第389話:当主押し付け、もとい当主争奪戦 その2

「麻耶っ!」

怒りの叫びをあげた麻耶に、浩が声をかけた。


「あぁ、もうっ!!」

浩の言葉を聞いた麻耶は公弘と裕二を一瞥すると、これまで見事なほどに存在を忘れられていた太の元へと駆け寄った。


「落ち着け、麻耶。あの2人に勝とうとするな」

「だって浩兄さん、あの2人よりも私の方が強いって・・・」


「あぁ、言ったな。でも、勝てるとは言っていないぞ。

あの2人には、負けることはなくても、勝てることもない。俺も、な」


「え、浩兄さんも!?」

「あぁ。あいつら、まともな攻撃の手段は持っていない。ただ、公弘は判断力と周りを見る力で、裕二は人を食ったような術で、こっちの攻撃をひたすら避ける。

イライラしたら、あいつらの思うツボだ。まぁ、それもこれで終わりだけどな」

そう言った浩は、太へと目を向けた。


「太、準備はいいか?」

「こっちはいつでもいいよ」


「あいつらの力は大体把握した。

太の術に掛かれば、俺と麻耶で決着がつけられる。

麻耶、太の合図が出たら、2人でまず裕二を狙うぞ」

「裕二さんを?」


「あぁ。あいつらの中じゃ、裕二が1番の曲者だからな。先に倒しておいた方が良い。裕二のあとは、公弘。重清は後回しでいい」

浩がそう言いながら太へ目を向けると、太はコクリと浩へ頷き返した。


「じゃぁ麻耶、行くぞ。太、頼んだぞ!」

「任せてくれ!3人と具現獣は既にロック済み!喰らえっ!『弱化じゃくかの術』っ!」

重清達兄弟とプレッソに術を発動する太の目からは、大量の涙が溢れていた。


弱化の術


太の唯一、得意とする忍術である。

その効果はもちろん、対象者の弱体化である。


対象者の心・技・体、そして忍力の出力を強制的に抑えるこの術、作成者は太ではない。


太が高校生の頃、彼の所属する忍者部には同級生が他に2人いた。

1人は、いつも太を小馬鹿にする意地悪な男子、そしてもう1人が、この『弱化の術』を作り上げた女子であった。


太はこの女子に、密かに恋心を抱いていた。


だからこそ太は、この少女の願いを叶えることに協力したのだ。


もう1人の同級生、意地悪な男子に勝ちたいという願いを。


こうして2人は、術の開発に取り掛かった。


普段ならば絶対に避けたい雅へ協力を仰ぎ、雅のわかりにくい説明に耐え、それを少女に伝えながら2人は必死になって術を作り上げたのだ。


こうして少女は遂に、『弱化の術』を完成させた。

そして、作り上げられた『弱化の術』を使い、意地悪男子を打ち破ることに成功したのだ。


そんな少女の勇姿に、太の恋心は加速した。


そして・・・・


少女は、意地悪男子と付き合い始めた。


そう、太とではなく、意地悪男子と。


少女はただ、意地悪男子を振り向かせるために術を作り、そして勝負を挑んだのだ。


その結果意地悪男子は、それまでの態度を改め、そして自身を目覚めさせてくれた少女と、付き合うことになったのだ。


こうして太には、術を作ることに協力してくれたお礼にと契約を許可された『弱化の術』の術と、社会人となってもなお、仲の良い付き合いを続けている一組の夫婦だけが、残ったのである。


そんなどうでも良い思い出のある術を使う時、太はいつも涙を溢れさせていた。


『太君って、本当に良い人よね』


そんな少女の声だけを頭に響かせながら。



「か、体が、重い・・・それにしても太兄ちゃん、何で泣いてるんだろう」

『弱化の術』を受けた重清が、その動きにくくなった体でフラフラとしながら、太を見つめていた。


「重清、それどころじゃねぇって!麻耶達が向かってきてるぞ!」

呑気に太を気にしていた重清に叫びつつ、玲央は浩と麻耶、そしてチュウに対して構えた。


しかし2人と1匹は、重清と玲央を素通りし、裕二へと向かっていた。


「「あれ??」」

重清と玲央は、ただ呆然と立ち尽くして声を漏らしたのだった。



「へぇ。体の力を元にしていると予想してたけど・・・これ、心の力か。この発想、もしかしてばあちゃんの術だったりするのか?」

自身に向かってくる浩と麻耶を気にするでもなく、裕二は武具を片手にブツブツと呟いていた。


「まったく、集中すると周りが見えない癖は治せっていつも言っているのに」

公弘がため息混じりそう言って2人の前に立ちふさがり、鞭を麻耶へと向けて放った。


「きゃぁっ!」

公弘の鞭が足へと巻き付いた麻耶は、声を漏らしながらそのまま公弘によって結界の方へと放り投げられた。


「麻耶っ!」

浩がそう言って麻耶を救うべく走り出したのを見た公弘は、裕二へと声をかけた。


「裕二、どうだ?」

「ん?あぁ、兄さん、居たんだ。一応、解析はできた。これなら、対処可能だね」

公弘の言葉に、裕二は笑みを浮かべて返した。

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