第301話:伊賀恒久 対 伊賀宗久

「さて。2人とも準備はいいか?」

忍術協会の修練場へと着いて早々向かい合った恒久と宗久に、宗時が声をかけた。


その隣では、やっと話の輪に加わることができた恒吉が、息子と本家当主のご子息が手合わせをすると聞いて、またしてもオロオロしていた。


一応宗時からは、

「2人を手合わせさせたいのだが、構わんか?」

と聞かれた恒吉ではあったが、そこは末席。


断ることなどできるはずもなく、ふたつ返事でOKさせていただいたのである。


そんな、父の様子を一切気にせず、恒久は目の前の相手に視線を向けていた。


そして、考えていた。


(あー、面倒くせー)

と。


(この場合、何が正解だ?さっさと負けて、本家様のご機嫌を取るべきか?)

恒久が構えながらそんな事を考えていると。


「あー、キミ。手は抜かないようにな。ちゃんと全力でやってくれよ?」

宗時がそう、恒久へと声をかけてきた。


(いやマジで。あの人宗時様絶対心の中読んでるだろ!)

恒久は宗時に頷き返しながら、そんな事を考えていると。


「おい雑魚。手を抜こうなんて、随分余裕じゃないか。末席のくせに、舐めたことしてんじゃねぞ?」

宗久が恒久を睨みつけながら、声をかけてきた。


「うわー、めんどくせぇー」

(はい、申し訳ございません、宗久様)


「あー、キミ。言ってることと思ってる事が逆になってるよ?」

宗時はそう言いながら、笑っていた。


「お前!末席の分際で俺にそんな口きいて、ただで済むと思うなよ!?」

恒久の言葉を聞いた宗久は、そう言って恒久に向かって走り出した。


「急に始まんのかよっ!!」


拳を振り上げて向かってくる宗久に、恒久は声を上げながらも身構えて、体の力を身に纏った。


同じく体の力を纏う宗久の拳を片手で制し、恒久はそのままもう片方の拳を宗久へと突き出した。


「ぐっ!」

宗久もまた、恒久の拳を片手で受け止めようとするも、その勢いを受け止めることが出来ず、そのまま後方へと飛んだ。


(どうやら体の力は、俺の方が若干強いみたいだな。とはいえ相手は本家。これで終わる訳はないんだろうけどな)


恒久は油断することなく、自身から距離を取った宗久を見つめていた。


「ちっ。これでも喰らえっ!」

恒久の拳を受け止めきることが出来なかったことに苛立ちを覚えながらも、宗久はそう言って手を前にかざした。


すると宗久の周りに、いくつものパチンコ玉が現れ、空中を漂っていた。


パチンコ玉はそのまま、勢いをつけて恒久へと向かいだした。

と、同時に。


「武具分身の術っ!!」

宗久は叫んだ。


分裂しながら向かってくるパチンコ玉を見つめながら恒久は、


(あいつバカなのか?わざわざ幻術使ってるって叫びやがったぞ)


そう呆れながらもパチンコ玉を見つめて、術を発動した。


(幻滅の術っ!)


伊賀家固有忍術、幻滅の術である。

伊賀宗時の説明によると、幻滅の術は対象が幻術であると分かっていれば、練度を無視して消滅させることが可能な術なのである。


対する武具分身の術は、心の力を元にした術であり、これも幻術に類するものである。


であれば、武具分身の術も、幻滅の術で解除させることがかのうなのである。


そう、恒久も思っていた。しかし。


「ぐぁっ!!」


向ってくるパチンコ玉は、1つとして消滅することなく、その全てが恒久の身を襲い、恒久は声を漏らしてその場に膝をついた。


「あっはっは!騙されやがった!」

恒久のその姿を見た宗久は、指を指して恒久を笑っていた。


「ちっ」

そんな宗久の笑い声に、恒久は舌打ちをしていた。


(クソ、わざわざ叫んだのはブラフってわけか。こんな手に引っかかるなんてな)


宗久がわざわざ術の名を叫んだのは、恒久にそう信じ込ませるためであった。

そしてそれにまんまと引っかかった恒久は、幻滅の術を使ってそれを解除しようとし、それが叶うことなくその身にパチンコ玉を受けることになったのである。


恒久は笑っている宗久でなく、簡単に騙された自分自身に怒りを覚えた。


そのまま立ち上がった恒久は、冷静になって宗久わ見返した。


(クールにいこう、クールに。俺は、いつだってクールじゃねーか!)


果たして、恒久がいつクールだったのか。

それは誰にもわからない事なのである。


1人心の中で盛大なボケをかましながらも、恒久はその手に刀を出現させて構え、宗久に向かって走り出した。


「はっ!俺相手に、幻刀げんとうの術かよ!いいぜ、付き合ってやるよ!」

そう言った宗久も、刀を出現させて恒久を迎え討った。



そんな2人の様子を診ていた恒吉は、


「いや〜、流石は宗久様!今のブラフ、素晴らしかったですね!」

と、宗時をヨイショしていた。

正確には、宗時の息子、宗久を。


「ふん。何が素晴らしいものか。末席如きにあのような卑怯な手を」

「あぁ、すみません・・・」


宗時の冷たい一言に、シュンとする恒吉なのであった。

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