第296話:プレッソの1日

とある平日の朝。


プレッソは1人、猫の姿で街を散歩していた。


重清が学校に行っている間、チーノは雅宅へ、ロイとプレッソは仲良く鈴木家でゴロゴロしていることが多いのだが、この日はロイが1人で出かけたため、プレッソは街へと繰り出したのであった。


「あーぁ。つまんねぇなぁ。重清の部活始まるまで、何するかなぁー」

プレッソがそう呟きながら歩いていると、道の隅に猫が集まっていた。


プレッソが何気なくそちらを見ると、どうやらいい年した大人猫達が、幼い子猫を虐めているようであった。


プレッソはため息をつきながら、その群れへと近づいた。


※ここからの会話は全て、猫語にて交わされている。

具現獣であるプレッソは、猫を含めた動物との意思疎通が可能なのである。


「おいお前ら。いい年していじめなんて、恥ずかしくないのか?」

そう猫達に声をかけるプレッソを、一際大きい猫が睨み返した。


「にゃにをぉ!?このコロタン様に、文句あるってのかにゃ!?」

片眼が傷で塞がれた猫、コロタンがプレッソを睨みつけた。


「コロタンて。見た目に反して可愛いな」

プレッソが笑いながら言うと、


「にゃんだと!?ワイが気にしてることを!お前ら、やっちまうにゃ!」

コロタンが怒りの声を出し、他の猫たちが一斉にプレッソへと襲いかかってきた。



そして数分後。


「わ、悪かったにゃ!もう勘弁してほしいのにゃ!」

ボロボロになったコロタンが、同じくボロボロになった他の猫達を庇いながらプレッソに頭を下げていた。


「お前ら、ここら辺の猫じゃないな?

このプレッソ様に喧嘩を売るなんて、ここいらじゃもう居ないと思ってたぞ」

プレッソが顔を洗いながら言うと、コロタンの表情が一気に険しくなった。


「プ、プレッソ!?アンタがあの、女帝チーノ様の側近中の側近、プレッソなのか!?」

コロタンとその仲間達が、畏怖の籠もった目をプレッソへと向けていた。


「じょ、女帝?あいつ、そんな風に呼ばれてんのか。

なんか、肯定しにくいけど、一応オイラがその、プレッソだよ」


「「「「すみにゃせんでしたにゃぁーー!」」」」


プレッソが嫌々ながらもコロタンの言葉に頷いたのと同時に、コロタンとその仲間たちは一斉にそう言って、耳をたたみ、尻尾を脚下へとしまって小さくうずくまっていた。


猫の、服従のポーズである。


「ワイら、ここに来たばかりの流れ者にゃんです!

腹を空かせてイライラしているところにこいつが来てつい。

それにこうして暴れていれば、女帝にお目通りが叶うかにゃうと思って・・・」


「いや、流れ者にまで轟くチーノの異名って」

プレッソは呆れながらそう言って、コロタン達を見つめた。


「あっちの広場で、猫好きの婆さんが時々餌をくれる。行ってみろ。とりあえずそれでイライラは収まるだろ?

後のことは、自分達でなんとかしろよ?

まぁこの街には、猫好きがそれなりにいるから、悪さしなきゃ十分生きていけるはずだ」


「おぉ!ありにゃとうございますにゃ!早速行ってみますにゃ!」


「「「「プレッソの兄貴、ありにゃとうございましたにゃ!」」」」

コロタン達は、そう言うと一目散にプレッソの教えた広場へと駆けていった。


「にゃはは。またオイラの弟分が増えたぞ。って、そんなことよりお前、大丈夫か?」

プレッソはそう言いながら、イジメられていた子猫へと近づいた。


「にゃぁ?」

プレッソの言葉に、子猫はそう声を出して首を傾げていた。


「なんだ。お前まだ、話せないのか。こんな赤ちゃんいじめるなんて、あいつらもう少し懲らしめるべきだったかな」

プレッソはそう言いながら、広場の方をチラリと見て子猫に視線を戻した。


「お前、母ちゃんは?って、話せないんじゃどうしょうもないな。来いよ、子猫限定でミルクくれる爺さんがあっちにいるんだ」

プレッソはそう言うと、子猫の首元を咥えてそのまま爺さんの家に向かって走り出した。



そして30分後、とある家の塀の上。


「な?お前だけにミルクくれたろ?」

子猫好き爺さんからのミルクをたんまりと飲んだ満足そうな子猫に、プレッソは笑いかけた。


「お前、もしかして捨て猫か?こんなちっこいヤツ捨てるなんて、人間には心ってもんが無いよな」

プレッソはそう言いながら、子猫を見つめた。


「お前、行くとこ無いならうちに来るか?みんな猫好きだがら、多分受け入れてくれると思うぞ。オイラも、弟が欲しいと思ってたし」


プレッソが笑ってそう言っていると、


「チビちゃーーんっ!!」

1匹の猫が、そう叫びながらプレッソたちの元へと駆け寄ってきた。


「はぁ、はぁ、はぁ。良かったにゃ!チビちゃん、無事だったのにゃ!」

「お前もしかして、こいつの母ちゃんか?」


「はいにゃ!この子を保護していただき、ありにゃとうございましたにゃ!」

子猫の母親が、そう言って深々と頭を下げていた。


「よかったな、チビ。母ちゃんが迎えに来てくれたぞ」

プレッソが子猫に目を向けると、


「にゃぁ」

子猫はそう鳴いて、プレッソの頬をペロッと舐めた。


「あら。その子、あなたの事が気に入ったみたい。良かったわねぇチビちゃん。将来のお婿さんが見つかって」

「えっ、こいつメスおんななのか!?」


「えぇ。この子がもう少し大きくなったら、是非ともこの子を―――」

「そ、そんなこといいから、もう行くにゃ!オイラは忙しいんだにゃっ!」

焦ったプレッソは、何故か語尾に『にゃ』をつけながら母親へと返した。


「本当に、ありにゃとうございましたにゃ!」

「にゃぁ!」


プレッソの言葉を聞いた子猫と母親は、そう言ってプレッソへと頭を下げ、去っていった。


「へへへ。オイラも少しは、モテるようになってきたみたいだな」

プレッソがそう呟いていると。


(プレッソ!もうすぐ授業終わるから、人目につかないとこに隠れてて!10分後に、こっちに具現化するから!)

重清のそんな言葉が、プレッソの頭に響いてきた。


(ったく、うるせぇな!わかったよ!)


プレッソは重清にそう返して、去りゆく2匹の背中を見つめていた。


「母ちゃん、か。オイラの場合、重清が母ちゃんになるのか?

・・・・いや、それはやだな。重清の母ちゃんが、オイラの母ちゃんでいっか。

オイラあんまり撫でられるの好きじゃないけど、今日は特別に、母ちゃんにたっぷり撫でられてやるか」


プレッソはそう呟くと、物陰に向かって走り出すのであった。

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