第388話:当主押し付け、もとい当主争奪戦 その1
「じゃぁみんな、精一杯楽しませて―――じゃなくて、頑張るんだよ!始めっ!!」
雅のそんな言葉と共に、雑賀家末席の次期当主を押し付けあう、ではなく次期当主をめぐる、血で血を争う戦いが、フワッと始まった。
「うわ、ばあちゃん今、『楽しませて』って言ったぞ。楽しむ気、満々じゃん」
「んなこと言ってる場合かよ重清っ!来るぞ!」
呑気にそう言う重清に叫びながら、プレッソは『変化の術』で玲央の姿へと変わり、迫る麻耶の蹴りを避けて空中へと飛び上がった。
「チュウ、行って!」
蹴りを避けられた麻耶は、自身の具現獣であるハリネズミのチュウを具現化し、そのまま玲央に向けて投げつけた。
(行くぞ、プレッソ!)
(かかってこい!先輩!)
チュウの言葉に応じたプレッソは、空中で回転しながら発動されたチュウの『岩針の術』を、いつものように作り上げた足場を飛び回りながら避け始めた。
同じ頃、重清は炎を纏った剣を掲げて向かってくる浩の姿を見て、考えていた。
(おぉ、浩兄ちゃん、マジで勇者っぽい)
と。
そのまま一直線に向かってくる浩の剣をヒラリと避けた重清は、浩から距離を取ると自身の周りに水の弾丸を発現させた。
「『弾丸の術』、水弾バージョンだっ!!」
そう叫んだ重清は、水の弾丸を浩へ向けて放った。
(火の忍力なら、水で―――)
重清のそんな希望のこもった思いは、浩の剣の一振りで砕かれた。
「ウソん!?」
浩が向かってくる水の弾丸に剣を振るうと、弾丸は弾かれそのまま重清へと打ち返された。
「練度がまだまだだぞ、重清」
打ち返された弾丸をなんとか避けた重清のすぐ側まで迫った浩のそんな言葉と同時に、浩は重清の腕を剣で斬りつけた。
「うわっ!」
重清は声を漏らしながらも痛みに耐え、プレッソの作り上げた空中の足場へと飛び上がった。
中忍体ルールにより刃の潰された剣で斬りつけられたことによる、打撃の鈍い痛みの走る腕を抑えながら、重清は空中から浩を見下ろした。
「さすが、全国大会出場者。やっぱ強いわ、浩兄ちゃん。でも・・・ノリさんとか大将のじいちゃんと比べると、まだなんとかなりそう、かも」
重清は浩を見つめながら、ニッと笑った。
同じ頃の公弘と裕二はというと。
「いや~、麻耶ちゃんも強くなったね~。俺達じゃ、麻耶ちゃんの攻撃は捌けないな」
そう言いながら公弘は、手にした鞭をプレッソが空中に作り上げた足場に器用に巻き付けながら、さながらターザンのようにリングの中を縦横無尽に飛び回っていた。
「ほんとだよ。昔はあんな小っちゃかったのに。今じゃ俺達よりも強くなっちまってさぁ」
そう公弘に答えながら裕二は、リングの中を
裕二作忍術、『どこでも素潜りの術』である。
どんな場所でも、その術を使えば潜り、そして泳ぐことのできる術なのだが・・・今の問題はそこではない。
浩は裕二を、『雅の才能を受け継いだ』と表現していた。
しかし、それは大きな間違いなのだ。
裕二は、雅の術作りの才能と同時に、平八の悲しい才能を受け継いでいたのだ。
そう。術のネーミングセンスである。
『どこでも素潜りの術』
その名を聞けば、誰もがすぐにその効果を理解した。
そして同時に思うのだ。
(名前ダッセぇ)
と。
裕二は、父雅史同様、自身の作ったいくつかの術を、協会を通して有料で他者へと貸し出していた。
しかし父と違い、未だその貸出し総額は『小学生のお小遣い』程度に留まっていた。
その理由が、このネーミングセンスにあった。
術の名を聞き、その有用性に心動かされた者たちのほとんどが、そのあまりにもな術の名に、契約を思いとどまらせていたのだ。
もしも裕二にまともなネーミングセンスがあったならば、おそらく裕二は既に働かなくとも良いくらいの稼ぎを叩き出していたであろう。
しかし、雑賀平八の
だが裕二は、決してその
術の不人気さはあくまでも、自身の術作りの腕がまだまだ未熟だからだと、そう思っていた。
雅の才能を受け継いだ裕二は、日夜その才能の全てを『誰もが欲しがる素晴らしい忍術』作りに捧げているのである。
ちなみに、この日裕二からプロポーズされる予定の彼女は、そんな裕二のひたむきさに惚れたのだそうな。
それはさておき。
浩と裕二が現在逃げている相手、麻耶は、その額に青筋を立てていた。
自身の攻撃を、あっさりと、しかも無駄口を叩きながら避け続ける2人に、麻耶は内心イライラしていた。
「重清といい、この2人といい、ヘラヘラしながら私の攻撃を避けすぎなのよっ!!
この兄弟、ムカつくっ!!!」
麻耶のそんな叫びが、リングに木霊するのであった。
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あとがき
『小学生のお小遣い』程度、という表現を使っておりますが、いったい今の小学生はおこずかい、いくらもらっているんでしょうね。
なんて気になる、未だおこずかい制のおっさんでした。
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