第402話:雑賀平八との手合わせ
「だぁっ!!もう心が折れるっ!!」
真っ白い世界に、重清の悲痛な叫びが木霊する。
「重清、諦めるのが早すぎるぞ?」
重清の大忍弾の術をいとも容易くその拳で破壊した平八が、笑いながら重清へと声をかける。
平八の突然の提案により、2人が手合わせを始めて1時間程が経過していた。
平八の忍力の溢れるこの真っ白い世界では、重清の忍力も瞬時に回復するらしく、2人は忍力が尽きることなく戦い続けていた。
重清は始め、平八との手合わせにほんの少しだけ歓喜していた。
誰もが天才と認める雑賀平八に、そして大好きなじいちゃんに、自身の成長を見てもらえる、と。
しかしそんな重清の喜びは、瞬時にして消え失せた。
今、重清の心にあるのはたった1つの結論である。
(じいちゃんとの手合わせ、ばあちゃんとの修行よりもキツい!)
重清にとって雅との修行は、圧倒的なまでの暴力に対する恐怖が全てであった。
いや、それは重清だけではなく、雅の息子や孫達全員に共通する認識である。
それは、普段雅を慕う麻耶にも言えることであった。
唯一、雅との修行に恐怖を感じていないのは、その愛弟子である茜だけであった。
そこには、初めての弟子である茜に対して、雅が孫達よりもほんの少しだけ力を抑えていることも理由としてある。
しかしそれ以上に茜には、誰よりも向上心があった。
圧倒的なまでの暴力、もといその強大な力を目標とする茜にとって、雅の力は敬意の対象でしかない。
そんな雅の力に、何故皆が恐怖心を抱いているのか、茜にはわからないのである。
そんな彼女の疑問には、茜と仲の良い麻耶でさえも、若干ながら引くほどなのである。
しかし、重清にとってはそんな雅との修行よりも、今の平八との手合わせの方がこたえていた。
雅の修行が恐怖の権化であれば、平八との手合わせは、絶望の一言に尽きる。
それが重清の出した結論であった。
どれだけ決死の攻撃を仕掛けても、平八はそれを平然といなし続けた。
これが雅であれは、その圧倒的な実力差に油断し、時折孫達の攻撃を受けることがある。
とはいえ、ダメージは一切通ってはいないのだが。
しかし、あの雅に一撃を当てることができたという充実感を、孫達は修行の中でほんの少しだけ感じることが出来るのだ。
それ以上の恐怖で、上書きはされるが。
しかし、平八の辞書に油断などという文字は存在しない。
中学生である重清の攻撃であろうとも、平八は冷静に力を見極め、僅かな忍力だけでそれらの全てを破り、防ぐのだ。
そんな相手に対して、重清が充実感などというものを感じるはずもない。
そこにあるのは、ただ絶望なのだ。
どこまで登ろうとも辿り着ける気のしない
「あっはっは!孫とまともに手合わせなんてはじめてだよ!楽しいね、重清!」
そして、こんな言葉と共に向けられる満面の、そして余裕溢れる笑みが、重清の心を更にえぐった。
ちなみにこの平八の言葉どおり、平八は生前、孫と、そして息子達とも、手合わせはしたことがなかった。
『実戦は、雅の方が合っているから』
そう言って、平八はこれまで息子や孫達に、技術面の指導のみを行ってきたのだ。
そのため、平八の今のテンションは非常に高くなっている。
更に、自身を超えてくれると信じている重清が相手なのである。
『良いところを見せたい』という想いが、平八のテンションを更に上げ、重清の攻撃の全てを華麗に捌く要因となっていた。
そしてこの重清の心を折る手合わせは、時間にして丸5日ほど続いた。
重清の心が完全に折りきれる直前に、重清が疲れたと
さすがの重清も、最終日となった5日目には、絶望に対してかなりの耐性がついていた。
しかしもちろん、平八との手合わせが重清の成長に与したのは、それだけではない。
重清の相手は、天才忍者であると同時に、現代忍者教育の第一人者なのである。
平八は意図せずして重清の心を折りながらも、術の練度、そして力の使い方が成長するように仕向けていた。
その結果、チーノとの修行によって力の使い方を高めていた重清は、更にそれに磨きをかけることになった。
それだけではない。
術の練度が高まったことにより重清はなんと、契約したばかりの『百発百中の術』の本来の力を引き出すことにまで成功していた。
その結果。
「ぐぁぁっ!!」
手合わせ初日には軽くいなされていた大忍弾の術が、遂に平八を捉えたのであった。
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