第3話:約

師と別れた少年少女達は、森で狩りをしていた。


そんななか1人の少年が、仲間から外れて獣を追っていた。

食すためでなく、自身の力を示すためだけに。


彼は仲間の中で最も力が強かった。

だからこそ彼はこうして、時々師との約を守らず獣を徒に狩っていた。


他の者達は、誰もそれを咎めることはできなかったのだ。


力の強いその少年が、力で彼らをねじ伏せていたわけではない。

ただ、皆がその少年の好きにさせているに過ぎなかった。


また、彼らの中で最も心優しい少女が、力の強い少年が狩った動物を他の動物達に分け与えていたのも、師との約を違えたことに対する罪悪感を彼らから薄れさせていた。


そしていつものように、その日食するだけの動物を狩り、徒に狩られた命は他の動物達へと分け与え、彼らは師の元へと帰っていった。


そしていつものように、食事の準備をした。


しかし、食事の段になり、いつもと違うことが起きた。


師が箸をつけるのを待って、いつもならば真っ先に食事へ手を伸ばすはずの、力の強い少年が、全く動かなかったのだ。


師は、そんな少年に声を掛けた。


「どうした。いつもならば直ぐに手を伸ばすお前が、何故動こうとしない」

と。


「う、動けないのです」

力の強い少年は、身動き一つせず、師に答えた。


「なに?」

師はそう呟き、


「立ち上がってみろ」

少年にそう声を掛けた。


すると少年は、何事もなかったかのようにスッと立ち上がった。


少年の顔には、戸惑いの色が濃く浮かんでいた。

先程まで動かなかった体が、なんの問題もなく動いたのだから無理もなかった。


男は、そんな弟子の様子をじっと見つめた、少年に問うた。


「お前、私との約を違えたか?」

師の言葉に、力の強い少年は口を閉ざした。


他の者たちも皆、押し黙っていた。


そんななか、師である男を誰よりも敬愛し、また男から最も信頼されている1人の少年が、その場で頭を地へとつけ、声をあげた。


「申し訳ございません!その者は。師との約を違え、徒に命を狩りました。そして私たちも、それを誰も咎めませんでした」

そう言った少年に対し、男はただ頷いた。


そして、考えていた。


(どうやらあの書には、約を強固にする力があるようだ)


男はそう思いながら食事に手を伸ばし、周りを見渡した。


「どうした。私との約を違えたその者は、どうやら私の力により食事をとることはかなわんようだ。しかし他の者はそうではないだろう?早く食べるが良い」

男の言葉に、少年たちは従うことなく俯いていた。


「私は、食べません」

彼らの中で、最も弓の扱いに長けた少女が呟くと。


「ぼ、僕も・・・」

最も体の弱い少年も、小さな声でそう答えた。


「私も」

最も心優しい少女が強い眼差しでそう言うと、


「お、俺も・・・」

最も人の目を欺くことに長けた少年も、渋々ながら囁いた。


「ふむ。これはどういうことかな?」

男は、最も信頼する少年に目を向けた。


「私たちは皆、あの者の行動を咎めませんでした。であれば、私達も約を違えていたのと同じこと。だから誰も、食事に手を伸ばさないのです」

そう言った少年に、男は頷き、箸を置いた。


「そうか。であれば、今日の食事はここまでにしよう」

そう言った男に食って掛かったのは、力の強い少年であった。


「お待ちください!約を違えたのは私です。皆はただ、私の好きにさせてくれただけです。皆には食事を。それに、師まで食事を辞める必要は全くありません」

そういった力の強い少年に、師である男は笑いかけた。


「私はこれまで、お前たちに一方的に約を契らせてきた。約がどういうものか、教えもせずに。

約とは、対等の証なのだ。対等だからこと約を契り、それを違えれば相手の信頼を失う。約とは、そう言うものなのだ」

男の言葉に、力の強い少年だけでなく皆が真剣なまなざしで応えていた。


「今回のことは、そのことをお前たちに教えていなかった私の責任だ。これは、私自身に対する戒めなのだ」

そう言った男は、少年少女たちを見回した。


「これからは、このことを肝に銘じ、約と向き合え。どうやら私には、約を強固にする力が備わったようだ。今日のように約を違えれば、これからはすぐにわかるからな。そのことを努々忘れるな。それ以上に、私の信頼を、裏切らないでくれ」

男がそう言ってその場を去ると、少年少女たちはそのまま俯き、師の言葉を噛みしめていた。


その日以降、彼らは師との約を違えることはなかったという。

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