第280話:ショウの休日

「お兄ちゃん、どこか行くの?」

家を出ようとしていた2中忍者部部長、甲賀ショウこと芥川翔の背に、そんな言葉が投げかけられた。


「あー、優希ー、おはよー」

翔は、声の主ににこやかに笑いながらそう返した。


翔の視線の先にいるのは、可愛らしい少年であった。


翔に似た綺麗な顔立ちに、どこかモジモジとした気弱そうなその少年は、翔の弟、芥川優希12歳である。


その気弱そうな見た目も相まって、ここに茜がいたならば即座に1次試験見た目合格っ!と叫ぶであろうほどの可愛さである。


「おはよう、お兄ちゃん。それで、またあそこ?」

「そうだよー。優希こそ、こんな朝からどうしたのさー?」

翔は可愛い弟を見て、そう言った。


「あー、えっと。ちょっと相談が・・・」

「相談?いいーよー。じゃぁ早速―――」


「あっ、また今度でいい!せっかくのお休みなんだし。それに、『あの子達』もきっと、お兄ちゃんが来るの待ってるよ!」

「えぇー、そんなことないよぉー」

弟の言葉に、翔はにやけながら返した。


「ほら。もう『あの子達』に会いたくってしょうがないって顔してる。ほら、行った行った!」

「んー、優希の相談はいいのー?」


「大丈夫っ!毎日でも会えるんだから!」

「まぁー、優希がそう言うならお言葉に甘えちゃおうかなぁー」


「はいはい、楽しんできてね。あっ、そういえばお兄ちゃん」

呆れ顔で翔に外出を促していた優希は、再び外へ出ようとする翔の背に声をかけた。


「僕の占いでは、お兄ちゃん今日、新しい出会いがあるみたいだよ」

「出会い?んー、優希の占いは当たるからなー。じゃぁ、その出会いも楽しみにしとくよー」

そう言いながら翔は手を振って、出かけていくのであった。



「はぁー。またお兄ちゃんに相談出来なかったなぁ」

兄を見送った優希は、そう言ってため息をついた。


「パパとママにも伝えなきゃだけど、やっぱりまずはお兄ちゃんの反応を見てみないと・・・怖いなぁ。

でもきっと、お兄ちゃんなら、わかってくれるよね。

よし、中学に入るまでには、絶対に言うぞっ!」

優希はそう言って可愛くガッツポーズを取ると、1枚のカードを取り出した。


そこには、船に乗る母子と、6本の剣が描かれていた。


タロットカード、ソードの6である。


「このカードってことは多分、今日お兄ちゃんが出会うのは恋人じゃない、かな。きっと、あそこで出会うんだろうな。はぁ、お兄ちゃん格好良いのに、なんでこう、彼女出来ないんだろう」

優希は苦笑いを浮かべてため息交じりにそう言うと、朝食を取るべくリビングへと向かうのであった。



「にゃぁーーーーっ!!君達は今日も可愛いにゃぁーー!」

翔は、そう言ってふやけきった表情を浮かべていた。


そんな彼を取り囲むのは、猫、猫、猫。


翔は今、猫カフェにいるのである。

普段の優しげな表情とはうってかわったデレデレ顔の翔は、時々こうやって猫カフェに通い、日々の疲れを癒やしているのである。


たった1人で。


何故誰とも来ないのか。

それは、このデレデレの顔を見られるのが恥ずかしいからであった。


そんなことを気にせずとも、翔に気のある者であればこの表情すらも翔のポイントを高めるだけなのだが。


そんなデレデレ顔の翔が、心ゆくまで猫たちに癒やされ正気に戻ると、翔と同じくらい猫に囲まれた1人の男が目に入った。


「あぁーーっ!!癒やされるっ!!癒やされすぎて、今にも昇天しちまいそうだっ!!」


(うゎぁー。なんか変な人いるなー)

その男を見ながら、翔はそんな事を考えていた。


しかしこれだけは言っておこう。

この猫カフェの店員にとっては、翔も同じくらい『変な人』なのだ。


入店までの爽やかな顔が一転してデレデレ顔で猫達に囲まれるのだから。


それでも、この猫カフェの店員の中には密かな翔のファンがおり、『猫に囲まれてデレデレする美少年がいる』という情報が恐るべき女子ネットワークによって広まっている。

それもあってこの猫カフェのアルバイトの競争率は、その辺の一流企業よりも採用倍率が高くなっているのである。


そんなことはさておき。


猫に囲まれた男に視線を向けていた翔は、あることに気付いた。


男から僅かに漏れ出る、忍力に。


(あー、あの人も忍者かー。あ、それが優希の言ってた出会いかなー?)

翔が呑気にそんな事を考えていると、男の方も翔の視線へと気付き、声を掛けてきた。


「おっ、お仲間がいるじゃん。俺は現岡うつおか 神楽かぐら、ハンドルネームは、伊賀 グラだ」

そう言って男は、翔へとウインクした。


『ハンドルネーム』が忍名であると察した翔は、男に笑いかけながら、


「僕は芥川翔。ハンドルネームは、甲賀ショウですー」

そう返した。


「猫好きのお仲間に会うのも珍しいな。どうだ?このあと茶でも飲まないか?」

「いいですよー。猫好きに悪い人はいないですからねー」


「よし、決まりだな。じゃぁ早速、と、言いたい所だが。もう少しこいつらに癒やされてからでもいいか?」

「もちろんですよー。じゃぁ僕も、もう少しだけ皆と遊んじゃおうかなぁー」

そう言って男と翔は、その後小一時間ほどそれぞれ猫達と戯れてから、猫カフェを後にしたのであった。


その日からその猫カフェには、『美少年とイケメンが仲良く猫と戯れている』という噂がまことしやかに囁かれることとなり、美少年好きとイケメン好き、更には腐女子の皆さんがアルバイトの応募に殺到することになったとかならなかったとか。

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