第338話:捨て忍

「辞めてもらったって・・・どういうことだよ!?」

恒久がノリへと迫った。


「どうって、そのままの意味だ」

ノリは表情を崩さぬまま、恒久に目を向けた。


「っ!?」

しかしノリの目には、明らかな怒りの色が浮かんでおり、恒久はその目に言い返すこともなく、言葉を失っていた。


「ちっ。こんなクソみたいな制度、お前らに話したくはなかったんだがな・・・」

ノリはそう言いながら、一同を座るように促し、彼らもそれに黙って従った。


「ここにいる何人かは、『捨て忍』って言葉を聞いたことがあると思う」

ノリがそう言うと、重清と聡太、恒久が頷いていた。


「え?あんた達、聞いたことあるの?」

そんな3人に、茜が声をかけた。


「うん。前に1回ね」

「そういえば、あの時はチーノも、あの黒い力について普通に語ってたよね」

重清が茜に返していると、聡太が不思議そうに、

重清の膝に乗ったチーノに目を向けた。


「・・・よく覚えてるわね、そんなこと」

チーノはため息をついて、聡太を見返した。


「あの時はまだ、あの力についてよく分かっていなかったからね。だからちゃんと、ノリにも情報を共有すべきだと思っていたのよ」

「ってことは、今はあの力について、よく分かってるってことか?」

チーノの言葉に、恒久が割り込んだ。


「いいえ。あの力については、未だによく分かっていないわ。ただ・・・」

「もしかして、あの時に言っていた、『昔感じたことのある』っていうのと、関係があるの?」


「・・・・聡太、察しが良すぎるわ。女の秘密にこうもズケズケと入り込むのは、あまり感心しないわよ?」

「え、あ・・・ごめんなさい」

俯き気味に言うチーノの言葉に、聡太はただ、謝っていた。


「まぁ、その話は一旦置いておけ。それで、その捨て忍ってやつだが・・・

甲賀ソリ、松本反音は、その捨て忍になった」

「ノリさん。まずはその、捨て忍ってのが何なのか、説明してくんねぇか?」

恒久は不機嫌そうな顔のまま、ノリを見つめていた。


「あぁ、そうだな・・・」

ノリは気まずそうにそう言うと、自身に向けられた視線を一望し、口を開いた。


「お前達も見たはずだ。松本は、忍者としての契約をしたにも関わらず、武具も具現獣も具現化しなかった。

極稀に、そういった事例が起きることがある。

その場合俺達師となる者達には、義務が発生する。

彼らの契約を破棄するという、義務がな」


「えっ!?本人の意思はどうなるんですか!?」

茜が声を上げて立ち上がった。


「言っただろ?契約を破棄する、と。そこに本人の意思は、関係ない」

ノリは茜に目を向けて、そう答えた。


「そ、そんなのって・・・」

言葉を漏らす茜から目を逸らしたノリは、続けた。


「我々は、こうして契約を破棄された者たちを総称して呼んでいるんだ。『捨て忍』とな」

「『捨て忍』・・・つまり、捨てられた、忍者・・・」

ノリの言葉に聡太が呟くと、重清が立ち上がった。


「そんなの、おかしいって!なんなんだよ、捨てるとか!やることもその呼び方も、全部おかしいよ!!」

「シゲの言うとおりだな。そんなクソみたいな決まりごと、ノリさんはおかしいと思わないのかよ!?」

続けて立ち上がった恒久は、ノリに非難の目を向けた。


「・・・・・・・・」

重清と恒久の言葉に、ノリは黙り込んだ。

しかしその拳は強く握られ、僅かながら血が流れていた。


血の滲む拳をノリは振り上げ、そのまま目の前の教卓へと叩きつけた。


教卓から発せられる強烈な音に、一同は身を縮ませながらも、ノリから目を逸らさなかった。


「おかしいと思わないのか、だと?思わねぇわけねーだろうが!

俺は教師だぞ!?俺達教師は、お前らの視野を、可能性を、広げる手助けをするのが仕事なんだぞ!


それを、上が勝手に決めたクソみたいな決まりだけで、あっさりと生徒を見捨ててるんだ!

俺は今、俺自身にどうしょうもなくムカついてんだよ!!」


ノリの心の叫びに、誰も声を発することが出来ないなか、重清の膝に座っていたチーノが、フワリとノリの前にある教卓へと着地した。


「ノリ、落ち着きなさい。あなたの師はどんな時も、そうやって怒鳴ったりはしなかったでしょう?」


「・・・・・・・・・・あぁ、そうだったな。

平八様は、どんな時も冷静だったさ。

けどなぁ、いくら平八様だって、俺と同じ状況になったら―――」

「同じよ、平八も」


ノリがチーノに言い返していると、それを遮るようにチーノは言った。


「なに?それはどういうことだ」

ノリはその言葉に、先程までの怒りも忘れてチーノを見つめていた。


「・・・・・・なんでもないわ。ただ、平八だってノリの気持ちは痛いほどわかる。それだけは言っておくわ」

チーノはそう言うと、そのままボンッとその身を霧散させ、重清の中へと戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る