第355話:それぞれ準備は万端

変化の術を使ったロイの体を煙が包み、そこからいつものように犬の姿へとその身を変えたロイが現れた。


しかしその風貌は、いつもとは少しだけ違う様相を呈していた。


「亀の、甲羅?」

その姿に重清がそう声を漏らしていると、


「左様」

ロイは若干のドヤ顔を浮かべた。

犬の、ドヤ顔である。


「これぞ儂の本気の戦闘形態よ。犬の機動力に、儂本来の防御力を持つ甲羅。とうだ?格好良いであろう?」

甲羅を担いだ格好のロイが、自慢気な顔を重清へと向ける。


「あぁ、うん・・・・」

(ものっすごい微妙だけどね)


心の中で呟きながらも、重清は曖昧に頷いてそう返した。


亀の甲羅を担ぐ犬である。


一体どこをどう見たら格好良いと思うのか、重清には分からなかったのである。


いや、ロイ以外にその感性が分かる者が、果たしているのか。

それは誰にもわからない事なのである。


「シゲ、準備はいいかしら!?」

そんな重清に、離れた場所からアカが声をかけてきた。


「あぁ、お待たせ!大丈夫っ!!」

重清はアカと恒久に目を向けてそう叫び、2人に対して構えた。



ところ変わって、その頃のソウと玲央プレッソ智乃チーノはというと。


「うにゃぁーーーっ!」

ソウのスマホレーダーの機能の1つである『追尾』により放たれた火砲の術から逃げながら声を上げるいたいけな幼児プレッソの姿があった。


(なんだろう。すっごい罪悪感)


その光景を見ていたソウは、そんな想いを抱きながらも気を取り直し、自身の腕に花を咲かせて離れた重清へと向ける。


そのまま花より放たれたその種は、重清に届くことはなかった。


「だめよ?重清は狙わせないわ」

花の種をその小さな手の平で掴んだ智乃が、幼い顔に妖艶な笑みを浮かべてソウを見つめていた。


「・・・・やっぱり、無理か」

ソウは苦笑いを返しながら智乃へと答えた。


「って、智乃!なにほのぼのしてんだよっ!助けよろっ!」

延々と放たれる火の砲弾から逃げ惑いながら、玲央は智乃へと叫んでいた。


「自分でなんとかしなさい!子どもじゃないんだから」

「オイラはまだ、1歳だぞっ!!」


智乃はそんなプレッソの言葉にため息だけを返し、ソウに肩をすくめてみせた。


「まったく。こういうときばかり、子どもとか言うんだから」

智乃は呆れ声で笑っていた。


「なんだか智乃、シゲみたいだね」

「ちょっとなによ突然」

ソウの言葉に、智乃は不機嫌そうな表情を浮かべていた。


「一応ぼくら、今戦ってるんだよね?なのにそんなに脱線して、シゲみたいだなぁって」

「それを言うんなら、『平八みたい』と言ってほしかったわ」


「いやぼく、平八さんのことよく知らないし」

ソウは頬を掻きながら智乃へと返した。


「えっと・・・それて、いいの?このままで」

ソウは苦笑いを残しつつ、智乃へと問いかけた。


「いいのよ。玲央には自分の力であなたの術から逃れてもらわないと」

「いや、そうじゃなくて。チーノはぼくに攻撃しないの?」


「私からは、やらないわよ。今はあなたが重清に攻撃しようとする時に、それを防ぐことにだけ集中するわ」


(・・・これは困った。ぼくはツネ達には加勢できないみたいだ。ごめんね、2人とも)


ソウは心の中でアカと恒久に謝りながら、未だ逃げ惑う玲央へと目を向けた。


それに釣られるように同じく玲央を見つめていた智乃は、


「はぁ。少しはアドバイスでもしてあげようかしら」

そう呟いて玲央の方へと歩きだした。


自身に背を向けた智乃を確認したソウは、そっと腕に巻き付いた花を重清へと向け、再び種を放った。


しかしその直後、小さな忍力の塊が花の種を撃ち落とした。


「まったく、油断も隙もないわね」

智乃が振り返って、小さく微笑んだ。


「お互いにね」

ソウはそれに苦笑いを返し、そう呟いた。


(さすがにチーノの感知からは逃れられないか。

ツネ、アカ、シゲの方は頼んだよ。

ぼくはちょっと、最強の具現獣に挑んでみるよ)


諦めに似た気持ちを懐きつつ、ソウは伝説の忍者の元具現獣と、ついでに親友の相棒の2人を相手にする覚悟を決め、玲央を攻め続ける『火砲の術』を解除し、2人に向かって歩き出した。

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