第1話:草

『始祖の物語』



遠い昔、1人の男がいた。

男は、孤児であった。


物心がついたときには既に両親は無く、1人森で暮らしていた。


ある日、男は拾われた。


男を拾った老人は、自身を草と名乗った。


草老人は少年だった頃の男を小さな庵へと連れていき、育てた。

それだけでなく、自身の持つ様々な知識を伝授した。

同じ年の頃の者の多くが習得していない読み書きも、教えられた。

それだけでなく、狩りの方法や身を隠すすべなど、その内容は多岐にわたるものだった。


そして、ことあるごとに言った。

「この力で、人の役に立て。そして、この力は決して絶やしてはならない」

と。


また草老人は、様々な場面で少年と約を契った。

『人を無暗に傷つけてはならない』や『人をだましてはならない』など、様々な約を。


そしてそのたびに草老人は少年であった頃の男に言った。


「約を契るということは、お前と儂が対等だということだ。であればこそ、決して約をたがえてはならん。

約をたがえれば、儂からの信用をお前が失うことになると心得よ。

自身を信用する相手を、決して裏切ってはならん」

と。


時に厳しい草老人と暮らすその日々は、それでも男にとってかけがえのないものだった。


しかし、ある日男がその日獲った獲物を持って庵へと帰ると、草老人は庵の中で冷たくなっていた。


男の目に、生まれて初めて涙というものが流れていた。


それでも生きていかねばならない男は、ただ惰性で生きるようになっていた。


そんなある日。

男の元に、またしても草と名乗る者が現われた。


しかし、それは個としての名ではなく、全の名であるという。

そして相手は、男に「ついてこい」とだけ言った。


特に生きる希望も無かった男は、何も考えずについて行くことにした。


そして、言い渡される仕事をこなす日々が始まった。


その日々の中では、草老人から教えられた様々な知識が大いに役立った。

むしろ、草老人の知識はこのためにあったのではないかと思えるくらいだった。


ある日男は気づいた。

草老人も、元はこの草の者だったのではないか、と。


そこから、男は仕事に誇りを持つようになった。

草老人と同じ仕事ができるという想いが、男の心を熱くさせた。


そしてあるとき、男の心にはある目標ができた。


草老人が言っていた「この力は決して絶やしてはならない」という言葉。

自身もまた、草老人のようにこの力を絶やすことなく受け継いでいくべきだと考えるようになっていた。


その頃には、男は草の中でも飛びぬけた実力者になっていた。


しかしそれは、草老人から授かった知識だけがそうさせたのではなかった。

男は幼少期より1人だったために気付いていなかったが、男は身体力・技術・精神力が他の者とは比べられないほどに高かった。


それもあり、男は草をまとめる立場への上り詰めた。


上り詰めて初めて、男は気付いた。


草とはなんと、虐げられた存在なのかと。


草に命令を下す存在は、草と約を契ることなどしなかった。

それは、草を対等とみていないということだった。


そんな草の現状に、男は絶望した。

これでは草は、ただ食い潰されていくだけではないのか、と。


そして男は立ち上がり、宣言した。

「これより我ら草の者は、独立した組織となる」

と。


多くの者がそれに従うかに思えたが、そうはならなかった。


ほとんどの者は、男に従うことなくこれまでの草として働くことを望んでいた。


男は、再び絶望した。

自身の施した教育は、全く伝わっていなかったのだと。


そして、男は草を去ることを決意した。

1人で去るつもりだった男に、6人という僅かな人数の者が付き従うことを望んだ。

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