかいない!話が違うじゃないかよっ!」

普段の間延びした声でないその言葉には、ユキの焦りが表れていた。


しかしそんなユキの言葉にも動じることなく、ゴウは小さくため息をつくと、


「やはり、そうであったか」

小さく呟いた。


「そんなぁ〜。それじゃぁ、私達以外の忍者を消滅させること、出来ないじゃないのぉ〜」

ユキの言葉聞いた花園が特に気にするでもなく笑っていると、


「ちょっと待ちなさいよ!そんなの、聞いてないわよっ!」

美影との戦闘を途中で止めていた琴音が、花園の前へと飛んできた。


「あらぁ、コトちゃ〜ん。どうしちゃったのぉ?そんなに怒っちゃってぇ〜」

怒りの形相を浮かべる琴音に、挑発するかのように花園は笑みを向けた。


「あなた達は、全ての忍者を消すために動いていたんじゃないの!?だから私は、協力していたのよ!」

「えぇ〜、私に言わないでよぉ〜。私ぃ、ほとんどあなたとの関わりなんて無かったんだからぁ〜」

花園はそう琴音に返しながら、聡太に支えられて立つドウへと目を向けた。


「コト、すみません。カオの言うとおり、我々の真の目的は、我々以外の忍者を消すことです。騙していてすみません」

聡太に敗れ、意気消沈していたドウは、そう言って小さく頭を下げていた。


「私を騙したのね!?」

そうドウに睨んで叫ぶ琴音に、


「コトよ、ドウを責めるな。全ては儂が指示したことだ」

ゴウが静かに、しかし威厳ある声で琴音を諭した。


琴音はゴウをひと睨みすると、そのまま1人、その場から立ち去って行った。


「・・・・琴音ちゃん・・・」

その後ろ姿を見た重清は、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いていた。


「さて。少し騒がしくはなったが、お陰で皆、戻ってきたようだな」

重清と同じく琴音を見送っていたゴウは、辺りを見回して言った。


ゴウの言うとおり、ドウは聡太に連れられて、恒久と激しい攻防を繰り返していた近藤は遠巻きに、ゴウへと目を向けていた。


「は?カオルン?なんでここにいるんだ?」

1人状況を飲み込めない恒久は、聡太へと声をかけた。


「あとで説明する」

聡太のそんな言葉に頷いた恒久も、静かにゴウへと目を向けた。


「ユキ、先程の話は、本当なのですか?」

沈黙を破るように、ドウがユキへと声をかけた。


「ほ、本当だよぉ。っていうか親父ぃ、もうこの記憶、雑賀重清に返すぜぇ?俺には、耐えられねぇよぉ」

ユキがそう言ったのと同時に、重清は白い世界で起きたことを


「おぉ、なんかすげー変な感覚」

突然戻った記憶に、重清が呑気な声を出していると、


「お前、どんな神経症してるんだよぉ。あんな地獄絶望経験して、なんでそうも平気でいられるんだよぉっ!」

平八との手合わせの記憶から起きた絶望に膝を震わせながら、ユキは重清へと叫んでいた。


『記憶移植』で記憶を重清に返し、平八との手合わせの記憶を失っているにも関わらず、今なおその心に残る圧倒的な絶望に、ユキは涙すら浮かべていた。


「なんでって言われてもな。ま、キツかったけど、大好きな人じいちゃんと会えて、嬉しかったからじゃないかな?」

重清は、そんなユキに笑ってそう答えた。


「重清!そんなに私と会えて嬉しかったのね!?」

重清の言葉に、何故か美影のテンションが上がっていた。


「美影。話がややこしくなるから、ちょっと黙ってようね」

顔を赤らめている美影に、ため息混じりに重清がそう返していると、


「もぉ〜。少しは緊張感を持ってよぉ」

花園がそう言いながら、重清の前へと歩み出た。


「忠移の言うことが本当ならぁ、もう始祖の契約書で忍者を消すことは難しそうよねぇ。だったらぁ―――」

そう言った花園は、重清へと拳を振り下ろした。


「あらぁ、古賀先生。邪魔しないでくださいよぉ。もう私には、これしかないんですからぁ」

花園の拳を受け止めたノリに、花園は微笑みを返した。


「花園先生、もう諦めてください」

「諦めろぉ?そんなことぉ、あんたに言われたくないわよぉ。こうなったら、私はこの力で、忍者を1人ずつ消してあげるわぁ〜。古賀先生、まずはあなたから、死んでくださいよぉ〜」

花園は笑みを浮かべたままそう言うと、体の力の込められた拳でノリを殴りつけた。


花園の拳を防ごうともせずその顔に受けたノリは、そのまま吹き飛び、近くの木へと激突した。


「はぁい、これで忍者1人消滅ぅ〜」

花園がグッタリしているノリを見つめて笑っていると、ノリは口から血を流しながらスッと立ち上がった。


「あ、あらぁ。古賀先生、意外と丈夫なんですねぇ」

「俺を殺そうとしたな、花園先生」


「そのとおりよぉ。殺意を向けられるのは初めてなのかしらぁ?」

ノリの言葉に嘲笑の笑みを向けた花園に、ノリは強い眼差しを向け、一歩踏み出した。


「なっ・・・」

次の瞬間には自身の目の前にいるノリに、花園は開いた口が塞がらなかった。


忍術の使えない彼女は、これまで必死に体の力を鍛えていた。

その体の力から繰り出されるスピードは、忍者に勝るものだという自負が、彼女にはあった。

しかし目の前の男は、そんな自身のスピードをも軽く超えるほどのものであったことに、花園は驚いていた。


そんな花園に、ノリは手を突き出した。


「くっ!」

自身を超える程のスピードを生み出す体の力による攻撃に、花園は構えた。


しかし花園にノリの拳は届くことなく、花園は構えを解いて、ノリに目を向けた。


ノリはただ、手を突き出して頭を下げ、止まっていた。

そして、歓喜にも似たノリの叫びが、あたりに響き渡った。


「花園先生っ!俺と結婚してくれっ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る