第2話:書
男についていく事を選んだ者たちは皆、孤児であった。
1人では生きていけないであろう彼らを男は引き取り、自身の知識を与え、育てたのだ。
男にとって彼らは、子であり、弟子であった。
そんな、まだ幼さの残る少年少女達6人と共に、男は草を抜けた。
自身の理想とする組織を作り上げるために。
誰の下にも付かず、ただ全てと対等な組織を。
しかし男の生まれた時代では、そのような存在は必要とされていなかった。
男の草としての実力を知る多くの者が、草を抜けた男へと声を掛けた。
皆、男の力を必要とする者たちであった。
しかしそんな彼らも、男が対等な関係を主張すると、差し出した手を引いていった。
皆、あくまでも男を自身の下に置きたかっただけなのであった。
時には表面上、対等な関係を認める者たちもいたが、約を契ろうとすると誰しもが尻込みした。
草ごときと約を契るなど、あり得ぬ、と。
仮に約を契ったとしても、男が約を盾に自身の主張を通そうとすると、そんなものは知らぬと約の存在を無視される。
そんな日々が、続いた。
それでも男は、弟子たちを食わせるため、必死に働いた。
必死に働けば、いつかは自身の想いが伝わるだろうと信じてもいたのだ。
しかしそんな日は、何年経とうとも来なかった。
男がいた草の者たちは、男の知識を元に勢力を拡大し、様々な場所で活躍し始めていた。
個としての力は男程無くとも、全としての力は、男と、たった6人の少年少女しかいない集団などとは比べるまでも無かった。
いつしか、男は誰からも必要とはされなくなった。
そして、男は気付いた。
草と同じ程度の力しか持っていない我々では、求められる事などないのだ、と。
そして男は、弟子達と共に人の寄り付かない森の奥へとその身を潜めた。
草とは一線を画す程の力を身につける為に。
しかしそれは、並大抵の努力でどうにかなることではないということは、男自身にもよく分かっていた。
草の者たちは、多大なる努力によってその力を身に着けていた。
それを大きくかけ離れるほどの力を身につける事など、普通では不可能だと、男は思っていた。
しかし、男の中には、1つの可能性があった。
自身の身が危険に陥った時、男の中から何か不思議な力が湧き上がる事があった。
その力を自在に操るとこが出来るならば、草よりも強大な力を身に着けることができるのではないか、と。
そして男は1人、何日も、何ヶ月も、静かに自身の中にある力と向き合った。
6人の弟子達は、それを支えるようにただ身の回りの世話をしていた。
誰一人として、男を疑うものなど居なかったのだ。
そしてある日、男は自身の中にある不思議な力を見つけ出した。
溢れ出るその力と向き合った男は思った。
この力は、強大すぎる、と。
この力があれは、荒れ果てたこの乱世の世を平定することすらも可能になる程の力が、男には溢れていた。
しかしだからこそ男は、その力を使うことを躊躇った。
こんな力を誰もが使うようになれば、世は平穏どころか、更に乱れることを、男は知っていたのだ。
この力は、忍び耐え、ひっそりと使う者にしか渡せない、と、男は考えた。
だからこそ男は、その力を直ぐに弟子達に伝えることはしなかった。
男は更に、その力と向き合った。
そんなある日、突然漢の手元に、1つの書が現れた。
男から溢れ出た力が形作った書であった。
何も書かれていないその書に男は首を傾げた。
そんな時、少年少女達が男の元へとやって来た。
これから狩りに行くのだという。
それは、いつもの光景であった。
男はいつも、出かける少年少女達と約を契っていた。
人を傷つけてはいけない。
食す以外の命は、とってはいけない。
と。
そしてその日も、いつものように男は、彼らと約を契った。
すると、男の手にあった書が光出し、彼らと契った約がそのまま、その書に記された。
それを見た男は、不思議に思った。
先程まで、何も書いていなかったはずの書に、いつの間に、と。
まさかと思いながらも男は、いつものように彼らに加えて言った。
もしも約を違えれば、その者は晩の飯を抜く、と。
少年少女達は、元気に返事をして、狩りへと向かって行った。
その背を見送った男が書に目を落とすとそこには、
『人を傷つけてはいけない
食す以外の命は、とってはいけない
約を違えた者は、晩の飯を抜く』
そう、記されていた。
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