第397話:雑賀家末席当主、決定
「みんな、ご苦労だったね」
そう言った雅が、手合わせを終えた孫達と、息子、義理の娘達の前へと立った。
その手には、麦茶の入ったワイングラスが収まっている。
どうやらまだ、運動会気分から抜け出せていないようである。
ワイングラスから麦茶をひと飲みで飲み干した雅は、
「公弘、裕二、重清。前に来なさい」
そう言いながらワイングラスを宙へと放り投げた。
スッと消えたワイングラスを見た重清は、
「ばあちゃん、ほんとに何でもアリだな」
そう呟きながら立ち上がり、兄2人について一同の前へと進み出た。
「3人とも、よく頑張った。
公弘、あんたの作戦勝ちだよ。よく相手と味方の事を理解している。流石は
裕二、太の術に対抗する術を、よくあれだけ即座に選んだね。あたしの才能を受け継いでいるだけのことはある。
そして重清。なんか、色々頑張ったね」
「え、おれだけ講評が雑じゃね?」
「安心して、重清!あなたの勇姿は、私がこの目に焼き付けたから!」
重清の言葉に、美影が雅の隣から叫んでいた。
プレ「だってよ。よかったな、重清」
チー「雅、あなたが浩と戦っていたとき、麻耶の恋バナに聞き入っていたからね」
ロイ「雅ちゃん、恋バナに目がないからのぉ」
重清の不満気な声に、具現獣一同がフォローを入れた。
「いやフォローにはなってない」
重清がどこへともなくつっこんでいると、
「重清。あんたこんな時にも脱線かい?」
雅が呆れた顔を向けてきた。
「いや、今の絶対におれのせいじゃないよね?
そもそも、ばあちゃんが言い出したこの手合わせの途中で、自分が恋バナに脱線してたらしいじゃん」
「お黙りっ!」
言い返す重清の頭に、雅の拳が振り下ろされた。
「横暴だ!暴君!大魔王!永遠の乙女!」
「いや、最後のは悪口ではないよな」
頭を押さえながら叫ぶ重清の言葉に、プレッソが静かにつっこんだ。
その様子に、美影を除く一同が声を上げて笑いだした。
「え、なになに?そんなに笑うポイントあった!?」
突然笑い出す親戚一同に戸惑った重清は、キョロキョロと周りを見渡した。
「ホント、重清が話し出すとすぐに脱線するな。親父を見ているようだよ」
代表するように、平太が言った。
「あー、それはよく言われるね」
重清が苦笑いを叔父へと返していると、
「ほら、そろそろ本題に戻るよ」
笑みを浮かべた雅が、そう重清に声をかけた。
若干不服そうな重清を差し置いて、雅は重清達兄弟に目をやった。
「さて、あんた達3人が勝ったわけだが、当主は誰にするか、話し合いの時間が必要かい?」
雅のその言葉に、公弘が首を振って答えた。
「いや、その必要はないよ」
(だよねぇ。こういう場合、公弘兄ちゃんだよね)
(まぁ、長男だしな)
公弘の答えに、重清とプレッソが呑気に話していた。
そして重清と公弘、裕二は視線を交わして頷きあうと、同時に口を開いた。
「公―――」
「「重清で」」
「ちょぉーーーーいっ!!」
突然の兄2人の裏切りに、重清が叫んだ。
「ちょっと兄ちゃん達!なんでおれなのさ!?こういう時、普通公弘兄ちゃんでしょ!?」
重清の縋るような瞳に、公弘と裕二はニッと笑顔を向けた。
「「面倒くさい!」」
「またそれかよっ!父さんたちと同じ理由じゃん!」
兄2人に食って掛かる重清に、
「重清」
公弘が優しく声をかけた。
「俺はな、じいちゃんみたいな立派な教師になりたいんだよ。そしていつか、じいちゃんが作ったカリキュラムを超える忍者育成プログラムを、作りたいんだ」
「俺だってそうさ」
裕二が、公弘の言葉に続いた。
「俺は、誰もが必要とする凄い忍術を、これから作っていきたいんだ。ばあちゃんみたいにな。だから、当主なんてやってるヒマ、ないんだよ」
「いや、だからって・・・」
2人の言葉に、重清は言い淀んだ。
「だったら重清、お前には何か、やりたいことがあるのか?」
公弘は、じっと重清の目を見つめた。
「お、おれは・・・そう、おれは、全てを守る忍者になりたい!」
「「いや、そういう抽象的なのはいいから」」
「ぐっ・・・」
声を揃える兄2人に、重清は言葉を詰まらせた。
「なぁ重清。俺達はなにも、やりたいことが無いことを責めたいわけじゃないんだ。
むしろ、その年でやりたいことがある奴の方が少ないくらいだしな。
だからこそ俺達は、重清にいろんな経験を積んでほしいんだよ」
公弘が、最もそうな事を言うと、重清はそのまま押し黙った。
「「ってことで、当主は重清で」」
「では、次の当主は雑賀重清に決定する!」
「いや、ちょっと待っ―――」
雅の高らかな宣言に抗議しようとした重清の視界は、次の瞬間真っ白な世界へと変わった。
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