第295話:茜と市花の女子トーク

「ちょっと市花、わたしの話聞いてる!?」

「ちゃんと聞いてるわよ。ショウさん、って人の王子様姿が素敵だったって話でしょ?」


『喫茶 中央公園』の一般席に、茜とその親友、相葉市花の声が響く。


「茜、その話何回目かわかってる?文化祭が終わって何週間も経つのに、毎日聞かされる私の身にもなってよ」

市花は、呆れ声で茜に返していた。


「え、あ、その・・・毎日ってわけでは、ないはずだけど・・・」

「いいえ、毎日よ。休みの日だって、わざわざ電話で言ってるんだから」

市花はそう言いながら、頬杖をついて茜を見つめた。


「それにしても、意外よねぇ」

「な、なにがよ」

市花の視線から目を逸らしながら、茜は答えた。


「茜がそれだけ好きなら、もうとっくに告白しててもおかしくないのに」


小学生の頃から恋多き女であった茜をずっと近くで見てきた市花にとって、茜がまだショウに告白していないのは、物凄く意外だったのだ。


流石は茜の親友なのである。


何故ならば茜は、ノリの言う『部内恋愛禁止』を守るため、ショウが卒業するまでは告白するのを我慢しているのだ。


その、はずだったのだが・・・


茜は、市花にため息を返した。


「あら、どうしちゃったのよ?そのショウって人に、彼女でもできちゃったの?」

市花はニヤリと茜に笑いかけた。


「ちょっと、変なこと言わないでよ。それはないわよ。多分。確かに、倍率はとんでもないことになってるみたいだけど・・・」

茜は言いながら、頭を抱えた。


実際、3年生の中でショウに好意を抱く者は少なくはなかった。


しかも文化祭での演劇の中で、ショウの絵本から飛び出てきたような王子様姿のせいで、ショウの人気は急上昇したのだ。


さらに重清達のクラスでの出来事で、ショウの内面さえもイケメンであることが既に1年生女子ネットワークにより広まり、もはやショウのファンは1年生女子の半数にも拡大していたのだ。


しかし、茜が悩んでいたのはそこではなく。


「わたし、ショウさんに釣り合うのかなぁって、最近思っちゃうのよね」

茜はポツリと、親友に本音を漏らした。


「へぇ〜。茜がそんな事まで考えるようになっちゃうなんて。そのショウって人、そんなに凄いのね。

私も、ちょっと気になってきちゃうな」

「あんたには長宗我部君がいるでしょ」


「ちょ、それはいいでしょ!」

市花は顔を真っ赤にして、茜に反論した。


「それよりも、そのショウって人、部活が同じなんでしょ?社会科研究部で釣り合うとか考えちゃうなんて、おかしくない?」


「そ、それは・・・・」

市花の言葉に、茜は言葉を濁した。


茜がショウと釣り合うのかと悩んだ原因は、ショウの忍者としての実力が、茜自身のそれとあまりにもかけ離れていると、感じているためであった。


確かに茜は、雅の弟子となってかなり力をつけていた。

しかしそれでもなお、茜にとってショウは、今なお追いつけない存在であった。


むしろ、実力が上がったからこそ、ショウとの力の差を明確に感じるようになっていた。


だからこそ茜は、ショウに告白するのを躊躇うようになっていたのだ。


以前の茜であれば、それはそれ、と割り切っていただろう。

忍者としての実力と恋は、別物なのだ、と。


しかし、今の茜には理想的な夫婦の姿が、しっかりと焼きつけられてしまっていた。


雑賀平八と雅という、2人の夫婦の姿が。


もちろん茜は、平八と会ったことはない。

それでも、雅から何度も平八との話を聞かされ、そのあまりにも輝かしい夫婦に、心を奪われてしまっていた。


忍者としてもトップクラスの2人の、素敵な夫婦の姿に。


だからこそ茜は、忍者同士で付き合うならば、相手の事を忍者としても支えたいと思うようになっていた。


いや、支えたいと言うのは語弊がある。


共に歩みたいのだ。

一歩後ろではなく、相手の隣で、お互いに支え合いながら。


それ故に茜は、ショウとの実力の差から、彼への告白を躊躇うようになっていたのであった。


そんなこととは知りもしないはずの市花は、言葉を濁す茜に鋭い視線を送った。


「茜、部活のことで、何か隠してない?」

親友からの鋭い言葉に、茜は思わず肩をすくめた。


忍者である事は、決して他者に言ってはいけない。

これは、変えることのできない契約である。


茜はこれまでも、親友に隠し事をしている負い目を感じながらも、それについて指摘されることなく過ごしていた。


しかし今、親友から明確に忍者部の事を言及された茜は、何も言い返すことができず、ただ黙って俯くことしかできなかった。


「はぁ」

そんな茜に、市花はため息をついた。


親友のため息を耳にした茜は、恐る恐る顔を上げた。


そこには怒っている親友はなく、ただ慈愛に満ちた顔の市花がいた。


「茜が、私に無駄な隠し事をしないことはよく分かってるわ。何か言えない事情があるんでしょ?

もう、この話はしないから。

茜は、そのショウさんって人のことだけ考えてなさい」


「市花・・・」


茜は涙を浮かべながら、親友を見つめていた。


「まったく。泣くようなことじゃないでしょ?

そんな事より、本当にちゃんと考えなさいよ?

そのショウって人、3年生なんでしょ?卒業式も、もうそんなに遠くはないんだからね!」


「う、うん・・・・」


市花の言葉に、茜は窓から見える景色を見ながら、遠くない卒業式に、思いを馳せるのであった。

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