第279話:意外な恋?

「今のが破られるとは思わなかった。でも・・・」

ケンはそう言いながら、イチへと目を向けた。


ケンの視線の先のイチは、肩で息をしており、フラフラとケンに向かって走り出そうとし、そのまま膝をついた。


「はぁ、はぁ。クソっ!忍力が・・・」

イチは、その場に倒れ込むと悔しそうに呟いた。


息をするたびに上下するイチの肩に、ケンの刀が添えられた。


「今度こそ、勝負あり」

ケンの言葉に、イチは悔しそうに叫んだ。


「クソがぁっ!!お前なんかのせいで、なんで俺が麻耶を諦めなきゃいけねーんだよっ!!」

「別にあんたが麻耶さんを諦める必要はない」


イチの心からの叫びに答えるケンの言葉に、イチは一瞬思考が停止した。


「は?意味わかんねーよ」

「だから、別に麻耶さんを諦める必要なんてない。麻耶さんが誰を好きになるかは、麻耶さんが決めること。その候補者を俺が勝手に減らすようなこと、できるわけない」

ケンは、淡々とイチへと返した。


「はっ。それで麻耶が俺を選んだら、お前は諦めるってのか?」

倒れ込んだままケンを見上げて小馬鹿にしたようにそう言ったイチに、ケンはただ頷き返した。


「なんでそう簡単に諦められるんだよ!?お前は結局、麻耶のことがそんなに好きじゃないんじゃねーのか!?」

フラフラしながらも立ち上がったイチは、そう言いながらケンへと掴みかかった。


「逆」

ケンは、イチに掴まれながら一言、そう返した。


「意味わかんねーよ!」

ケンの感情の見えないその言葉に、イチはそう言ってケンから手を離した。


「なんでわからない?麻耶さんが誰かを好きになったら、それを応援したくならないか?」

ケンは、首を傾げながらイチに問いかけた。


「はぁ!?普通そうなったら、何が何でもそいつから麻耶を奪いたくなるだろ!?」

「そんなこと、あり得ない」

イチの言葉に、ケンは首を振った。


「誰かを好きになった麻耶さんが、他のヤツに心を奪われるはずない。そんな浮気な心、麻耶さんが持ってるはず、ない」



「ケン・・・・」

ケンの自身を真っ直ぐ信じる気持ちに、麻耶は潤んだ瞳でケンを見ていた。


そこにはいつもの強気な麻耶の姿はなく、ただ乙女な麻耶がいるのであった。


(なによ麻耶のやつ。男に興味ないと思ってたけど、こんな顔もできるんじゃない)

そんな麻耶の姿に、ヒロはそう思いながら麻耶を見ていた。


(いいなぁ。私も、恋したいわ・・・)

ヒロはそう、心の中で呟いた。


そしてその視線は、先程ヒロを自身の身を呈して守ってくれたノブへと移っていた。


(はっ!?いやいやいやいや、ないないないない!

この美しい私が、なんであんなゴリラ男なんか!!

確かに、さっき助けられたときはちょっとカッコよかったけど!

でもそれは、ゴリラにしてはカッコよかっただけで、あんなやつ、全然タイプなんかじゃないから!

そもそもあいつは年下よね?私は、年上の方が好きなのよっ!!

あれ?でもあいつ、見た目老けてて年上っぽいし・・・・

じゃない!論外!あいつは論外よ!

私は、年上イケメンと五里霧中な恋をするのよっ!!)


と、相変わらず四字熟語の使い方を間違えながらも、ゴリラに夢中になり始めるヒロなのであった。


かたやヒロから見つめられているとは知らない当のノブは、一瞬だけ感じた寒気を振り払いながらも、男らしいケンの言葉に1人感動していた。


(ケンよ。良い男になったな)


と。


一体何目線なのだろうか。


そしてその隣では、シンが1人、ドキドキしていた。


(あれ?あの1中のヒロって人、俺のこと見つめてね?

ちょっと性格は悪そうだけど、美人じゃね?

来ちゃった?俺のモテ期、遂に来ちゃったのか!?

すまんノブ。俺は、先に大人の階段、登っちゃうぜ!)


どうやらシンは、ヒロのノブへの熱い視線を自身に向けられたものと勘違いしているようである。


なんとも残念な、次期2中忍者部の部長なのであった。



そんな様々な想いが錯綜する外野など知る由もないイチは、ケンの真っ直ぐな目を見つめながら、ため息をついた。


「ちっ。お前の気持ちはわかった。とりあえず、今日のところは負けを認めてやるよ」

「だったら、麻耶さんを賞品みたいに言ったこと、後で麻耶さんに謝ってくれ」


「ちっ。あとでちゃんと謝るよ。だけどな!最後に麻耶を捕まえるのは、俺だからな!

いつか俺と麻耶の結婚式には、是非招待してやるから心待ちにしてろ!!」

「中学生で結婚とか重いし、『やったか!?』くらいのフラグ」


「うるせぇっ!!」

イチはケンにそう叫び返すと、忍力切れの影響で気を失い、その場に倒れ込みそうになった。


「おっと。まったく、なんであっしがイチさんを抱きかかえなきゃいけないでやんすか」

足元に氷の道を作ったトクが、残念そうな表情で倒れ込みそうになっていたイチを支えながら言っていた。


「さっきの言葉、かっこ良かったでやんす。

あっしとしては、この人イチよりもあんたの方が、麻耶さんにはお似合いだと思うでやんす」

トクはそう言いながらケンへと笑いかけ、


「頑張る」

ケンもまた、そう言ってトクへと笑い返した。


「ケン!」

その時、麻耶が手を上げながらケンへと駆け寄ってきた。


ケンは麻耶に頷き返すと、麻耶へハイタッチを返そうと手を上げ、その場で固まった。


ハイタッチの構えで無防備になっていたケンの体に、麻耶が抱きついたからだ。


「今のあんた、少しだけかっこ良かったわ。

そこのバカイチよりも、あんたの方が断然良いわ」

「麻耶さん、それさっき、あっしも伝えたでやんすよ」


せっかくの良い雰囲気に、イチを抱えたトクが水を指した。


「ちょっとトク!今良い所なんだから邪魔しないの!」

何故か顔を赤らめているヒロが、その場へやって来てトクへと文句を言った。


そのヒロの言葉に麻耶は、顔を真っ赤にしながらケンから体を離し、


「ひ、ヒロ、あんたもたまには良いこと言うじゃない」

「ふんっ!私だって、人の恋路を邪魔するほど腐ってはいないわ!」


「・・・・ありがと。それから、忍者部辞めて、ゴメンね」

「あんたみたいなのが居なくなってせいせいしてるから、気にしないことね!

高校に進学したら見てなさい!恋も忍術も、あんたになんか負けないんだからね!」

ヒロは麻耶から目を逸らしながら、そう返していた。


女同士の友情が垣間見える中、麻耶からハグされたのち、のけ者感が半端ないケンはただ呆然とハグの余韻に浸っていた。



「最後の最後で、ケンの奴置いていかれてるな」

「まぁ、これでこそ俺ららしいがな。それにしてもシン。お前なんでそんなに顔が赤いんだ?」

ケン達の様子を見ていたシンの言葉にノブが返すと、


「気にするな。ノブよ。お前も早く、こちら側に来いよ」

勘違いシンの可哀想な言葉が、ノブに囁かれるのであった。

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