第289話:重清、クラスメイトの部屋に上がり込む

初めて今泉の家に行った翌日から、重清は事あるごとに今泉宅にお邪魔していた。


「お前、こんなとこに来て楽しいのか?」

ある日、今泉が扉越しに重清へと尋ねた。


「え?あぁ、楽しいよ。おれの周り、煩い奴らばっかでさ。こんなに聞き上手なやつ、なかなかいないんだよ」

重清は、見えもしないのに今泉へと笑いかけた。


「・・・・・こんな顔もわからない様なやつに、よくもまぁこれだけ話せるもんだ」

「そんなに言うんなら、そろそろ顔くらい見せてくれてもいいじゃん」


「・・・・・・・・」


再び沈黙を守る今泉に、重清は苦笑いして立ち上がった。


「じゃ、今日はそろそろ―――」

「ガチャッ」


重清が口を開くのと同時に、今泉の部屋の扉が僅かに開いた。


「「・・・・・・・・」」


扉の隙間から除く今泉の視線が、重清のそれと重なった。


その一瞬ののち、扉は再び閉じようとした。


「うぉっと!って、いってぇ!!!」

咄嗟に締まりそうな扉の隙間に手を突っ込んだ重清は、見事に指を挟まれて叫び声をあげた。


「鈴木君、大丈夫~?」

階下から今泉の母親が心配そうにかけてきた声に、


「あ、大丈夫です!うるさくしてすみません!」

重清はそう声を返して扉の隙間を覗き込んだ。


「開けてくれたよね!?今、心の扉開けてくれたよね!?」

「いや、心の扉は開いていない」

重清が目を輝かせて言った言葉に、扉の隙間から今泉はそう返し、諦めたようにため息をついた。


重清の指が、扉から解放された。


「入れよ」

今泉はそれだけ言うと踵を返し、部屋の奥へと進んでいった。


「おじゃましまーす」

今泉の後を追った重清は、そう言って部屋の中へと入っていった。


「うわぁ・・・すっげー本の量・・・」

重清は、部屋の壁一面の本棚に整然と並ぶ本に、声を漏らした。


「顔見せろっていうから部屋に入れたのに、最初の言葉がそれかよ」

「あ、ごめんごめん」

重清は本棚から視線を外し、今泉へと向き直った。


「・・・・・・・・・・なんていうか、普通だな」

今泉の顔を見た重清は、ボソリと言った。


「なんだよ普通って。どんな顔想像してたんだよ」

「どうって・・・なんかこう、髪ボサボサで、髭ボーボー的な?」


「お前、引きこもりにどんな偏見持ってんだよ」

「あ、引きこもりとか自分で言っちゃうんだ」


「1日中部屋んなかにいるんだ。これが引きこもりじゃなかったらなんなんだよ」

「自宅警備員とか?」


「部屋の中で警備なんて、クソの役にも立つかよ」

「なはは。確かに~」

重清が笑うと、その場に微妙な空気が流れた。


「「・・・・・・」」


しばしの間2人の間に流れた沈黙を破ったのは、意外にも今泉であった。


「聞かねえのかよ。なんで学校行かないのか」

「あー、そう言うのって、聞いていいか迷うじゃん?聞いていいなら聞くけど」


「なんかそう言われると、言いたくなくなるな」

「あっ、今の無し!今泉様!どうか理由を聞かせてください!」


重清はそう言いながら今泉に手を合わせて頭を下げた。


「って言っても、大した理由じゃないんだけどな」

そう言いながら今泉は、気怠そうに言葉をつづけた。


「特に無いんだよ。やりたいことが。学校に行ったってそれは変わらねぇ。だから、行くだけ無駄なんだよ、学校なんて」


今泉の言葉を聞いた重清は、少しの間口を開けて呆気にとられた後、目を輝かせた。


「今泉君、凄いな!」

「は?」

今度は今泉が呆気にとられたように声を漏らした。


「お前、何言ってんの?俺が凄い?意味わかんねぇ。こういう時は普通、『学校、楽しいところだよ!今泉君も一緒に学校に行こうよ!』とかいうとこなんじゃないのか?」

「いや、まぁおれにとっては学校って、そこそこ楽しくはあるよ?でもそれっておれの主観じゃん。おれが楽しいことが今泉君にも楽しいかわからないのに、無責任にそんなこと言えるわけないじゃん」


「お前、意外と人のこと考えてるんだな」

「うん、意外と、は余計だけどね」


「で、なんで俺が凄いんだよ」

「だって、凄いじゃん!ちゃんと自分のこと考えて、『やりたいことが学校にないから行かない』って決めてんじゃん。

おれもさ、別に何が楽しくて学校に行ってるかなんて、ほんとはわかんないんだよね。まぁ、部活は結構楽しいんだけどさ。それ以外は別に、普通なんだよね、普通。ただ、行かなきゃいけないから行ってるってだけ。それなのに今泉君は、そんなのに流されず、ちゃんと自分で考えて行動してんじゃん。それって、凄いことだと思うよ」


「・・・・お前、やっぱ変な奴だな」

「引きこもりには言われたくないね」


「うるせぇよ。っていうかお前、部活楽しいとか言ってたけど、何部なんだよ?」

「あれ、言ってなかったっけ?社会科研究部だよ」


「いや、それ逆に何が面白いのか聞かせて欲しいわ」

「なはは~、色々あるんだよ」


「なんだよそれ」


2人はそう言いあいながら、笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る